再会
そこにいたのは俺と同じダークブラウンの瞳の女性。
その瞳が俺をとらえ、大きく見開いた。
「カイト……?カイトなの……?」
リンに解放してもらった記憶。
その記憶の向こうにいた彼女より、目の前の女性は少しだけ年齢を重ねている。
だけど俺は。
彼女の記憶にある6歳の俺と今の俺では、全く違う姿のはずだ。
「俺のこと、分かるの?」
俺の言葉を聞き、その人はふわっと笑った。
それはもう、世界中の花が開くんじゃないかという温かさで。
「分かるに決まってるじゃない。カイトがしわしわのおじいちゃんになっても分かるわよ」
彼女はゆっくりと俺に近づき、見上げるようにして俺の頭にその手を置いた。
「大きくなったわね」
もう、何も言えなかった。
母さんに会ったら何を言おうか。
会いに行くと決めてからずっと考えていたはずなのに、何の言葉も出てこない。
会いたかった。
この人のそばで生きていたかった。
あんな奴らに引き裂かれたくなかった。
でも、どの言葉も俺の口から出てこない。
俺より頭一つ分背の低いその人の肩に頭を乗せ、俺はこぼれそうになる涙をごまかす。
「じゃあ母さんは、俺がしわしわのおじいちゃんになるまで長生きしてね」
見上げるほど大きくなった息子の頭を、その人は両手でそっと抱きしめてくれた。
「カイト、生きててくれてありがとう」
無理だ。涙、止められない。
止めたいのに、次から次へと溢れてくる。
12年間の虐待の日々。
この優しい人の記憶さえ奪われた絶望の毎日。
肩の上で声を押し殺して泣き続ける俺を、母さんは黙って抱き続けてくれた。
母さんの服が俺の涙でびしょびしょだ。
それよりなにより、泣きたいのはきっと母さんの方だろう。
それでも笑って俺を抱きしめている。母ってつえぇな。
どれほどそうしていただろう。
俺は顔をあげるタイミングが完全に分からなくなっていた。
「母さん……」
「どうしたの?」
「顔、あげらんねぇ」
もう、しょうがないわねぇ。そう言って母さんがハンカチを渡してくれた。
そのハンカチで涙を拭き、チーン!と勢いよく鼻をかむ。
「……、ごめん、後で洗って返す」
あはは、という笑い声で顔をあげると、そこにはリンやサナユナ、エイミィに加え、モルガン、アイノラ、ヒューゴとスーザンまで揃っていた。
「やれやれ、間に合ってよかったよ」
「すれ違うかと思って焦ったじゃない」
ヒューゴとスーザンも、母さんが来ることを知ってたようだ。
俺はじろりと彼らを見る。
「みんな知ってたの?母さんがくるって」
モルガンがきまり悪そうに頭をかいた。
「まあな、ごめん。カイトとすれ違わないように、ザイオンにとどめておいてくれって頼まれてたんだ」
「ビルケッシュ領主のアーノルド様がお手配くださったのよ。ここへの旅費も、留守にする間の家族のお世話も、全部」
母さんの言葉に俺は天を仰いだ。
「アーノルドってば、もう、余計なことを!俺が会いに行くつもりだったのに!」
半分は照れ隠しだったが、その言葉を聞いて母さんが俺の頭をぺちこんと叩いた。
「領主様になんてこと言うの!カイトのことをこんなに気にかけてくださっているのに。しかも領主様のことをアーノルドって!」
ああ、感動の再会でも母は母だ。
「だってぇ、アーノルドがそう呼べって、半ば強制的にさぁ」
思わず子供じみた言い方になってしまったよ。
「カイトぉ、カイトママぁ、おなかすいたー」
おお!そうだった!夕飯を食べに行くところだった。
「リン、よくわかったな。この人が俺の母さんだよ。母さん、この子がリン。俺の家族で俺の恩人。あれ?人じゃないから恩人とは違う?」
俺の言葉にけらけらと笑う母さん。
「カイトママ。リンだよ!」
「初めまして、リンちゃん。カイトの母です。カイトがお世話になっています」
うん?リンには世話してもらってないぞ?助けてはもらったけど。
「それとこっちがサナとユナ。訳あって今、俺の嫁」
「サナさんとユナさんね。カイトがお世話になります」
うん、サナとユナにはばっちり世話してもらってる。
「サナです。私たちの方こそ、旦那様にお世話になりっぱなしで」
「初めまして、ユナです。お会いできてうれしいです」
「それにモルガンとアイノラ、エイミィ。ザイオンの家族みたいなもん。それとヒューゴとスーザン。冒険者の先輩?」
カイトの母です、ミアと申します。
母さんは一人一人に丁寧に挨拶をし、俺に笑顔で向き直った。
「カイトは今、幸せなのね」
『今』
母さんはそう言った。
俺の過去をどこまで聞いているのだろう。
出来ればあまり知られたくはない。彼女はもう十分に苦しんだのだから。
これ以上俺のことでつらい思いをさせたくないんだよな。
「さあさ、積もる話もあるだろうけど、晩ご飯にしようじゃないか。ミアさん、ようこそザイオンへ」
アイノラに背中を押され、俺たちは月のうさぎへと向かう。
「まさか今日も貸し切りとか言わないよね?」
「貸し切りじゃぁないけど、いつものあの人たちは来そうだねぇ」
マジか。ビクターさんはまだしも、この国のトップオブトップは勘弁してくれよ。
「デニス、こんばんわ!」
俺を先頭にぞろぞろと月にうさぎに入っていくと「おお、今日はみんなお揃いで」と出迎えてくれた。
「紹介するよ、俺の母さん」
「初めまして、ミアです。カイトがお世話になっています」
驚いた表情をしたデニスは、母さんに挨拶を返した後「よかったな、カイト」と言ってくれた。
そう言えば俺の話はどこまで伝わっているのだろう。
デニス夫妻も、モルガン一家もヒューゴ夫妻も。
まあ、アーノルドと国王陛下とビクターさんの情報網だ。
ほぼ全部知ってたんだろうな。
「デニス!今日は俺のおごりだから。つまみや料理をじゃんじゃん作ってみんなのテーブルに出してくれる?」
母親の前だからって見栄張んなよー、とヒューゴ達にからかわれるが、見栄もなにも、このくらいでは俺の財布はびくともしないぜ!
コリンバースや王都で買った、とっておきのワインも提供し、俺は十数年ぶりに再会した母と、気の置けない仲間たちとの時間を楽しんだ。
途中、ビクターさんが遅れて合流し、「ミアさんに会えてよかったですね」と俺以上に泣いていたのにはちょっと引いたが。
ちなみに陛下は、ものすごく来たがっていたそうだが、外国からの来賓があり泣く泣くあきらめたそうだ。
「陛下って……?」
母さんが首をかしげているが、知らなくていいから!
母さんの滞在中は何とか遭遇せずにかわしたいものだ。
酒が回ってくるころには、俺はもう歯止めが利かなくなっていた。
学校から帰ってきた子供が母親にまとわりついて離れないように、俺は母さんの隣を誰にも譲らず、ひたすらしゃべり続けた。
リンとの出会い。
メイダロンでお世話になったたくさんの人たちとそのやさしさ。
アルバートやその家族。キマイラやワイバーンのこと。
サナとユナ。ザイオンの仲間たち。
俺の話にはリンと出会う前の12年間が欠落している。
母さんもそれに気づいているのだろうが、それには触れずにただただ俺の話を聞いてくれた。
「母さんは?母さんはどうしていたの?」
「私?私はね、カイトに会いたくて、会いたくて。それは今日まで叶わなかったけど、いいの、今日その願いが叶ったから。それに、今の夫と娘たちと、幸せに過ごしているわ」
母さんが今の家族の話をするとき、俺はもっと傷つくと思っていた。
だけど全然違ったよ。
何だろう、この感覚。
母さんにとって今の家族はとても大切で、でもそれと同じくらい俺のことも大好きで。
俺にとっても母さんはすっごく大事で、だけどリンのことも同じほど大切で、サナとユナも負けないくらいかわいいんだよな。
なーんだ、簡単なことだったんだ。
家族への愛情に一番も二番もなかったんだよ。
みんな大事で、みんな大好き。それでいい。




