楽しみな二人
「リリー、ロッド、お風呂の支度が出来ているわよ、順番に入りなさい」
夕食の支度をしていたイリスが二人に声をかける。
「でも、晩ご飯の支度を手伝う約束ではなかったかしら?」
今日一日でリリーの進化が止まらない。
こんな配慮ができるようになるとは!
「今日は初日なのに二人ともすごく頑張ったでしょ?夕食の後にお風呂に入ろうと思ったら、きっと寝ちゃうわ」
「イリス姉さん、私もう13歳よ。そんなに早く寝ないわ!」
口を尖らせ、なぜか大人ぶるリリー。
しかしそこにいる大人たちはみんな思った。
「これ、絶対寝るだろ……」
「僕は先にお風呂に入りたい。藁でなんかチクチクするんだ」
ロッドはお風呂希望のようだ。
「お風呂のない家の方が多いって聞いてるんだけど、こんな仕事をした後みんなどうしてるんだろう」
貧しい領民を思いやることができるロッド。将来有望だな。
「うちにお風呂ができたのは2週間前なのよ。カイト様をお迎えするために作ったの。それまでは体をふくか、水を浴びるか、どちらかだったわ」
こんなにチクチクなのに体をふくだけか……。
ぼそりとつぶやくロッド。彼も今日一日でいろんなことを学んだようだ。
ロッド、それからリリーが続けて風呂に入り、さっぱりして出てきた。
一日働いた後の風呂は気持ちいいだろ?
「ウィル、抱っこさせて!」
「僕も!」
昼からずっと外で働いていたリリーとロッドは、ヨヒトの赤ちゃんのお世話をしたくてうずうずしていたらしい。今日一日、ウィルはお義母さんに面倒を見てもらっていた。
「まあ、お姉ちゃんとお兄ちゃんが抱っこしてくれるんだって。よかったわね、ウィル」
赤ちゃんに話しかけながら、そっとウィルをリリーに手渡す。
「だいたい首は座ってきてるけど、まだ完全じゃないから首の後ろをちゃんと支えてあげてね」
抱き方を教えてもらい、神妙な顔で受け取るリリー。
「首が座るって何?」
ロッドが首をかしげる。
「赤ちゃんは生まれてから3、4か月くらいは首がグラグラしていて危ないの。抱っこするときは首を支えてあげるのよ」
私は知っていたわ!友達の弟を抱っこさせてもらったことがあるもの!
リリーが得意げな顔で、でもめちゃくちゃおぼつかない手つきでウィルを抱っこする。
「かわいいね。僕も抱っこできる?」
ぎこちないリリーから、さらにおどおどしたロッドに赤ちゃんが渡される。
「ミルクのにおいがする」
「ほぎゃぁぁぁ」
途端にウィルが泣き始めた。
「ど、どうしよう。僕の抱っこがダメなのかな?
焦るロッドにお義母さんがおっとりと笑った。
「おなかがすいたか、眠いか、おむつか。赤ちゃんが泣くときってそういう合図よ」
きっとおむつね、そう言ってウィルを受け取り、ベビーベッドに寝かせる。
ヨヒト手作りの木製のベッドだ。
「見ててもいい?」
反対側からロッドとリリーが覗き込む。
そんな二人の姿を見て、十年後のロッドとリリーを想像してしまった。
だって、今日一日でこの二人って……。
13歳と9歳。リリーの方が年上だけど、全然いける範囲だよな。
領主の嫡男と、その領一番の商家の娘なら、組み合わせ的にもアリだ。
勝手に想像を膨らませ、にやにやしていたのはきっと俺だけではないはず!
そしてお待ちかねの夕食。
一日働いた後の夕食は特別うまいぞ!
夕食は鶏のから揚げとフライドポテト、野菜スープ。
パンは今日卵を売りに行ってくれたアルバスが領都で買ってきてくれたもの。
領都まで片道2時間のここでは領都へ行く人が近所の分まで買い物をするのが日常だ。
「この唐揚げ、うちで出されるものと違うわ。不思議な味がする。おいしい」
リリーが気づいたのは下味に使っている醤油だろう。
「あら?分かる?これは醤油っていう調味料を使っているのよ」
サナがちょっと得意げに説明する。
「旦那様が、国王陛下やローガンス商会と一緒に、この国全体に広めようとしているの。そのうちフィリオーネでも買えるようになるわよ」
国王陛下?え?国王陛下?
「もしかしてカイトさんは国王陛下にお会いしたことがあるの?」
サナの言葉に反応したのは、ロッドだ。
次期領主として、今後忠誠を誓う相手だからな。
「こくおうへいか?」俺たちの会話に、リンがキョトンとして首を傾げる。
「ひげのおじいちゃんのことだよ」
リンにささやくと、ここぞとばかりにリンが会話に参加した。
「おじいちゃんはねー、およめさんがリズちゃんなの。かわいいよ!」
リズちゃんはかわいいより美しいでは?と思うが、きっとリズちゃんはかわいいと言われて王都で喜んでいることだろう。
「あー、ちなみにリズちゃんは王妃様な」
ロッドが目を白黒させている。
「王妃様……」
「俺は国王陛下と知り合いなんだぞって自慢しないのね、カイトさんは」
いや、リリー。俺も聖人ではない。
「俺だって利用するときは利用するぞ。身分や財産って、うまく使えば大切な人を守ってくれることもあるからな」
身分なんて関係ない!と心から思っているが、この世界で生きていくにはどうしても関わらなければいけないこともある。
「うーん」
今日何度目かの難しい顔をするリリー。今日はいろいろ考えたね。
「ポテト、おかわりー!」
リンの言葉にロッドが反応した。
「ぼ、僕もおかわりしてもいい?」
「たくさん食えよー、ジャガイモだけはいっぱいあるから」
ヨヒトの言葉にユナが首を傾げた。
「でも兄さん、うちは畑をやめて養鶏場にしたんじゃないの?」
「そうだけど、その分周りの農家から芋や野菜をできるだけ買うようにしてるんだ。この養鶏場は近所の人の協力がないとやっていけないから」
「そうなのよ、ユナちゃん。お手伝いだけじゃないの。藁や鶏のエサにする野菜くずをただで譲ってもらって、その代わりに肥料になる鶏糞を提供したり、そのうち卵を産めなくなった鶏のお肉や鶏ガラも提供するつもりよ」
まさにギブアンドテイクだ。
人を雇って現金収入の機会を与えるだけじゃないんだな。
地域全体が活性化するのはいいことだ。
「明日も早起きよね?」
リリーの質問に笑顔で答えるサナとユナ。
「そうよ、鶏は朝の方が卵を産むから、夜明けとともに起きて、たくさん卵を集めるわよ!」
「たくさん産んでくれるといいわね。卵が売れないとリリーやロッドのパンも買えないから」
「鶏さん、たくさん卵を産んでください。明日もパンが食べられますように」
サナユナの言葉を受けてロッドが祈りをささげた。
「鶏さん、お願いします。明日も鶏舎のお掃除をちゃんとするから!」
リリーも祈る。
食べ物への感謝。
初日でここまで理解するなんて、やっぱりいい子たちだな。
お代わりを食べ始めるころには、リリーとロッドの目がとろんとしてきた。
イリスの予想通り、眠くなってしまったようだ。
今日は二人にとって人生で一番働いた日だろう。たくさん歩いたし。
「ほらほら、言ったじゃない。ちゃんと部屋に戻ってベッドで寝ましょう」
イリスの言葉で立ち上がるリリーとロッド。
「ふわぁぃ、おやすみなさい」
「おやすみなさい。ほら、リリー、ちゃんと歩こう」
13歳のリリーのお世話をするロッド、9歳。
うん、やっぱりこの二人の将来が楽しみだ。




