11 家族
両親とエレーナの必死の説得により、レンはようやく聖女になれないことを理解した。
「レナ姉ちゃんだけずるいだ。レンだってお姫様みたいになりてぇだよ……」
頬を膨らませてふてくされる妹に、エレーナの胸が傷む。
できるなら妹のわがままを叶えてあげたかった。
「おっ父、せめて国からもらったお金で家を建てたらどうだべか?」
手紙で知ったのだが、両親は聖女の家族に送られる助成金に、ほとんど手を付けていない。
家の一軒くらい余裕で建てられるはずだ。
「どうだろうな。金の出どころを聞かれたらレナに迷惑がかかるだろうし、大金を持っていることを他人に知られたら盗賊に狙われないとも限らないしな」
「レナを売って作ったお金みたいで使う気になれないのよ。あ、牛と魔導ストーブを買っちゃったから、あまり偉そうなことはいえないわね、ふふふ」
「ま、まぁ、なんだ。商売の手を広げたおかげで人も雇えたし、こうやってレナに会いに来ることができたんだ。牛とストーブを買うくらい罰は当たらんだろう」
つまりエレーナと暮らしていた頃とあまり変わらない生活を送っているってことか。
今でも小さな小屋で貧しい生活を。
「……おっ父、おっ母、よかったら、この屋敷で暮らさねぇだか?」
エレーナはレンに聞こえないように小声で言った。
「それは……」父が言い淀み、「ごめんなさい、レナ……」母が謝罪した。
予想通りの答えだった。
屋敷で暮らすということは故郷を捨てるということだ。
加えて、貴族に囲まれた王都での生活は、平民である彼らにとって相当窮屈なものになるだろう。
当然商売なんかできるはずもない。
家族と離れたくないというエレーナのわがままのせいで、彼らに不自由な生活を強いることはできない。
「そっか。そうだべな……」
「……すまん、レナ」
「で、でも、おっ父もおっ母も字の勉強してるのよ? じきに教会の代筆の人がいなくても大丈夫になるわ。そうなれば毎日だって手紙を送るから。だからそんな顔しないで」
「まぁレナくらい読み書きができるようになるまであと十年はかかりそうだけどな、ははは」
「レンも! レンも字の勉強してるだよ! レンもレナお姉ちゃんに手紙を書くだ!」
「おっ父たちが直接オラに手紙をくれるだか。ふふふ、オラ期待しないで待ってるだよ」
「……」
沈黙が訪れた。
さみしかった。
家族の中、一人だけ取り残されている気分だった。
沈むエレーナの心を読んだように母が言った。
「……ねぇレナ、どんなに離れて暮らしていても私達は家族よ。だからもし……聖女様の役割が辛くなって、どうしようもなくなったら、全部投げ出して家に帰って来ちゃいなさい。私達がレナを守ってあげるから」
「そうだな……。うん、そうだ。俺達には国からもらった金がたんまりあるしな。大金を持って帝国に逃げちまうってのもいいかもな」
「レンもレナお姉ちゃんのこと守ってあげるだよ!」
ハッとした。
心の中の不安やモヤモヤが一気に晴れた気がした。
ああ。
これだ。
この言葉だ。
エレーナが一番欲しかった言葉だった。
一番求めていたものだった。
エレーナは一人じゃない。
エレーナには帰る場所がある。
それがどんなに心強いことかわかるだろうか。
それがどんなにうれしいことか。
涙が出そうになるのをぐっとこらえた。
今は泣いちゃだめだ。
泣いたらみんなを心配させてしまう。
大丈夫。
もう何も怖くない。
さみしくなんてない。
だって自分には帰る場所があるんだから。
愛してくれる家族がいるんだから。
「ふふふ、ありがとうみんな。私がんばるわ。生まれてくる妹か弟に恥ずかしくないように私がんばるから」
「おお、その喋り方だと本当にお貴族様みたいだなぁ」
驚いた父が面白かったのでつい悪戯心が芽生えた。
「あら、こう見えて、私は侯爵家に養子入りした本物の貴族令嬢ですのよ? 頭が高いんではなくて? 平民の方々? オホホホ」
背筋を伸ばし、ビシッと令嬢らしいポーズを決めてみた。
さぁここでみんなが爆笑して……。
ん? あれ? あれれ?
父が若干どころか、すごく引いてる?
ま、まずいわ。
思ったより貴族令嬢度が高かったみたいだわ。
シスター・クレアのスパルタ指導の賜物ね。
なんて言ってる場合じゃないわ。
母も、レンまで引いてるじゃないの。
「な、なーんちゃって! 驚いただか? 確かにオラ、貴族様に養子入りしたども、おっ父とおっ母の子供だってことには変わりねぇだよ。てへへ」
猫背に戻し、おどけてみせた。
ホッとする両親。
ホッとするエレーナ。
菓子を食う妹。
あぶないあぶない。
貴族ジョークは危険だわ。
これからは家族に対して使わないようにしないとね。
「そ、そうそう。レナにお願いがあるの。というより、聖女様としてのレナに、だけど」
パンと手を叩いて母が仕切り直した。
「聖女としてのオラに? おっ母、お願いってなんだべ?」
「名前をつけてほしいのよ。生まれてくるこの子に」
言って母は自分のお腹をなでた。
「え? オ、オラでいいだか?」
「レナがいいんだよ。なんたって聖女様なんだ。聖女様がつけた名前なんて、すごいご利益がありそうじゃないか」
父も乗り気だ。
エレーナはモジモジしながら言った。
「実は……手紙をもらったときからずっと考えてただ……。その……妹ならレム、弟ならレイって名前はどうだべか?」
そう。
エレーナはこの一月、いずれ生まれるであろう妹か弟の名前をすでに考えて……というか妄想していたのだ。
家族と会えなかったら、そのことを誰にも言うつもりはなかった。
こうして会うことができて命名を頼まれたのは運命だったのかもしれない。
「レム……」母がつぶやいた。
「レイ、か……」父がつぶやいた。
「「うん、いい(わね)(じゃないか)」」
二人がうれしそうに言った。
エレーナはほっと胸をなでおろす。
もっと奇抜でゴージャスかつエレガントなのも候補に上がったのだが、結局はシンプルな名前に行き着いたのだ。
喜んでもらえてよかった。
「ところでおっ父たちは、いつまでここにいられるだ?」
できるだけ長く一緒にいて欲しい。
エレーナの言葉に、父と母は顔を見合わせた。
「その……明日には村へ戻ろうと思うんだ」
「屋敷での生活に慣れてしまうと、レンが帰れなくなると思うの……。ごめんね、レナ」
「そっか……」
悲しいけど、母の言うことはもっともだった。
豪華な生活に慣れてしまって辛い思いをするのは、まだ小さなレンだ。
「それとレナ」
父が何かを手渡してきた。
エレーナが受け取る。
見るとグリッセンが床に叩きつけた例の小箱だった。
「あの貴族の子のことだが、許してあげなさい」
エレーナは反射的に反発してしまう。
「ダメだ! あいつはおっ父をバカにしただ! もう顔も見たくねぇだ!」
「でもな、レナ。それはあの子のせいじゃないんだ。小さい頃から平民を差別する環境にいたのなら、あの態度は当然なんだ。悪いのはあの子じゃない。あの子を育てた大人たちだ。そんな社会を作り上げた貴族の大人たちなんだ」
「……」
「あの子は悪い子じゃない。本当はレナもわかってるんだろ? だから今まで一緒にいたんだろ?」
「……」
エレーナは手にした小箱のリボンをほどいてみた。
潰れた箱の中にあったのは、蝶の形をした赤い髪留めだった。
「綺麗……」
エレーナはグリッセンと一緒に王立学園の受験勉強をしたときのことを思い出した。
勉強中エレーナは中途半端に伸びた髪が顔にかかって鬱陶しかった。
なんど耳にかけても落ちてくる髪に、イライラしていた。
「なぁ、その髪、鬱陶しくないか?」
「ええ、正直早くもっと伸びないかしらと思ってるわね」
「ふ~ん、でお前って何色が好き?」
「へ? なによいきなり。まぁ強いて言うなら赤かしら? そんなことより勉強に集中しなさい。試験に落ちても知らないわよ? って、何笑ってるの?」
「別に?」
確かこんなやり取りがあったっけ。
グリッセンが意味ありげにニヤニヤしていたのは、プレゼントを思いついたからだったのか。
でも、だからなに?
だからといって、父を侮辱したことは許せない。
許せるわけないじゃない。
「誰でも一度は間違えるものよ? だからもう一度だけチャンスをあげてみてもいいんじゃないかしら?」
母までもグリッセンの肩を持った。
「チャンス……」
手に持った髪留めを見つめエレーナは……。




