第1話 シエロ、いいえ、江口です
…………苦しい……ここは、どこだ?
水の中を漂っているような感覚だ。息苦しさもちゃんと感じる。
それなのに、何故か死ぬかもとは思えない。
何だろう、すごく不思議な感覚だ。
周りは360度青が澄み切った、広い海のような景色が続いている。
俺は今、何でこんなとこに?
何がどうなってるんだ?
確か俺は…………。
「…………シエロ…………シエロ」
女の人の声が聞こえてくる。
でも呼ばれてるのは俺の名前じゃない。
「シエロ……返事も出来ないのですか?」
えっと、どこかにシエロさんがいるのかな?
シエロさーん。返事してあげてー。おーい。
……ダメだ、声が出ない。
「声が出ないのね。ならそのまま聞いて、シエロ。あなたは今、危険な状態なの」
えぇ! 今シエロさん、危険なの!?
てか危険ってわかってるなら、名前叫んでないで助けてあげなよ!
「あなたは今、岩の下に埋もれてしまい、体の半分が潰れた状態なのです」
あれ? それって……。
「だから私はあなたの前に現れたのです。あなたに救いの手を差し伸べたくて、今こうやって話をしているのです」
…………そっか。シエロって多分だけど俺のことか。
名前を間違えてるんだろうな。
岩に埋もれてしまった話は、さっきまでの俺と一致してるし。
2024年7月30日、俺、江口軍太は友達とキャンプで山に入っていた。
15歳最後の夏休みを、同じ中学の友達と仲良くエンジョイしてたんだ。
川で遊んだり、バーベキューとかしてさ、すごく楽しかったな。
でもそんな中、急に大きな地震が起きたんだ。
その地震で岩壁が崩れ落ちて、ちょうど壁付近で飯を食ってた俺は、岩の下敷きになってしまったのだ。
「シエロ、あなたは今、2つの選択が出来ます」
「……」
「1つは元の世界に意識を戻すこと。そしてもうひとつは……って聞いてますか?」
はい、ちゃんと聞いてます。
でも、声が出ないんです。
「あっ、すいません! 声が出ないかもでしたよね? それをまず何とかしましょうか」
俺が言わなくても、声の主が自分でさっき言ってたことを思い出してくれたようだな。
でも何とかするって言ってもどうする、っておおぉぉ!
声の主が何とかすると言うと、さっきまで青く澄んだ世界から一変して、今度は神々《こうごう》しく輝く、光の世界が目の前に広がっていた。
「綺麗なとこだな、って声が出てる!」
さっきまで出て無かった自分の声を聞いて、ついきょどってしまう。
それと同時に、自分の体が岩に潰される前の元気な状態であると気づく。
「これで話が出来ますね」
背後から声がする。
振り向くと、そこにはなんとも美しい女性がいた。
裸に白い布がグルグルに巻かれた、背中から大きな白い翼の生えた金髪ロングの美人さん。
一目見ただけで天使、女神と形容できるほどの美しさだ。
「シエロ、今から私が言うことをよく聞いてください」
女神が俺に向かって語りかけてくる。
大事な話をする雰囲気なのはわかる。
でも面と向かってシエロシエロと言われても話が入ってこない。
だから先に訂正しておこう。
「あのー。江口です。俺の名前、江口軍太って言います」
「……シエロ、あなたは今、2つの選択が出来ます」
えっ、スルーするの?
今って声出てるよね?
「1つは元の世界に意……」
「あのー。俺の名前はえ・ぐ・ちです! シエロじゃなくて、江口なんですけど」
「……1つは元の世界に意識を戻すこと。そしてもう1つは」
「……」
自分の名前はシエロではなく、江口だとはっきりと言った。
それでも女神は、俺の言葉をスルーして話を続ける。
聞こえてる素振りは見せているのに、何で無視するんだ?
スルーされ続けるのは嫌だから、黙って女神様の話を聞いてみることにした。
女神の話では、俺に残された選択肢は2つ。
1つは元の世界に意識を戻すこと。
俺は今、意識だけがこの場に居るのであって、体は元の世界で下敷きになったままの状況なんだとか。
元の世界に帰りたいのであれば、女神が元の世界に意識を返してくれると言う。
ただ、これを選んでしまうと、俺は岩に体が潰された状態に戻り、生き残る可能性は無いのだと言う。
そしてもう1つの選択肢とは、新しい生を受け、その代わりに新しい世界で勇者になって欲しいというもの。
異世界の名前は『ウレール』
そこには『魔王フミヤ・マチーノ』が存在しており、今ウレールの世界は魔王フミヤ・マチーノによって侵略されつつある、危険な状態らしいのだ。
「……ですからウレールの世界を魔王フミヤ・マチーノから救って貰うため、あなたには勇者になってもらい、世界を救って……って、まだ話の途中ですよ。何がおかしいのですか?」
説明をしてくれる女神だったが、俺がクスクス笑っているのを見て、話を中断する。
女神が真剣に説明してくれてるのは分かっているが、笑えてしょうがない。
ウレールって。通販番組でMCとかが最後に叫んでそうな言葉だなって。
そう思うとツボに入り、笑いが止まらなくなった。
ウレールって名前考えたの誰だよ。
あと魔王フミヤ・マチーノも笑えてしまう。
『まちのふみや』って人が名前をもじって作った、ゲームのアバターとかにつけそうなネーミングセンス。
魔王と呼ぶには、とても弱々しい名前に思えてしまったのだ。
「すひません。話続けてもらって大丈夫でふよ……ふ、ふは」
笑いを堪えようとするがニヤニヤしてしまう。
だって、面白いんだもん。
「笑うところが何かありましたか? 変な人ですね。……この人を勇者にして、ほんとに大丈夫なんでしょうか?」
女神は俺を見て、何とも言えない表情で睨んでくる。
「もう時間もないので端的に言います。元の世界に戻って死を待ちますか? それとも違う世界で勇者として転生することを願いますか?」
女神は少し怒っているのか、さっきまでの丁寧な言葉運びから一転して、雑な2択を投げかけてくる。
急に勇者とか言われてもどうすればいいか分からない。
でも、そんな2択を迫られたら、俺の答えは1つしかないだろ。
「俺、転生します……勇者やります!」
「Good! やっぱり勇者やりたいですよね、そうですよね。いやー、あなたが転生を希望するのは最初からわかってましたよ! 勇者、かっこいいですよねー。じぁあ、さっそく……」
俺は女神の提案を受け入れ、転生することに決めた。
そして転生を希望した途端、さっきまで見せ無かったハイテンションになる女神。
丁寧な口調の女神はキャラだったのか?
女神でもキャラ作りとかするのかなんて思っていると、女神は空中に誓約書のようなものを出現させ、俺に見せてくる。
「私の方で転生後のあなたを作っておいたので、良ければ誓約書にサインをお願いします」
女神様の言う『作っておいた』というのは少し気になるが、俺はその誓約書に目を通すことにする。
転生キャラ
名前:シエロ・ギュンター(旧姓:江口軍太)
行先:ウレール、アスティーナ城内
役職:勇者
Lv:1
体力:8
MP:4
攻撃力:4
防御力:2
すばやさ:2
魅力:32
幸運:0
スキルポイント:0
スキル:勇者の加護/ハートの加護/ウレールの加護
転生条件
ウレールの平和を取り戻すため、魔王フミヤ・マチーノを打倒することを目的とし、自らの手で打ち倒すまで、女神の監視の元で行動しなくてはならない。
上記に問題がなければ誓約書にサインをしてください。
「………」
「読み終わりましたかね?それで良かったらサインをしてください」
「……おい」
「はい、なんでしょう?」
俺は誓約書を読み終えた。
女神の提示したそのゲームじみた誓約書は、色々気になる点がある。
これは女神が作っておいたということを踏まえて、俺には言わなくてはならないことがある。
「ここと……あとここ、見ろよ」
俺の指示で女神は誓約書を覗き込む。
「はいはい、えっと、どこでしょうか?」
気になってる場所を指で示すが、女神には何がおかしいのかよくわかっていないようだ。
俺はゆっくりと女神の背後に回り込み、思ったこと全部、感情込めて伝えてやる。
「お前、俺の名前知っててスルーしてただろ! 旧姓、江口軍太ってちゃんと書いてんじゃんか! あとキャラメイクでよくあるステータス振り分けを魅力に全振りしたな? 魅力だけ32っておかしいじゃん。お前、魔王倒して欲しいんだろ? このキャラで何と戦うんだよ! 勇者舐めんなよーーー!」
感極まり、女神の首を絞め、全力で前後に振る。
涙目で「私は女神よー!」と叫んでいたが、そんなことは気にせず、俺は女神を振り続ける。
俺はシエロじゃなくて、江口だからな!
はじめましてゴシといいます。
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