レーヴェンス領の母
旦那様のお母様に会いに行かれませんか?
普段どんなに仲良く過ごしていようとも、サナとユナの立場で俺に進言するのはとても勇気のいることだ。
どれほどの思いで俺にそう言ってくれたのだろう。
母さんにいつか会いに行こう。いつかそのうち。まあ、また今度。
そう先延ばししていた気持ちが変化し始めたのは、サナとユナに会ってからだ。
サナとユナ、そしてヨヒトの根幹をなしているのは常に「家族への想い」だ。
俺だって、リンとサナ、ユナへの想いは負けていない!と言いたいところだが、たぶん足元にも及ばない。
俺は彼らのために5年間とはいえ奴隷生活をすることは無理だろう。
結局は自分が一番大事だ。
リンがそばにいて、俺が奴隷になることはあり得ないけどな!
記憶の向こうにいる母さんはどうだろう?
俺のためなら、きっとどんなことでもしてくれる、そんな気がする。
家族ってすごいな。
そんなことを考え始めていたところだった。
そうだな。会いに行こうかな。
俺もそう思っていたところなんだよ。ホントだぞ!
「ご主人をなくされて、一人息子をさらわれて。旦那様のお母様の気持ちを考えると胸がぎゅーっと苦しくなるんです」
サナが自分のことのようにつらそうに話す。
「今のご家族に遠慮する気持ちも分かりますけど。一目会うだけで、どれだけお母様がお幸せになるか」
ユナが俺の背中を押す。
ここ数日、王都生活を楽しみながら俺は俺の過去を、サナとユナは自分の家族のことをお互いに話すことが多かった。
俺の話を聞き、サナとユナはその先にいる母のことも思いやってくれたのだ。
よし、行くか!
「一緒に行ってくれる?」
思わず情けない言葉が漏れた。
俺の弱音にサナとユナが声をあげて笑った。
「旦那様、しっかりしてください!」
「リン様がいるじゃありませんか!」
サナユナと一緒だと馬車移動になるから、レーヴェンス領まで1週間かかる。
リンの足なら、駆ければ1日だ。
分かってるよ、分かってるけどさ。
「私たちはここでお待ちしていますから」
「お早いお帰りをお待ちしています」
そっか。待っていてくれるのか。それもなんかいいな。
よーし、じゃあリンと二人で行ってこよう!
「リン!レーヴェンス領っていうところに行きたいんだ。ちょっと長い距離を走ってもらうことになるけど。俺の母さんのいるところだよ」
「カイトのママ?いく、いく!」
レーヴェンス領セルゲッカ。初めての街。
いや、6歳まで過ごしたダダン村はレーヴェンス領だ。
その領都であるセルゲッカには幼いころに行ったことがあるのかも。
記憶にないけど。
俺が心を決めたことで、サナとユナも明るい顔になった。
「お土産をいっぱいお持ちしましょうね。お手伝いします」
「お母様と、今の御主人と妹さんお二人ですよね?妹さんは何歳ですか?」
妹の年齢……、知らないけど。
「もぉ、旦那様ってば」
だって会ったこともないし。
この世界の今の時代、連絡網もほとんどないんだよ!
「モルガン!アイノラ!」
母さんたちへの土産を買いに行く前に、ポラリスのカウンターに声をかけた。
「お、出かけるのか。いってらっしゃい」
奥から顔を出すモルガン。
「うん、ちょっと買い物。明日からリンと二人でレーヴェンス領の母に会いに行こうと思うんだ。サナとユナが留守番してくれるからよろしく」
「え!?」
モルガンが驚いた顔をする。
「明日から?急すぎないか?」
あれ?
モルガンもアイノラも、俺のことを心配してくれていた。
うるさいくは言わないが、いつかはお母さんに会いに行ってやりなよ、そう言ってくれていたのに。
なんだろ?この反応。
「特に予定もないし。思い立ったら吉日っていうしさ」
そうか、いやでもそんなに急がなくても……。
モルガンの歯切れが悪い。
なんかあったっけ?
「とりあえず母たちへの土産を買いに行ってくるね」
モルガンの微妙な反応に首をひねりつつ、リン、サナ、ユナと一緒に買い物へ。
「化粧水や香りのついた石鹸はいかがでしょう?」
「柔らかいタオルもいいですよね。私たちも毎日使わせていただいていますけど、使うたびに幸せな気持ちになります」
初めは洋品店を見ていたが、身長も年齢も分からない母とその家族。
洋服はあっさりとあきらめて、ビクターさんの店に来ていた。
張り切って選んでいるサナとユナに買い物を丸投げし、ボケっとつっ立っている俺のところにビクターさんが走ってきた。
「カイトさん!」
「レーヴェンス領に行かれると聞きました!」
あれ?なんか焦ってる?
レーヴェンス領へは普通の人なら馬車で片道1週間。なかなかの長旅だが、俺とリンなら数日留守にするだけだ。大騒ぎするようなことではない。
「カイトさん、えっとですね、あのですね……、あ!そうだ!新しく出すバルのお店の工事が始まるんですよ。カイトさんには立ち会っていただきたく」
あ!そうだ!って……。怪しすぎるし。
思わずジト目でビクターさんを見てしまう俺。
まさかまたサプライズパーティーでも用意している?
もうパーティーをする理由もないんだけどな。
「なんかあるんですか?ビクターさん」
いや、その、あの……。
ビクターさんも歯切れが悪いなぁ。みんな揃ってなんなんだろう?
「えぇぇっと。とりあえずあと3日ほど、王都にいていただけませんか?」
なんだそれ、謎すぎる。
商品を選んでいたサナユナと目が合い、お互いに首をかしげた。
でもまあ、明日出立しなきゃいけない理由もないしな。
「はぁぁぁ、なんかよくわかりませんが、わかりました」
出立が2、3日延びたところでやることはそうそう変わらない。
お土産を買い足したり、庭で七輪を使ったプチバーベキューをしたり。
時間ができた分、のんびり過ごした。
「なあ、今日で3日目なんだけど、明日出立してもいいと思う?」
庭でエイミィの相手をしているサナとユナに声をかける。
サナとユナは顔を見合わせた後、困った顔をした。
「私たちには何とも……」
だよな。分かってるけどさ、独り言の延長だよ。
「ユーたん、みてみて、ありしゃん」
ユーたんと呼ばれたユナがエイミィと一緒にしゃがみ込む。
「ホントね、アリさんだね」
「サーたんも。みてみて~、ありしゃん」
エイミィよ、どんだけアリさん好きなのか。と思ったら、アリさんをブチッ。
OMG!
3歳児ってかわいくて残酷だなぁ。
「エイミィ、今日はパパもばあばも仕事忙しいから、俺たちと一緒に晩ご飯食べに行こうか」
「ごはん~」
エイミィが手を伸ばし、サナが抱き上げる。
「ごはん~」
リンも小さくなって俺の胸に飛び込んできた。エイミィに対抗か?
「ばんごはんは、なにかなー?」
俺の胸でリンがワクワクと話している。
「うーんとねぇ、おしゃかなしゃん」
「えー、ボク、おにく~」
ちゃんと話がかみ合うリンとエイミィ。癒される。
ワイワイと話しながら月のうさぎへ向かう俺たち。
ポラリスの宿を出ようとして、カウンターの前で俺の足はくぎ付けになった。
嘘だろ?
どうして彼女がここに……?




