荷馬車に乗って
ローガンス商会の馬車には、見習いのエリックと番頭さんが乗っており、ヒューゴが番頭さんに話をつけてくれた。
その間に俺は、皆に冷たい水をふるまう。
「気持ちいい」
よく冷えた山の水を一口含み、サナがそっと息を吐いた。
「冷たくておいしいです!」
「フィリオーネの雪解け水に負けないうまさです」
ユナとヨヒトも目を細めている。
「ボクとカイトがくんできたんだよー」
リンも夢中で水を飲んでいる。
さっきは大活躍だったもんな、リン。お疲れ様。
「俺たちはこの先の街で一泊して、明日、夜明けとともにまた出発するんだ。氷が溶けるからな。その街までなら乗って行っていいってさ。荷馬車だけど歩きよりマシだ」
荷馬車には、御者の隣に一人と荷台の後ろに3人並んで座れるスペースがある。
1台目の御者席の隣にヒューゴが、後ろにエリックとヨヒト、ユナが座る。
2台目の御者席の隣には番頭さんが座り、後ろにスーザンと俺で挟むようにサナを座らせた。
「ボク、ばしゃにのるの、はじめて!」
馬車の周りではしゃいでくるくる回るリン。
言われてみれば俺も初めてかもしれない。
「リン様が馬車に乗るのは無理じゃないかしら?」
ユナが首をかしげる。
リン様……、その呼び方を定着させていいのかな?
するとリンはいつものように跳びあがり、小さくなって俺の胸にダイブした。
「まあ!小さくなれるんですね。かわいい~」
ユナの顔がぱぁぁっと明るくなった。
助けてもらった相手とは言え、今日会ったばかりの男のもとで暮らすのだ。
そりゃぁ、不安も多いだろう。
リンの存在が少しでも彼女たちの不安を和らげてくれるといいな。
サナも小さなリンの頭をそっとなでる。
「リン様のお世話も精いっぱいさせていただきますね」
「血だらけで気持ち悪いかもしれないけど少し我慢してね。宿に着いたらきれいなお湯をもらって着替えましょう」
スーザンがサナをいたわりながら、馬車は出発した。
整備された街道とはいえ、ガタゴトと揺れる馬車。
「サナ、大丈夫?」
安静の基準が分からないが、この揺れはあまりよくない気がする。
「大丈夫です。こんなに良くしていただいて申し訳ないくらいです」
彼女たちの「大丈夫」は信じないようにしよう。
今までもきっと家族に心配かけないよう、「大丈夫」と言い続けていたんじゃないだろうか。無理をする癖がついているように思える。
「俺の膝の上に横になる?」
骨と皮だけだった俺も、この2か月ほどで多少は肉付きがよくなっている。
馬車の揺れをダイレクトに受けるよりはましだろう。
「そんな、申し訳ありません」
固辞するサナの肩をスーザンがそっとなでた。
「こういう時は甘えるのも仕事のうちよ」
スーザン、ナイスフォロー!
「そうなんですか……?じゃあ、少しだけ」
俺は以前フィリオーネ領で買ったフォックスのコートを膝の上に置く。
「そんな高価なコート、汚してしまいます」
サナが焦るが「大丈夫、ユナが洗濯してくれるよ」と笑った。
そう言われてサナも少し笑い、おずおずと体を倒しておれの膝の上に頭を乗せる。
うぉぉ、なんか緊張するな。
俺と同じく緊張で体が固まっていたサナも、ゴトゴトという馬車の揺れに合わせて少しずつ肩の力が抜けていく。
やがてすぅーっという寝息が聞こえてきた。
「ワイバーンにさらわれかけて、大きな怪我もして。疲れたんでしょう」
スーザンがサナをさすりながらそっといたわってくれた。
ひもで結んでいた髪はこの騒動でほどけ、顔に長い髪がかかっている。
その髪を後ろにながしてやり、俺はサナの寝顔を見つめた。
「ねちゃったねー」
ポケットから身を乗り出したリンもサナを気にかけているようだ。
「街に着くまで少しの間、寝かせてやろう」
出会ったばかりの姉妹と一緒に暮らす。
性奴隷として、嫁として。
そのうちの一人が今俺の膝の上で眠っている。
俺の胸はふわふわとして、少しドキドキしていた。
「楽しい毎日にしような、リン」
「うん!」
「カイトさんと出会ったことがどれほど幸運なことなのか、この子たちは本当の意味ではまだ気づいていないのかもしれないわねー」
スーザンがしみじみとつぶやいた。
確かに俺たちが来なければ、サナはあのままワイバーンに連れ去られていたと思うが、これからの彼女たちの生活が幸せかどうかは……、俺次第か?がんばれ、俺!
ほどなくして馬車は目的の街に着いた。
ビルケッシュ領とザイオンのちょうど中間に位置するここは、コリンバースと同じ規模の大きな街で、多くの旅人でにぎわっている。
荷馬車が止められる広めの宿を見つけ、サナを支えながらゆっくりと歩く。
サナとユナにはツインを1部屋、俺とヨヒトはシングルを1部屋ずつ。
「私は外で……」
ヨヒトが固辞するが、隣で野宿されるのは落ち着かないから!
「サナをしばらく休ませたいから、俺たちはここに3泊ほどしようと思うけど、ヨヒトはどうする?」
「サナとユナのことをお願いできるなら、私は明日にでもフィリオーネ領に戻ろうと思います。身重の妻と病気の母が心配なので」
宿は普通の旅人が利用するタイプで、簡素だが清潔で落ち着く部屋だった。
「私、宿に泊まるのは初めてです」
ユナが部屋をキョロキョロと見まわしている。
心なしか、わくわくしているようだ。
すぐにスーザンがお湯を持って部屋に入ってきた。
「体をふきましょうね」
「着替えは一組しかないんですけど」
そう言ってユナがボロボロのカバンから麻の服を一組取り出す。
いや、そのゴワゴワの生地で寝るのは厳しいよ。
俺はタオルとバスタオルをスーザンに渡して、サナの世話をお願いする。
王都でタオル類を買い足しておいてよかった。
「ユナ、サナの着替えを急いで買ってこよう。出かけられる?」
「はい、お供します!」
ヨヒトも連れて部屋を飛び出し、宿のすぐ近くにある洋品店に駆け込んだ。
女性ものの服を買うのって、なんか照れるな。
古着を置いていない洋品店だったからか、店に入ったとたんユナは固まってしまった。
「ユナ、選んで」
「新品の服を買っていただくなんて……」
あ、だめだ、これ。
こういう時は店員さんに丸投げするに限る。
「彼女ともう一人、2名分の夜着2着ずつ。動きやすいブラウスとスカートも2着ずつ選んでいただけますか?下着と靴も」
俺のリクエストを受け、手早く商品を並べてくれる店員。
「私の分まで、そんな……」
青い顔でおろおろするだけのユナ。選べる状況ではないようだ。
店員が選んでくれたのはすべて柔らかい綿素材の洋服。
ワンピースタイプの夜着、半そでのブラウスと動きやすいスカート、下着と靴。
靴以外は一人2セットずつ4セット、靴は一足ずつ。
おお、この世界の女性の下着はこんな感じか。
元養母の洗濯をさせられていたのでまあ知ってはいたが、若い女性向けでもセクシーとはいいがたいデザインなんだな。当たり前か。
「今日のところはこんな感じで。ザイオンに着いたらゆっくり買い物をして二人の好きな服を選ぼう」
「とんでもないです。この服だけで3年は着られます」
ユナ、それはヘビロテすぎだぞ。
洋服は一着40~50ギル、下着は15ギルほど、靴が55ギル。
合わせて860ギルを支払うと、ユナが倒れそうになっている。
「860ギルって……、私たちの服だけで860ギルって……」
ケーキだけでそのくらいの金額をポンっと払っていると知ったら、彼女は本気で倒れるかもしれない。気を付けよう。
いや、一緒に暮らす以上、慣れてもらうしかないか。
「ユナ、これを持って先にサナのところに戻ってくれる?俺はヨヒトとちょっとお金の清算をしてくるから」
「わかりました!お金のことも、本当にありがとうございます!」
古布に包んでもらった服を大切に抱えて、ユナはパタパタと走って戻っていった。
さて、男同士の話をしようじゃないか。




