4 王都へ
レナ達は馬車に乗っていた。
行き先は王都だ。
乗っているのは普通の乗合馬車だ。
てっきり王族が乗るような豪華な馬車を想像していたが。
「レナさん、豪華な馬車や商会の貨物は盗賊に狙われやすいんです。お忍びで移動する貴族達も結構この方法を使うんですよ?」
向かいに座るシスター・クレアが説明してくれた。
道中は、レナがなるべく聖女とバレないように名前で呼んでいる。
ずっとこのままの方が恐縮しなくて良いと思った。
その横に座る教皇は、うとうとと船を漕いでいる。
驚くほど威厳も何もない姿だ。
それに起きている時よりずっと小さく見える。
ちなみに今日の彼は昨日と違い、一般的な司祭の服装である。
もし盗賊が現れて、レナ達の身分を知ったら驚くだろう。
何せこの国の国教であるアストリア聖教のNo. 1とNo.2が乗っているのだ。
とはいえ、こんな老と平民の小娘が教皇と聖女だなんて、鼻で笑われてしまいそうだが。
しかし、もし聖女とバレて、盗賊に捕まったらどうなるのか?
どこかに高く売られてしまう?
ん?
聖女だから高く?
はたしてそうなるだろうか。
少なくとも今のレナは、聖女になる前と何も変わらない。
そんなレナに特別な価値があるとはとても思えない。
そもそも、聖女とはなんなのか。
何ができるのか。
そして、聖女になって何をすればいいのか。
レナはそんな疑問をシスター・クレアに問いかけた。
「あの、クレア様。 オラ聖女様として、何をやればいいだか?」
「役割の話でしょうか? もしそうなら、何もする必要はございません」
「何もしなくていい?」
「ただ安寧に過ごしていただくことが聖女様の役割と言えるでしょうか。とはいえ、貴族に囲まれる生活になるので、ある程度のことは勉強していただくことになりますが」
「でもそんなの、ただの怠け者でねぇか。 働いてる他のみんなに申し訳ねぇだよ」
「気にする必要はありません。聖女様は魔法とは違う〝祝福〟という能力を賜りますので」
「祝福?」
「はい。その力は凄まじく、奇跡に近いものだと言われています。 その力を持つ聖女様を怠け者と呼ぶものはいないでしょう。 まぁそんな無礼なことを言う輩は、裁判もなしにその場で八つ裂きにしてやりますが……ふふふ」
シスターの目は本気だった。
美人が凄むとこんなにも恐ろしいものなのか。
「しゅ、祝福って、どんなことができるだか?」
「祝福にも、いろいろとあるみたいです。 ある聖女様は無から様々なものを瞬時に作り出す〝創造の祝福〟を賜りました。 またある聖女様はどんなに離れた場所へも瞬時に場所を移動できる〝転送の祝福〟を賜りました。 またある聖女様はどんなものも無限に収納できる〝収納の祝福〟を賜りました。 ちなみに聖女様が賜った能力で一番多いのどんな怪我も瞬時に治す〝治癒の祝福〟です。 先代の聖女様も、この〝治癒の祝福〟を賜ったそうですよ」
「はぁ、祝福ってすげぇんだな。 オラそんなすげぇことできる気がしねぇだよ」
「言い伝えによると、聖女様の賜る祝福は、その聖女様が望んでいることに関係する能力になるそうです。 レナ様は何を望み、何を願いますか?」
「オラの望み……願い……」
「おっと、到着したみたいですね。 今日はここで宿を取ります」
シスター・クレアが荷物をまとめ、降りる準備を始めた。
レナは窓からの風景を見ながら考えていた。
――オラが一番願っていることって何だべな。
∮
三人が馬車を降りたのは王都への街道にいくつもある宿場町の一つである。
シスター・クレアが選んだのは、予想に反し、ごく一般的な宿屋だった。
目立たないようにするためとはいえ、教皇のような高貴な方をこんな宿に泊めていいのだろうか。
ちなみに王都までは馬車で三日かかるらしい。
「聖女様、お疲れではないですか? どこか痛いところはございませんか?」
部屋で二人きりになった途端、シスター・クレアが心配そうに話しかけた。
シスター・クレアのレナへの献身ぶりは、レナが聖女だからという理由だけとは考えられないほど甲斐甲斐しい。
なぜそんなにも優しくしてくれるのか、湯浴みの時に聞いてみた。
「もしかしたら聖女様を小さな頃の妹に重ねているのかもしれません。無意識とはいえ申し訳ありません……」
なるほど、とレナは納得した。
確かに彼女の過保護ぶりは、レナが妹のレンにするのと似ている。
(オラ、そんなに小さくねぇのにな)
と思ったが口には出さなくて正解だった。
その夜、布団に入ったレナは、故郷の家が、父が、母が、妹が恋しくて泣いてしまったからだ。
声を出さずに泣いていたつもりだったが「聖女様失礼します」とシスター・クレアがレナの布団に入ってくると、レナを抱きしめてくれた。
シスター・クレアはレナの頭を撫でながら、歌を歌ってくれた。
囁くような、優しい声だった。
レナがもっと小さかった頃、母から歌ってもらった子守唄みたいだった。
「おっ母……」思わず呟いた。
そのままレナは不思議な安心感に包まれながら眠りについた。
∮
三日後、一行は王都へ到着した。
窓から見える景色にレナは度肝を抜かれた。
「すげぇ人だな……。今日はお祭りか何かだか?」
「ふふふ、初めて見ると驚きますよね。これでも少ない方なんですよ? 旅芸人なんかが来るシーズンにはこの倍はごった返しますからね」
ぴたりとくっつくレナに嫌な顔ひとつせず、シスター・クレアが言った。
二人の様子を見る教皇は、まるで孫娘を見守る好々爺のようだった。
それにしても旅芸人か。
いつかは観てみたいものだ。
「でも、貴族様はあまりいねぇだな」
レナのいう通り、外を歩くほとんどの人が黒髪である。
金髪の人間は二十人に一人いるかいないかだ。
「そうですね。王都には約三万人の人が住んでいますが、そのほとんどが平民です。貴族の血縁者はせいぜい千人でしょうか。爵位を持った家の人間となると二百人に満たないかもしれません」
「そん何少ねぇだな。てっきり王都は貴族だらけのおっかねぇ場所かと思ってただ」
「貴族の血筋でも、私や私の妹のように家を捨て、平民になった人間も大勢いますから。金髪だからといって、貴族とは限らないのですよ? 今見えている金髪の人たちも私と同じか似たような立場でしょう」
「そっか。じゃあ黒髪の貴族様もいるだか?」
「それは……」
どんな質問でも答えてくれるシスター・クレアが、珍しく言い淀んだ。
「到着ですじゃ」
助け舟を出すかのようなタイミングで、教皇が言った。
∮
馬車を降りたレナはあんぐりと口を開けた。
「すげぇ家だな……。ここは王様の家だか?」
目の前には信じられないほど大きな屋敷があった。
というか、まずは巨大な門があり、門から屋敷まで走っても、数十秒はかかりそうだ。
「いえ、王族の家ではございません」
「じゃあサイモン様の家だか?」
「ワシの家でもないですのう」
「じゃあシスターの家だか?」
「私の家でもないですね」
「? じゃあ誰の家だか?」
「「聖女様のお屋敷 (ですじゃ)(です)」」
「えーーーー!」
レナを見て二人はニヤニヤしている。
悔しいことに、おそらくは予想通りの反応だったのだろう。
「オ、オラ、こんな大きな屋敷いらねぇだ! 後生だから小さな小屋に住まわせてくれろ!」
「無理です。もう買っちゃったんですから観念してください」
腰を抜かしそうなレナをまぁまぁと宥めつつ、二人は門の中へ引っ張り入れた。
重そうな屋敷のドアを開けると、そこには数十人もの人間が首を垂れていた。
その全員が一斉に顔を上げる。
「「「「ようこそいらっしゃいました、我らがご主人様」」」」
再び深くお辞儀をした。
「へぇっ!?」
レナは今度こそ腰を抜かしたのだった。
《後書き》
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