・プロローグ
2015年6月のある日の夜。
明かりが点いた部屋の中で一人の若者が椅子に腰掛け、机に頬杖をついて何やら考え事をしていた。
不意に、彼は壁に置いてある本棚に立てかけてある一振りの剣に視線を向ける。
「…もう6年になるんだな…」
瀬川和也、18歳。この春から大学生となったばかりだった。
彼は8年前に「覚醒」と呼ばれる段階を迎え、6年前に中学校に入学したときから姉の美由と共に「ファントムバスター(PB)」と呼ばれる妖魔退治業をしていた。
彼の視線の先にある剣は美由と組んでPBをはじめたとき、「和也は男の子なんだから」と彼女から渡された剣で代々PBだった和也の祖父、そして父親と受け継がれ、そして自分の前にはその姉が使っていた神剣だった。
この6年間、使い続けて来たこともあってか、最初の頃はなんとなく振り回されていたような気がした神剣も、今では自分の手足のように扱えるし、愛着も持っている。
しかしそんな姉弟の二人でやっていたPBの仕事にも去年の秋に一大転機が訪れることとなった。
和也自身はすでに姉の口から直接聞いていて知っていたのだが、美由が両親に、会社で知り合った同僚の男性と結婚したい、と打ち明けたのだった。そしてすでに求婚をされている、ということも。
その後いろいろとあったが、結局両親も最後には納得したようで、美由は結婚に向けての準備を始め、今年に入ってからはPBとしての仕事を和也一人に任せ、自身は現場を離れたのだった。
「和也はもう一人で大丈夫だし、自分のことは心配しないでPBに打ち込んで欲しい」と美由に言われていたこともあり、さらに和也自身も大学の入試や高校の卒業といったことがあったし、春からは大学に通う傍ら、PBとしての仕事もあって忙しい日々を送っていたが、ようやく最近、その忙しさにもひと段落がついたような気がした。
*
「…いよいよ明日か」
和也は剣の先の方にある壁を見る。
その壁の向こうの、あらかた荷物を運び出した部屋には、彼の姉である美由がいるはずである。
そして明日、美由は結婚式を行い、24年間育ったこの家を離れていく…。
寂しくない、と言ったら嘘になる。
自分が物心ついたときからずっと自分のそばに姉として美由がいたのだし、さらに和也が中学に入り、「覚醒したら一緒にPBをやる、とお父さんたちと約束したことだから」と美由が彼の先生となって、ともにPBを始めるようになってから、6年近い月日を二人で行動していたのだ。美由が現場を離れて半年近く経ち、最近ようやく一人だけの状況にも慣れては来たが、やはりまだ少し違和感が残っている。
現場を離れてからも美由はことあるごとに相談に乗ってくれたし、「結婚してからも何か困ったことがあったら遠慮なく相談に来て欲しい」とは言っているのだが、結婚して家を離れる以上、美由には美由の生活があるだろうし、そうちょくちょくと行けるものでもない。これからは自分ひとりで考え自分ひとりで判断を下さなければならないことが多くなることも実感はしていた。
*
和也の脳裏にいろいろなことが思い浮かんできた。
危険を顧みず姉を助けるために初めて妖魔に立ち向かい、結果的に自分が覚醒することになった日のこと、それから二人で組むようになり時には姉として、時にはパートナーとして彼女からさまざまなアドバイスを受けたこと、そして美由の勧めで一人だけでPBとして戦う決意を固めた日のこと…。
「…そういえば、あの日が結果的に初めて一人で妖魔と戦った日になるのかな」
和也の脳裏に4年前、自分が高校受験を控えた中学3年生の頃に起きたある出来事を思い浮かんだ。
(本編に続く)
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