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底辺から掴み取る、自由でおいしい毎日  作者: KAY
第一章 メイダロン編
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初めての酒

町からかなり離れた場所で狩りをしていた俺たちだが、リンの足だと町まではあっという間だ。俺たちはまだ日が高いうちにメイダロンに帰ってきた。


「ブリックさん、ただいま帰りました」「ブリックさん、ただいまー」

市場では邪魔になるからと、リンは市場の前で小さくなりポケットに入っている。「お帰り!おお、リン。俺の名前を憶えてくれたのかー」

感激してリンの頭をなでるブリック。メロメロだな。


「お約束通りグラスキャトルを狩ってきましたよ」「うし~」

俺たちの報告を聞き、驚き固まるブリック。

え??信用してなかったの?


「まさか本当に狩ってくるとはな。いや、すげぇな!」

「リンが見つけてくれたんですよ。5頭狩ってきましたけど、何頭買っていただけますか?」

はぁ?グラスキャトルってあの巨体だろ?5頭ってなんだよ。どんだけバカでかいんだよ、お前の収納。

相変わらずブリックは驚いてばかりだ。


「いや、すまんがこの小さい町じゃあ、1頭あればしばらく持つぞ。熟成肉にもするが、それでも1頭あれば当面十分だ」

ということは残りのキャトルは収納内でキープだな。


「じゃあ1頭は買ってもらえるんですね?」

「おうよ、喜んで買い取らせてもらうぞ。ここであの巨体を出されても運ぶのが大変だから、奥の解体場で出してくれるか?」


そう言って解体場へ移動しようとしたその時。

「あのぉ~、ちょっとよろしいでしょうか?」

山高帽を被った紳士に声をかけられた。


「突然すみません。私、ガルレイの町で商人をしておりますホートランと申します。お二人のお話が耳に入りまして。失礼ですがそちらのお方、グラスキャトルを数頭お持ちのようで。しかも収納魔法に入っていると」


ガルレイはメイダロンの隣町だ。隣と言っても10kmほど離れているが。

メイダロンより大きな町で、メイダロンでは売っていない商品もある。


そのため、俺も元養父グレアムの指示で何度か買い出しに行ったことがあった。

メイダロンからさらに片道2時間歩くため、ゴルデスの家からガルレイの町への往復はあわせて8時間。あの頃の俺にとってガルレイに行かされるのはかなりつらかった。


「差し支えなければそのキャトル、ガルレイで売っていただけませんか?ガルレイでもキャトルは人気の肉ですが、なかなか手に入らないんですよ」

それは俺としても願ったり叶ったりだ。


「ただここから巨体のキャトルを運ぶのはなかなか難儀ですので、お手数ですがガルレイまでそちらのお方にお越しいただけると助かります。馬車はこちらでご用意いたしますので」


あまりにも丁寧な物腰に、俺は一瞬ためらった。なんか胡散臭い。

俺はブリックにそっと聞いてみる。

「この人、大丈夫ですか?なんかちょっと……」

疑心暗鬼になった俺に、ブリックはけらけらと笑った。


「ホートランさん、ほら、カイトにも疑われてますよ。なんか詐欺師っぽいんですよね~。やっぱその山高帽がよくないんじゃないっすか?」


ブリックの気さくな物言いを聞き、俺の肩の力が抜ける。

なんだ、ブリックの知り合いか。

ホント詐欺師っぽいよ、ガルレイに行く途中で襲われるんじゃないかと。


「おやまあ、相変わらずブリックさんは失礼ですねぇ。この山高帽はお気に入りなんですよ。とはいえ、それほどの収納をお持ちの方だ。用心するに越したことはありませんな」


あ、こいつはカイトって言います、そうブリックが紹介してくれた。

「カイトです。初めまして」

「ボクはリン!」

「カイトさんとリンさんですね。どうぞよろしくお願いいたします」

最初から会話を聞いていたのか、リンが言葉を話しても動じる様子はない。


呼び捨てでいいですよ、言葉もそんな丁寧じゃなくて大丈夫です、という俺に

「商人たるものそういうわけにはいきませんよ。カイトさんも大切な取引先です」

と譲らないホートランさん。


「だからその丁寧さが逆に胡散臭いんですってー」

そうブリックにからかわれていた。


「ガルレイまで俺が持っていくのは問題ありませんが、馬車は必要ありません。リンに乗っていけばガルレイまではすぐですので」

またブリックが驚いている。

「リンに乗って走れるのか……、ちょっと、いやめっちゃうらやましいぞ!」


ブリック、早く移動できるのがうらやましいのか、リンの背中がうらやましいのか。後者だな……。そのうちリンのファンクラブでも作るんじゃないだろうか。


「そうですか。カイトさんとリンさんは、いろいろと本当にすごいですね。できればキャトルは2頭売っていただけると助かります」


メイダロンで1頭、ガルレイで2頭、1頭3500ギルだから……1万500ギル!

早くもバブル到来か?


「こちらこそ助かります。それと今日もリトルボアを15頭狩ってきたんですが」

そういうとブリックが呆れた。


「お前なぁ、普通はボア1頭狩るのも運ぶのも大変なんだぞ、ってお前が一番よく知ってるか。一昨日まで1頭ずつ毎日荷車で運んでたんだもんな。変わりすぎだろ、お前。いいことだけどさ!いいことなんだけどさ!!」


まあね、自分でも自覚はあるよ。

記憶と魔力を解放されたときに人格も変わった感じなんだよな。

うつむき、ただ黙ってあいつらに従っていた時の俺ではない。


「昨日20頭買い取ったばかりだからさすがにまだ在庫はあるぞ」

だよなー。


「それもガルレイで買わせていただきますよ。ボアはよく狩れますがそれ以上によく売れますからね。安くて庶民の味方です。1頭100ギルの買い取りになってしまいますが、よろしいですか?」

よろしいも何も、それが相場だ。王都などだともっと高いのだろうか?


「十分ですよ。ガルレイには明日売りに行ってもいいでしょうか?」

「あした?ボク、まだはしれるよ~」

「ありがと、リン。だけどガルレイには本屋とかメイダロンにはないお店があるから、せっかく行くならゆっくり買い物もしたいんだ」


それに、ガルレイには菓子屋がある。

メイダロンでは時々ジョージさんの店で手作りのクッキーを売っている程度だ。

リンも甘いものが好きみたいだし、俺も食べたい。


「もちろん明日で結構です。ぜひごゆっくりお買い物もお楽しみください」

営業スマイルを見せるホートランさん。

「金勘定はきっちりしてるけど、信用できる人だよ、ホートランさんは」

俺がなおも疑わしそうな眼をしていたのだろう、ブリックがフォローしてくれた。


よし、じゃあキャトルを解体しに行こう!そうブリックが声をかけると

「私も拝見させていただいても?」とホートランさんがついてきた。



市場の裏のスペースが倉庫兼、解体場となっている。

小さなこの町では専任の解体スタッフはいない。肉屋が交代で解体にあたる。


「リョーゼフさん、カイトが本当にグラスキャトルを狩ってきたんです。解体に入れますか?」

市場で店番をしていた肉屋のおやじさんにブリックが声をかけた。


「キャトルか、そいつぁ大物だな。今日はあいにく俺一人なんだよ。ブリック、手伝えるか?」

「おっけーっす。買い取りの人が来たら呼んでもらうよう伝えておきます」

「あ!俺も手伝います!」

俺もあわてて手を挙げた。


「すみませんが私は門外漢なもので。お役に立てず……」

ホートランさんが申し訳なさそうに頭を下げる。


「それと、すみません。俺の分ももう1頭解体していただきたいんですけど、お願いできますか?お金は払います」


リョーゼフさんは呆れたように俺を見た。

「2頭も狩ってきたのか?」

「え?いや、5頭ですけど……」

お前なぁ……、リョーゼフさんが大きなため息をついた。

あれ?なんかダメだった?


「1頭まるまる解体してどうするつもりなんだよ」

「えっと、収納に入れておきます。リンにはいつでもうまい肉を食べさせてやりたいんですよ。俺の収納は幸い時間停止ですし」

それにしても多すぎだろう、とあきれ顔だ。


これまでずっとひもじい生活をしてきたから、収納の中に食料がたくさん入っているのは安心するのだ。できれば調理済みの料理も保存しておきたい。それはこれから少しずつ用意しよう。


「金はいいよ。代わりにキャトルの肉を少し分けてくれりゃぁ十分だ」

もちろんです!霜降り肉がいいですよね?そう尋ねると

「俺もかみさんももうあまり若くないからなぁ、脂身たっぷりより赤身のほうがいいんだよ。それとすじ肉もいいな。うちのかみさんの煮込みはうまいんだ、これが」


牛すじ煮込み、そりゃ絶対うまいだろう!


「よし!始めるぞ!」

リョーゼフさんの掛け声で俺はコートを脱ぎ、リンを机の上に置いた。

「リン、ちょっとここで待っててね」

ブリックが作業用のエプロンを貸してくれた。


「まず1頭ここに出してくれ」

どっしりとした大きな鉄製のテーブルの上にキャトルを出す。

700kgはあろうかという巨体。建物の中で見るとさらに大きく感じる。


「ほぉぉ、この大きなキャトルを5頭も倒して、さらに収納ですか……」

ホートランさんが感心した声を漏らす。

それがなぜか悪だくみしているように聞こえるんですよ、ホートランさん!


さすがにこの巨体を吊るすのは無理なため、テーブルから首をはみ出させ、首の後ろにナイフを入れて血抜きをする。

血があらかた抜けたところで解体だ。


俺もナイフを取り出した。じんわりと魔力が溢れる。


「おまえ、なんだよそれ、収納以外にも魔力があったのか?」

ブリックがまたも驚きの声をあげる。あれ?言ってなかったっけ?

「そうみたいです。刀剣の魔力らしいです。俺も1頭は倒したんですよ」

1頭だけだけどな!


リョーゼフさんの指示のもと、ブリックと俺は皮を剝いでいく。

ナイフに魔力を流すと力を入れなくてもすっと切れるから気持ちがいい。


もしかして骨まで切れるのかな?試しに足の部分にナイフを入れるとあっさり切り落とすことができた。リョーゼフさんも驚いている。

「カイト、お前、王都の解体士にでもなれるぞ」

いや、遠慮しておきます。冒険者志望なんで。


内臓などの繊細な部分はリョーゼフさんが解体してくれ、ブリックは大きな肉、俺は普通ナイフでは切れない部位を担当した。

思いのほか手早く解体でき、部位ごとにトレーや木箱に収められる。

1頭の量が半端ない。


続けて2頭目も解体する。更に手早くできた。

「リョーゼフさんもブリックさんも、好きな部位を持って行ってください」

「マジか!じゃあ遠慮なく、俺は霜降りもらうぜ~」

ブリックはまだまだ若いようだ。


リョーゼフさんは最初の言葉通り、赤身肉とすじ肉を選んだ。

ホートランさんは何も手伝ってないからと遠慮し、ガルレイの町に戻るため先に帰っていった。明日買い取りよろしくお願いしますね、と念を押しながら。


「あ、俺、皮は使わないんで、これももらってください」

「だったらちゃんと買い取るよ。キャトルの皮は安いけどな」


グラスキャトル1頭分3500ギルと2頭目のキャトルの皮80ギル。

さすがに全部銀貨は無理だと言われ、1000ギル金貨(10万円)2枚、100ギル銀貨(1万円)15枚、10ギル銅貨(千円)8枚を受け取った。


金貨だ……。


「また金持ちになったな」

手のひらの上の金を見つめる俺に、ブリックがニヤリとする。


「今日いい収獲があったら、酒を飲むって決めてたんです」

「そうか、酒か。はじめてか?」

俺は黙ってうなずいた。


ブリックが俺の肩を優しくたたいた。

「うまい酒が飲めるといいな。今度、一緒に飲もうぜ!」

ブリックと酒か。それは楽しそうだ。


「はい!ぜひ!その時は俺におごらせてください!」

「おぉぉ~、生意気だぞぉ!」

ブリックに頭をぐりぐりと押され、俺はブリックの腕から逃げ出した。


さあ!今日の目的は達成だ。ゼットンさんの宿へ帰ろう!


エプロンを返してコートを羽織り、リンを抱き上げる。

「ブリックさん、リョーゼフさん、ありがとうございました!」「ばいばーい」


「またな!」

「お疲れ!」


宿へ向かう俺たちの足取りは軽い。

「晩メシ、何かな?」

「なにかなぁ?おなかすいたねー」

日はすでに沈みかけていた。


「ただいま帰りましたー」「ただいまー」

ガラリと戸を開けて宿に入ると、カウンターは無人。


「おう!お帰り!」

厨房の方からゼットンさんの声がする。


「預かった水がめに山の水を汲んできたんですけど、どこに置きますー?」

厨房に向かって声をかける。

「サンキュ!こっちにもってきてくれるか?」


言われるがまま厨房に入ると、いい匂いが漂っている。

クンクンと鼻をひくつかせる俺とリンを見て、ゼットンさんが笑った。

「今夜は鶏のクリームシチューとかぼちゃのサラダだぞ」


うわぁぁ、食べます!リンと俺の2人前、それぞれたっぷりでお願いします!

喜ぶ俺を見て、きっとおいしいものに違いないと理解したリンも目を輝かす。

「たべる~」


それと……、そう言って俺は霜降り肉の大きな塊を取り出した。

「今日はグラスキャトルが狩れたんで、これおすそ分けです」


「え?高級肉じゃねぇか。すげぇな」

ゼットンさんが目を丸くしている。


「はい、1頭は市場で買い取ってもらったんですけど、もう1頭は自分用に解体してもらいました。この他にも赤身やすじ肉、ホルモンなんかもありますよ」


ゼットンさんが遠慮しないよう、赤身の大きな塊を出して見せた。

「いや、でかすぎだろう」

ですよねー。


「そしたら今日の夕食に追加でステーキを焼いてやるか」

「やったー!!他のお客さんにもぜひ」

今夜はごちそうだ!


ゼットンさんは霜降り肉のほかに赤身の塊とホルモン、スープ用の骨を選んだ。

ホルモンは下処理が難しいが、ゼットンさんの手にかかれば、おいしくなること間違いなしだな。


今日の夕食の代金を払おうとして断られた。

「さすがにこれだけもらって金は取れねーよ。今日から4日分は夕食と朝食、風呂もサービスするぞ」

おお、マジか。毎度あり~!


風呂に入ってさっぱりし、リンと俺はホクホクと夕食の席に着いた。

今日は他にも客がいる。4人組の冒険者と、夫婦らしき男女だ。


すぐに料理が運ばれてきた。

とろりとしたシチュー、干しブドウとアーモンドの入ったかぼちゃのサラダ。

そして焼きたてのステーキ!


「酒、飲むか?」

ニヤリとゼットンさんが聞いた。


もちろん!今日は飲むぞ!

「エールでお願いします!」


エールは瓶を返せば5ギルで飲める、比較的安価な酒だ。

10ギル銅貨を出すと、ゼットンさんが井戸水で冷やした瓶を持ってきて、グラスに注いでくれた。思わずじっと見入ってしまう。

なみなみと注がれた金色の液体。今世では初の酒だ。


「乾杯!」

誰にともなくグラスを掲げて乾杯をすると、ゼットンさんが振り向いて親指を立ててくれた。「よい酒を!」

ごくごくとグラス半分ほどを一気に飲む。

くぅぅぅ~、たまらん!


前世の記憶もあるのだろう、初めてという気がしない。

雑味のある少し濁ったエールは、弱い炭酸があり、意外とすっきり飲める。

働いた後の酒はやっぱり格別だな!


リンが不思議そうに見ている。

「リンにはお酒はまだ早いよ~」

いや、そうなのか?神獣だから何でもいけるのかもしれない。

しかし心情的にリンにはまだ早い。お父さんは許しません!


「よし、リン、食べよう!」

「うん、いただきまーす」


シチューもかぼちゃのサラダもすごくうまい。

だけど何より、グラスキャトルのステーキ!なんだこれぇ、やばい、うますぎる!

リンも無言で食べ続けている。しっぽがフルフルだ。

俺たちいい仕事したな、今日。


他の宿泊客からも礼を言われ、会話を交わし、俺は結局エールを3本空けた。


初めての酒を飲んだこの夜。

いい夜だった。

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