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13 約束

 その日の夕食は、料理長のエドに頼んで、格式張らないものにしてもらった。

 家族たちが恥をかかないように、フォークだけで食べられるものにしてもらったのだ。


「おいしいだ! こんなの初めて食べただ!」


 最初から小切りにしてある肉を頬張りながら、妹のレンが隣に座るスレインに話しかける。

 妹が喜ぶのも無理はない。

 何種類ものハーブを使った特別なソースを絡めた極上肉なのだから。


 妹の喜びように、エレーナの表情も緩む。


 グリッセンの謝罪からずっと気を張っていたのだと気付いた。


 本当はずっとこんな穏やかな気持でいたい。

 上から命令するのも、人に偉そうな態度を取ることも、エレーナは苦手なのだ。

 ただの村娘だった自分に、そんな資格はない、と今でも思っている。


 だが、立場にそぐわぬ態度を取ることが、どんな事態を引き起こすか、父とグリッセンの件で思い知ってしまった。


 これからは聖女にふさわしい態度をふるまわなければならないと、覚悟を決めた。


 だが今は平穏な時間を楽しもう。

 今のエレーナは村人レナであり、父と母の娘であり、レンの姉なのだ。

 緩んだ顔のまま、眼の前の光景を眺めた。


 スレインとレンは楽しそうに食事をしている。


 妹に気に入られたスレインは、妹の相手をしているうちに帰る機会を逃し、この屋敷に泊まることとなった。


 教皇も、シスター・クレアも泊まるので屋敷は大賑わいだ。


「本当だ、これはとってもおいしいね」


 スレインも肉を頬張り、妹のレンに微笑む。


 レンはというと、スレインの極上貴族スマイルにボーッとなったりしている。

 どうやら我が妹は面食いらしい。

 いったい誰に似たのやら。


 食事が終わっても、レンはスレインにべったりだった。

 高位貴族の令息であるスレインの膝の上に座って、本を読んでもらう平民の娘……。

 よく考えるとすごい光景だ。


 レンが大きく挙動するたびに、父が大きくビクッとする。

 貴族は恐ろしいものと信じ切っている父にとっては、気が気じゃないだろう。

 今日一日で父の寿命が何年か縮んでしまったのではないだろうか。


 かくいうエレーナも、妹と義兄の様子をハラハラしながら見守っている。

 あと実は……少しだけモヤモヤもしていた。

 自分以外と談笑するスレインを見ると胸がチクリと痛む。


 そんなエレーナに母が話しかけた。


「いい人ね、スレイン様は」


「……んだな。いい人だべ、スレイン様は」


「でもね、レナ。いい人過ぎるのも問題よ?」


「いい人なのが問題なんだか? オラそうは思わねえだども、どうしてそうなるだ?」


「いい人ってのは優しすぎるの。優しすぎて、守るものがたくさんできてしまう。そうなると、その人を利用しようとする人につけ入れられる」


「守るものが増えすぎて、守れなくなるってことだか?」


「もしくはなにかを守るために、誰かを犠牲に……ときには自分を犠牲にしなきゃいけなくなる、かもしれないわね」


「……オラにはよくわからねぇだ」


「あの人と結婚するなら、しっかり手綱を握って、本当に大事なものを見極めさせなさいってことよ」


「け、け、結婚って! オラ達そんな関係じゃねぇだよ!」


 思わず大声を出してしまった。


「結婚? 誰か結婚するのかい?」

「結婚!? オラも結婚式行きてぇだ!」


 スレインとレンに聞かれてしまった。


「うふふ。レナもレンもいつか結婚するのかな、って話をしてたんですよ」


 母がうまくごまかしてくれて助かった。

「オラ結婚するならスレイン様がいいだ」という命知らずな妹に若干イラッとしながらも、エレーナは考えた。

 もしエレーナがスレインと結婚できたら。


 どんなに幸せなことだろうか。



 ∮



 エレーナは家族たちと一緒のベッドで寝ることになった。

 エレーナのベッドは四人で寝ても、まだまだ余裕があるほど大きい。


 精神的疲労がピークだったのか、父はベットに入るなり、気絶するように寝てしまった。


 レンも遊び疲れたのか、速攻でコトンと意識を手放した。

 そしてホストとしての役割で気疲れしたであろうエレーナも、すぐに寝息を立て始めた。


 そんな三人が完全に寝入ったのを見届けて、母親はベッドから出た。

 ガウンを羽織り、大きな扉を開け、バルコニーへ出る。

 心地よい冷たい風に、ほんの少しだけ秋の訪れを感じた。


「眠れないのですか、母上殿?」


 予期せぬ声に、母は驚いた。

 横を見ると、そこにいたのは隣の部屋のバルコニーに出ていたシスター・クレアだった。


「少し興奮してるのでしょうか、どうにも寝付けなくて」


「そうですか。実は私もなんです。……よかったら母上殿、少しお話しませんか?」


「はい、実は私もクレア様に話があったんです」


「話? 私にですか?」


「はい、あの、少し失礼なこと言ってしまいますが……」


「かまいませんよ。私は貴族ではないので、どんなことを言われても、それは個人間の問題でしかありません」


「……私、本当はあの子を連れて行った教会が、あなた達が憎くて憎くて仕方ありませんでした。教会に乗り込んで全員をひっぱたいてやろうかと思ったくらいです」


「……それについては、その、申し訳なく思っています」


「い、いえ。今は違うんです。今はそんなこと思っていません。あの子の手紙を読んで……っていいますか、まだ字が読めないので、教会の方に読んでいただいたのですが、それで考えが変わったんです」


「聖女様の手紙ですか? どんな内容だったか聞いても?」


「はい。あの子の手紙に一番名前が出てくるのがクレア様、あなたなんです。綺麗でやさしくて、たまに怖いときもある人だと書いていました」


「それは、光栄です。た、ただ怖いというのは、私は、その、マナーの講師も兼ねておりまして、指導に少し熱が入りすぎている場合がありまして、その……」


「大丈夫です、クレア様。わかってます。その指導も、あの子は感謝していました」


「よ、よかったです。聖女様を虐待しているなんて誤解されたら生きていけません」


「虐待だなんて、そんなこと思う訳ありませんよ。だって、あの子は本当にクレア様を慕っていますから。その証拠に、あの子の女性としての目標はクレア様、あなただそうですよ」


「わ、私が目標ですか? そ、それはさすがに恐れ多いといいますか……」


「うふふ、それを聞いたとき、母親として少し悔しかったです。でもこうやって実際にお会いして、あの子の言うことがわかった気がします。あぁ、この人にならレナを任せられる、と思いました」


「母上殿……」


「レナを、エレーナをどうかよろしくお願いします。私達に代わって、あの子を守ってやってください。あの子を支えてやってください」


「はい。この命に変えましても聖女エレーナ様をお守りすると誓いましょう」


「ありがとうございます、クレア様。あぁ、ここに来られて本当によかったわ。あなたがいればエレーナは幸せになれる。それがわかっただけで、ここに来る価値はありました」


「おまかせください、母上殿」


「うふふ、安心したら、なんだかお酒が飲みたくなっちゃいました」


「おお、母上殿はお酒はイケる口なのですか?」


「嗜む程度ですが」


「実は私もなんです。では一杯……と、母上殿は身ごもってらっしゃるのでしたね。では、飲めるようになったらご一緒しましょう」


「ええ、ぜひお願いします」


「約束ですよ、母上殿?」


「約束です、クレア様」


 それから二人は他愛もない話で盛り上がった。


「……っと、そろそろおやすみになられないと、お腹の子が風を引いてしまいますよね」


「ふふ、そうですね。ではおやすみなさい、クレア様」


「おやすみなさいませ、母上殿。良い夢を」



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