母の家
レーヴェンス領都セルゲッカの停車場に乗合馬車が入ってくる。
セーフ!ギリギリ間に合ったぜ!
フィリオーネ領からレーヴェンス領へは、俺とリンにとって初めての道。
急いでレーヴェンス領へ行くつもりだったが、リンも俺も誘惑にあらがえず、フラフラと山の中に入ってはちょいちょい狩りを楽しんでしまった。
その結果、予定以上に時間がかかってしまったよ。
楽しそうに乗合馬車から降りてくる3人を見て、ホッと胸をなでおろす俺。
母さんやサナユナのレーヴェンス領到着より遅れたら、やさしーく、真綿で首を締める様に嫌味を言われそうだ。
「母さん!サナ!ユナ!旅はどうだった?」
「あら、カイト。ちゃんと間に合ったのね」
ぎくっ。
「カイトがはやくはやくっていうから、いっぱいはしったよー」
リン、ばらすな!
母さんにやっぱりねー、という顔で見られたじゃないか。
「サナ!ユナ!母さんと一緒に馬車の旅をしてくれてありがと!」
「とても楽しかったです。毎日清潔な宿に宿泊して、おいしいお食事もいただいて」
「景色もお食事も町ごとに少しずつ違うんです。ずっとワクワクしていました。旦那様とリン様がどうして飽きてしまわれるのか、不思議です」
ユナ、「飽きる」ってさ、理屈じゃないんだなー。飽きるもんは飽きるんだよ。
「さあさ、狭いけどわが家へ行きましょう。主人も娘たちも驚くわよー」
セルゲッカはビルケッシュ領都コリンバースと同じくらいの規模の街だった。
中央に城がそびえ、その周りに貴族街や高級店が並ぶ。
乗合馬車の停車場は街のはずれ、バリバリの庶民街に位置する。
そこから徒歩15分くらいのところに母さんの家はあった。
小さな2階建ての一戸建てで、狭い土地に隣の家とくっつくように建っている。
「ただいま!」
勢いよくドアを開け、母さんが家の中に声をかける。
バタバタと足音が聞こえ、母さんに二人の少女が抱き着いた。
「ママ!お帰りなさい!」
「ママ!会いたかったー!」
二人をそっと抱きしめて、母さんが優しい顔になった。
「二人ともいい子にしてた?」
「カイト、紹介するわね。あなたの妹のキイナとクイナよ」
「え?私たちが妹?じゃあこの人、お兄さんなの?」
「そうよ、キイナとクイナのお兄さん。カイトっていうのよ」
カイトの次が、キイナとクイナ……。
「母さん、もしかして次、弟が生まれたら……」
「もちろんケイトにするつもりよ」
カキクケコかよ!
「初めまして、カイトです。よろしくね。このポケットにいるのがリン、俺の相棒。そしてこっちの二人が俺の嫁さんでサナとユナ。仲良くしてね」
「リンだよー」
「サナです。こんにちは」
「ユナです。はじめまして」
「「しゃべった!」」
リンの言葉に驚き、母さんの後ろに隠れる二人。
「ほら、ちゃんと挨拶しなさい」
母さんに言われ、興味津々に半分顔を出す。
「キイナです。10歳です」
「クイナです。7歳です」
おおっと、年齢も言うべきか?
「あ、俺は18歳です」
と、母さんが首を傾げた。
「19歳よ?」
え?俺、19歳なの?
「先月誕生日だったから19歳のはずよ」
ああ、俺、自分の誕生日知らなかったわ。
6歳なら自分の誕生日を覚えている年齢だが、俺の場合は記憶を封印されていた。
記憶が戻った後も、いろいろなことがおぼろげで、さすがに誕生日までは思い出せていない。
「毎年、年が変わるときに一つ年齢を重ねることにしてたよ」
俺の言葉にハッとしたように母さんが俺の頬を両手で包んだ。
「あなたの誕生日は7月15日よ」
ああ、ちょうどカリオテ村でわいわい過ごしていた頃だな。
「ひと月遅れになっちゃったけど、お誕生日のお祝いしましょうか」
「お義母様、私たちもお祝いしたいです」
「しましょう!旦那様のお誕生日祝い!」
「ミア、帰ってきたのか、お客さんか?」
奥の部屋からゆっくりと歩いてくる男性。今の旦那さんだよな。
「あなた!カイトよ、カイトに会えたの!カイトが来てくれたの!」
母さんの声が1オクターブあがった。
その人はもともとはガタイがよかったのだろう。
骨格はしっかりしているが、今は痩せて青白い。
彼は俺の姿を確認すると、大きく目を見開き、嬉しそうな母さんの肩に手を置いた。そして俺にそっと頭を下げたのだ。
「ありがとう」
え?ありがとう?なにがありがとう?
「ありがとう。生きていてくれてありがとう。もう一度ミアに会ってくれてありがとう。今日のミアは今まで見てきた中で一番幸せそうだ」
ああ、そういう人なんだ。こんな人がずっと母さんを支えてくれていたんだ。
「ありがとうはこっちのセリフです。母を支えてくれて、今までそばにいてくれて、ありがとうございました。これからも母のことをよろしくお願いします」
だけどその人は、ふっと寂しそうな笑いを漏らした。
「支えるつもりだったんだけどな。病気になっちまって、仕事はおろか、家のこともできやしねぇ。妻に迷惑をかけるだけの存在だよ」
「あなた?そういうことはもう言わないって約束したじゃない!」
キッと睨みつける母さんを、その人は優しいまなざしで見つめる。
「とにかくみんな中に入って。狭い家だけど一度休憩しましょう」
ダイニングテーブルを囲むように座り、母さんとサナユナが旅の途中で買ったというお菓子を並べてお茶にする。
テーブルの上でしっぽを振るリンにキイナとクイナはくぎ付けだ。
リンの方はお菓子にくぎ付けだが。
母さんの今の旦那さんはマルクス・ロートレンという。
セルゲッカの警邏隊で働いていたが、3年前に心臓発作で倒れた。一命はとりとめたものの心臓に障害が残り、ゆっくり歩くのが精いっぱい。仕事復帰どころかちょっとした家事もできなくなっているそうだ。
今は母さんが薬剤師として働き、家事も子育てもして生活を支えているらしい。
「そっか、母さんって薬剤師なんだ。じゃあさ、マルクスさんにこの薬が効くのかどうかわかる?」
瑠璃いちごの薬を取り出し、母さんに渡す。
「これ、これって!カイト、これ、どうしたの?瑠璃いちごじゃない!」
「うん。リンと二人で摘んだんだ。だから調剤した薬も分けてもらった」
「これがあれば、これでうちの人は……、ううん、だめよ、こんな貴重な薬」
母さんが薬を見つめながらぶつぶつとつぶやき始めた。
「母さん、瑠璃いちごはまた俺とリンとで見つけてくるから問題ないよ。もしマルクスさんに効くのなら使ってよ」
マルクスさんは母さんと目を見合わせ、困ったような、嬉しいよう顔をしている。
「さすがにこのような好意に甘えるわけには……」
ああ、もう!
「俺は使うか使わないかを聞いてるんじゃないの!効くか効かないかの話をしてるの!効くのなら飲む!直す!そんで、母さんとキイナ、クイナのために元気になる!それだけ!」
初対面の義理の父に思わず声を荒げちゃったよ。
「ああ、カイト。あなたは本当に奇跡の子ね。あなたの母になれて私は本当に幸せよ」
座っている俺の後ろから、母さんが抱きしめた。
マルクスさんが再び俺に頭を下げた。
「すまない、いや、こういう時はありがとうと言うべきかな。薬代は元気になった後必ず支払う。どうか、この薬を飲ませていただきたい」
金はいい。薬の出し惜しみをするつもりは毛頭ない。
「そうそう、そうですよ。さ、どうぞ」
そう言ってそっと茶色の小瓶を差し出した。
震える手で薬を受け取るマルクスさん。
心臓の音がここまで聞こえてきそうなくらい緊張している母さん。
事の成り行きを見守っているサナとユナ。
なんとなくいいことが起こりそうだと理解しているキイナとクイナ。
そしてお菓子に夢中のリン。
マルクスさんは瓶のふたを開け、ゆっくりと飲み干した。
次の瞬間、彼の体が白く光った気がした。
気のせいかもしれない。他の人は反応しなかったから。
それとも俺だけに見えていた光かな?
「すごい!体が軽い!倒れる前の自分に戻ったようだ!」
マルクスさんが満面の笑顔で母さんを抱きしめた。
「あなた、あなた、あなた!すごいわ!すごい!」
マルクスさんは次にキイナとクイナを抱きしめる。
「キイナ、クイナ、今までごめんな。パパ、元気になるから。お仕事もして、二人においしいご飯も作ってやるからな!」
「パパ~」
「パパ、もう寝てなくていいの?」
マルクスさんにしがみつき、ぴょんぴょんとはねるキイナとクイナ。
いやぁ、俺、役に立ったな!




