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14 婚約者

 翌日の午前、エレーナの家族たちは村へと帰って行った。


 エレーナは泣きそうになったが、聖女として、レンの姉として泣くのをエレガントに我慢した。

 代わりに妹のレンがスレインにしがみついて離れたくないと大泣きしていた。

 姉の私は? と思わないでもないが、それだけスレインを気に入っていたのだろう。


「ほんとうに良い家族だね」


 家族の乗った馬車が見えなくなると、スレインが言った。


「はい、自慢の家族ですわ。あの、妹が申し訳ありませんでした。ご迷惑じゃなかったでしょうか?」


「迷惑だなんてとんでもない。あんな可愛い子に懐かれて悪い気なんてしないさ。可愛いは正義なんだよ?」


「そ、そうですか。ありがとうございます。妹も大変よろこんでおりました」


 スレインが少し寂しそうな顔をした。


「……本来、家族とはこうあるべきなんだろうね。貴族も自分の子供に貴族としての心構えなんかを教える前に、もっと大事なことを教えるべきだと痛感したよ」


「スレインお義兄様は、お義父様やお義母様と仲が……その」


 スレインの父と母は、エレーナにとっても義父と義母にあたる人物だ。

 領地が遠方にあるため、王都に来て二年経つのに、エレーナはまだ義両親に一度も会ったことがなかった。

 スレインに至っては、三年前に一週間ほど里帰りをしたきりらしい。


「いや、仲が悪いわけじゃないよ。どちらかというと家族仲は良好な方だと思ってたよ。でも、エレーナ様の家族を見ちゃうと、仲が良いなんて恥ずかしくてとても言えないね。もし僕が結婚したら、エレーナ様の家族みたいな家庭を作りたいよ」


「スレインお義兄様が結婚……」


「エレーナ様の夫になる人は幸せだね。ご両親って手本を見て育ったんだから温かい家庭になることが約束されているようなものだ」


「そ、そんな……。ス、スレインお義兄様と結婚なさる方も幸せだと、私は思いますわ」


「はは、ありがとう。でも、まずはお互いに相手を見つけないとね」


「ふ、ふふ……そ、そうですわね」


 そのあと、しばらく他愛もない会話をしたような気がするが、ふわっと失恋したショックからか、内容が頭に入らなかった。



 ∮



 スレインを見送った後、サイモン教皇の休む部屋を訪ねた。



「失礼します。サイモン様、お加減はいかがでしょうか?」


 ベッドで上半身を起こしたサイモンに言った。

 ベッド脇に立つシスター・クレアがエレーナに目礼をする。


「大事ありませんですじゃ。せっかくの誕生日に気を使わせてしまったのう」


「そうですか。それはよかったですわ。あの、今回父たちを連れてきてくださり、本当にありがとうございました」


「どうやらサプライズプレゼントは成功したようじゃな」


「ええ、これ以上無いくらいに大成功ですわ。今まで習った淑女としてのマナーが吹き飛ぶほどに驚きましたもの」


「ほほほ、それはなによりですじゃな。さて、エレーナ様」


 サイモンが急に真面目な顔になった。


「はい、なんでございましょう」


「今回訪れたのは、エレーナ様に伝えたいことがあったからなのですじゃ。――シスター・クレア、席を外しなさい」


「は。エレーナ様、教皇猊下、失礼いたします」


 エレーナに礼をすると、シスター・クレアは部屋から出ていった。

 つまり、今から話すことはシスター・クレアにも話せない内容なのか。

 いったい、何の話なのだろうか。


「まずはおかけください、長い話になりますゆえ」


 エレーナがベッドの横にあった椅子に腰掛けた。


「それで話というのは?」


「まず、エレーナ様に謝らなくてはなりません。申し訳ありませんですじゃ」


「あ、あの、どういうことでしょう?」


「貴族という立場の者は、婚姻を結ぶ相手を自由に選ぶことができません」


「……はい、貴族としての習慣を一通り習いましたので、そのことは理解しておりますわ」


 つまりそういうことなのだろう。

 聖女になった瞬間からエレーナの結婚相手は決まっていた。


 スレインの優しい笑顔が思い浮かんで、涙が零れそうになる。

 エレーナの初恋が実る可能性は、最初からゼロだったのだ。


「聖女様も例外ではございません。聖女様が婚姻を結ぶ相手は、王家から選ばれます」


「王家? つまり王子様の一人が私の結婚相手、ということですね」


「謝罪するのはこのことですじゃ。申し訳ありません……。〝聖女には王族で最も優秀なものを伴侶として選ぶべし〟というのが初代聖女様から仰せつかったこの国の習わしなのですじゃ」


「……顔合わせは、いつになるのでしょうか?」


「来週に王城へ行くことになります」


「承知しました。王家との婚姻が聖女としての努めならば謹んでお受けしますわ」


 本来ならば王族と婚姻を結ぶことは喜ばしいことだろう。


 だが平民として育ったエレーナには、王家の一員になると言われてもピンとこないし、初めて結婚したいと思った相手、スレインとの未来が完全に無くなってしまった今、エレーナはただただ悲しかった。


 エレーナは聖女だ。

 国家の安寧が聖女にかかっていると、エレーナはこの二年しつこいほど教えられてきた。

 個人の感情を持ち込む隙など、欠片も存在しないし、持ち込むべきではない。


 国家のために。

 この国で生きていく家族のために。


「エレーナ様の覚悟に感謝いたします。エレーナ様の夫となる方は第一王子、シリウス・クルーウェル殿下ですじゃ」


「シリウス様……。第一王子ということは、将来シリウス様が王位を継承されるのですか?」


「いえ、聖女様と婚姻が成立した時点で王位継承権はなくなります。聖女様の伴侶となる者の役割は国家運営ではなく、聖女様の生活を守ることです。」


「王位継承権がなくなる……。シリウス殿下は納得されているのでしょうか?」


「殿下の事情は関係ありません。これは王家に生まれた者の義務なのですじゃ」


「……それで、シリウス殿下はおいくつなのでしょうか?」


「はエレーナ様と同じ年齢でございます。この偶然からも、二人の出会いは運命であると結論付けられましたのじゃ」


「同じ年齢……」


 未来の旦那様がまさか同じ年齢とは。

 ん? ということは……。


「つまり来年、殿下と私は同じ学校に通うということでしょうか?」


「はい。本来ならば、エレーナ様が学園に入学して、殿下と自然に交流した後に、この婚姻の話をするつもりだったのですが、そこまでワシの命が持ちそうにありませんですじゃ」


「え!?」


「予感がするのですじゃ。ワシの命が残り少ないと」


「そんな……。なんとかならないのですか? そうだ! 私の聖女としての能力を開花させれば……」


「おやめください。そんなことに聖女様の奇跡を決めるものではありません。それにワシは病気ではございません。聖女様の祝福でどうにかできる問題ではないのですじゃ」


 つまり寿命、ということだろうか。

 生物である以上、生命には寿命があり、それは何者も避けることができない。

 死は誰にでも平等に訪れるのだ。

 でもだからといって……。


「サイモン様……」


「そんなに悲しまないでくだされ。もしワシが居なくなっても、次の教皇であるロイエンタール・カルディミア枢機卿に頼るとよろしいでしょう。彼はシスター・クレアの育ての親で、信用のできる人間ですじゃ」


「居なくなるだなんて言わないでください! そんなことになったら私……私……」


「ほほほ。少し脅かしすぎましたな。あくまで予感なので、すぐにそうなるとは限りませんですじゃ。じゃが、それがいつかは誰にもわかりません。ですので生きているうちに伝えなければならないことは伝えておこうと思いますのじゃ。他にも伝えたいことは他にもまだあります。それこそが、今回エレーナ様をお訪ねした一番の理由なのですじゃ」


「話とは……婚姻の話だけではないのですか?」


 教皇がすぐにいなくなるわけではないと知り、ひとまずホッとする。

 しかし他に話とはなんだろうか。

 サイモンの口ぶりからすると結婚話よりも重大そうだ。


 さらに険しい顔になったサイモンが話し始めた。


「エレーナ様は聖女様の歴史についてご存知ですかな?」


「え、ええ。一通りは学んだと思います」


「それはすべて誤りなのですじゃ」


 そこから語られた話は、とんでもないものだった。



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