12.掛け算
反抗的な声が横合いから聞こえた。一瞬、ジュリエッタ君の侍従の声かと思ったが、それにしては声が幼い。
読んでいた本から顔を上げこちらを睨み付けているお子様。確か、名前はレイレアムス・フォン・ダムド。こちらも親が国の要職に就いているのだとか。何処かは知らない。
「すまない。私の無神経な質問が君を不快にさせてしまったようだな。ただ、私はそういった貴族間の事情とは隔離されていて、何も分からないんだ。無知を晒すようだが、誓ってジュリエッタ君を貶めるつもりは無かった」
「私は気にしていないですよ。ほら、レイも怖い顔しない。それに、いつも冷静でいるんじゃなかったの?」
「はぁ!? 僕はいつでも冷静だ!!」
どう見ても冷静ではないですね。
レイ君は少々当たりが強い発言をするな。私にも臆さず文句を言える辺り、エリエリ兄弟が苦手としているのはこちらっぽい。
私が2人を見比べながらニコニコしていると、レイ君が溜息を吐く。
「はぁ。本当に知らないみたいだな? 王族ってのは、そういう事を真っ先に知らされるようなモンじゃないのか?」
そう言われてもね。私の交遊関係はとても狭い。そして、その中で噂話を嬉々としてするような者は居ない。
恐らくだが、祖父母からのガードで、そういった貴族のドロドロした話を耳に入れないようにされているのだろうな。
レイ君はジュリエッタ君とアイコンタクト。再度溜息を吐くと話し始めた。
「ジュリア………ジュリエッタの足は魔力過多症によるものだ。魔力過多症は、保有する魔力が身体の器を優に超えてしまって、あちこちに負荷が掛かる状態だ。魔力過多症の症例は人それぞれ違っていてな。多くは属性に引っ張られると言われている。ジュリエッタの場合は、地属性が強いから身体の各部が結晶化していってるんだ。現状、これを防ぐ方法は魔力を急激に消費させる事だと言われているけど………根本的な治療方法はまだ見付かっていない」
成程。地属性の。魔力が。魔法で。結晶化。………なんて?
魔力? いきなりファンタジー要素がぶっ込まれて来た気がする。………いや、現代は兎も角。科学が発展するまでは、魔法や魔力というモノが信じられていた時代もあった。この国もそういうモノなのだろう。
恐らくだが、よく分からない物に対して“魔力”という言葉を当て嵌める事で見える化し、不可解な現象を理解出来る範疇に収めようとしたのだろう。
つまり、レイ君が言っているのは、ジュリエッタ君の病は、原因不明で身体の各所が結晶化………石になるという事なのだろう。………何か聞き覚えがあるな? 確か、前世でも原因不明且つ治療不可の難病が在った気がする。
その難病にジュリエッタ君は侵されていると。確かに、貴族にとっては醜聞だ。宰相の息子という事もあって、貴族間の噂は酷いモノなのだろう。
「ま、まぁ。まだそこまでは進行していませんよ。まだ自力で歩く事は出来ますし、そこまで悲観する程でも無いと言いますか」
ジュリエッタ君がわたわたと慌てている。レイ君の説明でしんみりした空気を明るくしたいというのだろう。
レイ君の話でショックを受けたのかエリエリ兄弟も沈んでいる。ドナ君に至っては、ポロポロと涙を流しているようだ。
「ほ、ほら。私一人でも立てますから! そこまで悲観しなくてもいいですから!」
そう言ってヨタヨタと立ち上がる。慌てて侍従が身体を支えるが、確かに一人で歩く事は出来ていた。
「要らない無理するな。いつか僕が、魔力過多症を治すから。それまで待っていて欲しい。ジュリエッタは絶対に死なせないから」
レイ君はジュリエッタ君の手を取ると椅子に座らせる。その所作は優しさに満ち溢れており、お互いに相手を想い合っている事が感じ取れた。
素晴らしきかな。幼馴染(多分)の友情。………友情だよな?
「ところで、つかぬことを聞くけど、君達の関係は?」
「婚約者だが?」
友情ではなく、親愛の類だったか。
成程ね。この国は同性間での婚約も出来るのか。中々、この時代では珍しい事なんじゃないか? 私の若い頃に多様性なんて言葉が流行ったが、この国の恋愛事情も多様性に溢れているようだな。
「何か勘違いしているようだから言っておくけど、ジュリエッタは女だぞ」
えぇ? このお茶会の参加者のお子様は、男しか居ないと聞いていたんたが?
「私はダムド夫人に無理を言って着いてきただけですからね。てっきり、ユーキスタス様はご存じだとばかり………」
「なぁ、エリオット。コイツ、中々ポンコツらしいぞ」
いや、5歳児だよ? 分からないよ。それに、ジュリエッタ嬢の中性的な美しさみたいなのがさ? いや、本当に5歳児かよ、コイツ等。
そうして、私の側近候補を決めるという名目で開催されたお茶会は終了した。同年代の友達が6人出来たが、私の株は少し下がった気がする。
ジュリ✕レイ