カイトの提案
フィリオーネ城の一室。
リリーの父でありハイランド商会の商会長であるライアスが青い顔をして座っている。
その隣には彼の妻ウタネ、そして娘のリリー。
向かいのソファーには俺とサナとユナ。
リンはサナの膝の上で寝ている。この話にはまったく興味はないらしい。
ブラッドは一人掛けのソファーにゆったりと座り、成り行きを見守っている。
「こ、この度は、領主ブラッド様の工場の共同出資者でありますカイト様に、ましてや神の使徒様であらせられますカイト様に、娘のリリーが……」
必死で言葉を紡ぐリリーの父ライアス。
だーかーらー。
そうじゃなくて!
「俺がブラッドの工場の共同出資者だからだとか、神の使徒だとかそういうことを言いたいんじゃないんだよ。俺じゃなくても誰に対してもさ。感謝と敬意、これって人としての基本だよな。リリーにそれを教えなかったのはあなたたちの過ちだし、あなたたち自身にもそれが欠落してるんじゃないの?」
感謝と敬意……。
ライアスがその言葉を反芻している。
「確かに金を払えばうまいメシが食えるかもしれない。でもさ、その料理には小麦や野菜を育てた農家があり、魔獣を狩ってきた冒険者がいて、料理をしてくれた人がいる。日々感謝じゃん。従業員に対しても同じだろ?それをちゃんとリリーに教えてないよね?」
日々感謝……。再びライアスが俺の言葉を反芻している。
「私はいつから感謝の気持ちを忘れていたのでしょう……」
ライアスがつぶやき、妻のウタネが寄り添う。
「この商会を受け継いだ時、私も従業員に対して常に感謝の気持ちを持つよう心掛けていたはずです。しかし貧しいこの領では、毎日のようにぜひ雇ってほしいという人がやってきて、断り続けているうちにいつの間にか雇ってあげているという感覚になっていました……」
私のその感覚が娘にも伝わってしまったのでしょう、そう肩を落とすライアス。
たぶん性根はまじめで優しい人なんだろう。
みんなちょっとした踏み間違いでダメな人ややばい人になっていく。
この人たちはまだ間に合う、そう信じたい。
「で、俺からの提案。リリーをしばらくここにいる彼女たちの兄が経営する養鶏場で働かせてみない?一か月でいいから」
俺の提案に更に青ざめるリリーの父と母。
「それだけは、それだけはお許しください。年の離れた兄二人の下でようやく生まれた女の子。何不自由なく甘やかして育てたのは私たちの責任です。この子は悪くありません。本当はいい子なのです。そのような仕打ちをこの子に……」
えーっと、そんなひどい仕打ちをする予定はないけど?
「何か勘違いしているようだけど、これは罰とかじゃないよ?どっちかっていうと、そうだなー、職業体験、みたいな?」
職業体験……。
両親だけでなく、リリーも首をかしげる。
「もちろん、働いたことのないリリーにはちょっと大変かもしれないけど。でも汗を流して働いて、その後で食べる食事はきっとどんなご馳走よりうまいよ。今のリリーはまだそれを知らない」
戸惑った様子で顔を見合わすリリーとその両親。
俺の隣では同じようにサナとユナが戸惑っている。
「お嬢様をうちでお預かりするんですか?」
「預かる以上はお嬢様扱いはなし。一番下の妹みたいな感じでどう?一緒に仕事して、料理を作って、洗濯して、リリーにいろいろと教えてあげて欲しい」
「お嬢様とはお呼びしないんですか?じゃあリリー様?」
「様もなし!敬語もなし!妹なんだから」
お嬢様に敬語もなし……?サナとユナが一番戸惑っているようだ。
「罰ではない、でも労働はしなくちゃいけないんですよね?」
俺の話を正確に理解したリリーが質問をしてくる。
「うん、そうだよ。だって労働は罰じゃない。世の中のみんな働いているんだから」
あ!俺の言葉にリリーが驚いた声を上げ、口を押える。
「私は働く必要がないのだと思っていました。みんな働いているのに、どうしてそんな風に思っていたのでしょう」
あー、だからそれは、甘やかした周りの人たちの責任だよなー。
でもこれだけできちんと理解した、君はきっといい子だよ。
「借金奴隷に出るのは14歳から。リリーはまだ13歳だから本格的に働き始める年齢じゃないよ。でもみんな子供のころからたくさんお手伝いをしている。リリーがするのはお手伝いと労働の中間くらいかな?」
「本当にリリーはひどい生活をしなくて済むのでしょうか」
この状況でもやはり娘のことが心配で心配でたまらない、という様子のライアス。
「この領の農民の暮らしはひどいよね。でも同じ生活をしろとは言わないから大丈夫。ヨヒトの家ならひもじい思いをさせることはないし、ちゃんと清潔な暮らしをさせるよ。今ならまだ厳しい寒さでもないしさ。まあメイドに身の回りのお世話を全部やってもらい、料理長の作る豪華な料理を食べる今の生活と比べたらぐっと落ちるけど」
ライアス、ウタネ、リリー。親子三人が顔を見合わす。
断ることが難しい状況である。
しかしそれほど悪い提案でもないのかもしれない、そんな顔だ。
「お父様とお母様と離れて暮らすの?」
甘やかされていてもいなくても、まだ13歳の少女だ。親元を離れるのは不安だろう。
「一か月だけだよ。ちょっと頑張ってみない?」
「メイドは?一緒に連れていってはダメ?」
「だーめ。自分の身の回りのことは自分でするの」
俺の言葉にリリーは泣きそうだ。
「自分のことを自分でするのはいいけど、一人ぼっちは寂しいわ」
「お嬢様、じゃなかった、リリー。一人じゃないわよ、私たちがいるわ」
「そうそう、姉だと思って頼ってね!」
お嬢様に対して敬語なしって慣れないわ……、そうつぶやきつつもサナとユナが優しくリリーを励ます。三姉妹誕生か?
「あー、ちょっといいか?」
これまで傍観を決めこんでいたブラッドがようやく口を挟んだ。
「何かまずかった?」
俺の言葉にブラッドは首を振る。
「いや、すごくいい考えだと思う。面白い。だからさ、できれば私の息子のロッドも預かってもらえないだろうか?」
私の息子……。
息子……。
って、次期領主ってことじゃね?
「いや、さすがに次期領主に鶏の世話をさせるわけには……」
私に大工仕事を言いつけたカイトが何を今さら、とブラッドが笑う。
「息子は次期領主として甘やかさず厳しく育てているつもりだよ。だけど訓練はしても労働体験はさせてやれていない。まだ9歳だからリリーほどは役に立たないかもしれないが、卵を収集したり藁を集めたり、少しは働けると思う」
労働の価値とそのありがたさを体験させてやりたいんだ、そう言われるとダメって言えないじゃん。
「ロッドって言ったっけ?じゃあ彼も一番下の弟扱いでいいのかな?」
「もちろん!望むところだ!」
隣で固まっているサナとユナを直視できない。
でもまあ、国王陛下と王妃様ともグラスを傾けた仲だ。
領主の息子くらいでビビるサナとユナでは……、ビビってるな。ごめん!
そもそもヨヒトとイリスの意見も聞かずに勝手に決めていいのか、俺。
いや、でもこれは断れないだろ。
「さすがに二人を受け入れるとなると部屋を増築する必要があるな。もともとあの家は増築する予定だったけど、急がせよう。1週間ほど待ってもらえる?」
わがままお嬢様と領主嫡男の養鶏場生活。
さてさてどうなることやら。




