6 スレインとグリッセン
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「サイモン様!」
ドアが開き現れた老人に駆け寄り……かけて踏みとどまった。
その後ろにシスター・クレアが立っていたからだ。
その鋭い視線が、ノットエレガントを告げていた。
「サ、サイモン様、ようこそおいでくださいました」
習ったばかりのぎこちないカーテシーをする。
恐る恐るシスター・クレアの顔を見ると、ギリギリエレガントという笑顔をしていた。
ホッと胸をなでおろす。
本来、誰よりも身分の高い聖女であるエレーナが先に挨拶をすることはありえない。
だが、そんなことをすれば、エレーナが聖女であることが明るみ出てしまう。
これから先、聖女であることを隠して貴族に会う場合もある。
なので、これは淑女としてのマナー練習としての挨拶である。
エレーナはサイモンへ抱きついた。
「来てくれて嬉しいだ! だども突然どうしただか?」
「ほほほ、まだまだ淑女には程遠いですな。今日は聖女様に紹介したい者を連れてきましたのですじゃ」
「紹介?」
「二人とも、聖女様にご挨拶を」
サイモンの後ろにいた二人が前へ出た。
「はじめまして、聖女様。僕はエルリック侯爵家のスレイン・エルリックと申します」
「……グリッセン・ラッセルだ」
二人は共に金髪だった。
最初に丁寧なお辞儀をした人物は、貴族の服装をした十代中頃の少年だ。
ニコニコと人当たりの良い笑顔の彼に、エレーナは恐怖の対象である貴族相手にも関わらず好感を持った。
二番目にぶっきらぼうな挨拶をしたのは、短髪で騎士見習いの格好をした少年だった。
腰には木製の剣を携えている。
年齢はエレーナと同じ十歳くらいだろうか。
鋭い目つきで睨みつけられ、エレーナは思わずサイモンの後ろに隠れてしまった。
サイモン教皇が説明してくれる。
「スレインは、エレーナ様の養子先であるエルリック侯爵家の次期当主でございますじゃ」
「養子先……」
そういえばシスター・クレアからそんな話を聞いていたっけ。
スレインが一歩前へ出て、言った。
「つまり僕は聖女様の義理の兄になります。本来ならば当主である私の父、ヘンリー・エルリックがご挨拶に伺うべきところではありますが、なにぶん遠方におりまして、国境地域の領主として領地を離れるわけにはいかず、僕が名代としてご挨拶にまいりました。聖女様、これから家族としてどうかよろしくお願いします」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いしますだ」
サイモンの後ろから隠れるのをやめて、頭を下げた。
「と、言っても、今回の養子縁組はあくまで聖女様の身分を保証する為のものです。無理に家族として振る舞う必要はありませんぞ?」
「……教皇猊下、お言葉ですが、当家が聖女様の受け入れ先に選ばれたことは天の采配だと思っております。僕は天から与えられた〝聖女様の義兄〟という役割を全力で全うする所存でございます」
「う、うむ、そうか。天の采配か。確かにそうなのかもしれんな」
「それに……」
スレインはそう言って跪くと、エレーナの手をとってその甲に口付けした。
「可愛い妹が欲しいとずっと思っていたんですよ」
ニコリと微笑む。
「ひゃー!」
エレーナは再びサイモンの後ろに隠れてしまった。
「も、申し訳ございません! もしかしてお嫌だったでしょうか?」
エレーナは自分の耳が燃えるほど熱くなっているのがわかった。
(こんただ綺麗な貴族様がオラの手に口づけなんて……)
まるで母が寝物語で聞かせてくれたお話で憧れていたシチュエーションそのままではないか。
「お、お嫌じゃねぇですだ」
と、思ったよりも大胆なことを口走るエレーナであった。
《後書き》
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