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底辺から掴み取る、自由でおいしい毎日  作者: KAY
第一章 メイダロン編
27/78

北の山脈

俺たちがメイダロンを出る日が決まった。

6日後。いや、日付が変わったから5日後か


忙しいな。やりたいことが山ほどある。

今日はまず、北を目指そう。


アーノルドの側近、キリアムさんから聞いた話では、北の山脈には人工で氷を作り一年を通して供給する氷室と、山奥にある天然の氷があるらしい。

俺たちが目指すのはもちろん天然氷だ。


これから本格的な夏を迎えるこの時期に、ここより南の王都へ行こうというのだ。

王都は南国ではなく、四季がある地域だが、夏はやはり暑いらしい。

氷があったらそこでの生活はより快適になるだろう。


ここからならさほど遠くない(とはいえ100km以上離れているけどな!)北の山脈は、王都ザイオンからだと500km以上の距離だ。氷を手に入れるなら今のうちだよな。


「リン、今日はちょっと遠くまで行きたいけどいい?」

いんげんと人参のベーコン巻きを食べながら俺はリンに聞いてみた。


「いいよー」

玉ねぎのミルクスープに顔を突っ込んでいたリンが顔を上げる。


「どこへ行くの?」

ヨークに聞かれて「ちょっと北の山脈まで」と答える俺。

「相変わらず、カイトの「ちょっと」っておかしい距離だよな」

クリストフにツッコまれる。


「北の山脈かぁ。俺らも行ったことないな」

え?そうなの?豊かな狩場がありそうだけど。


「北の地域は寒さも厳しいから、貧しい地域が多いんだよ」

「貧しいから魔獣もあまり売れないって聞いたことある」

「北の若者は、王都や他の領へ借金奴隷として出稼ぎに来てることが多いよな」

この国には貧しい生活を強いられている人がまだ多くいるようだ。きびしいな。


朝食を食べ終えると、リンと連れ立って宿を出た。

「暗くなる前に帰ってきます」

「気をつけて行ってこいよー」

「いってきまーす」


リンの背に乗り、北を目指す。

はっきりとした目的地は分かっていない。

適当に北に向かって、見つかるものなのかな?

リンの勘は頼りになるのだろうか。


北上するにつれ、少しずつ景色が変化していった。

麦畑の代わりにジャガイモの畑が増え、民家も古く、街道もあまり整備されていない。


途中で3つほどの町を通過したが、ガルレイよりも活気がないように見えた。

やはり北は貧しい地域が多そうだ。


1時間以上走った頃、遠くに白い山脈が見えてきた。

あそこだな。まだまだ遠いぞ。


この辺りでもすでにビルケッシュ領より涼しい。

きれいな湖に差し掛かったところで少し休憩。


七輪に鍋をかけ、牛乳を沸かす。

今日は今までで一番長い距離を走ることになる。

はちみつ入り牛乳とクッキーで、リンに糖分補給をさせよう。


俺も手ごろな石に腰掛け、カップを片手に湖を見つめた。

水面にきらきらと光が反射し、遠くに真っ白な山々が連なっている。

ポストカードになりそうな美しい景色だ。


「リン、あの白い山の方へ行くよ。氷がいっぱいあるといいんだけど」

「こおり?しってる~。つめたいおみずだよね。うーん、こっからだとわかんないや。ちかくにいったらわかるよ!」


おお!リンのレーダーは氷にも反応するらしい。

心強いな。


休憩後、再びリンにまたがり北の山脈を目指して走り出す。

白い山並みが少しずつ近づいてくるのを見ながら1時間近く走ると、大きな街に出た。


地図が正しければ、ここはフィリオーネ領の領都パララクルだ。

街の中心に白い教会があり、山側の高台に重厚感のある城が街を見下ろすように建っている。しかし、教会と城以外の建物は簡素な石造りで、そしてどことなく寂しい。

領の産業は少なく、若者たちが出稼ぎに出てしまっているからだろう。


街のメインストリートらしき通りを走ってみる。

人出はあるにはあるが、コリンバースより少ない。


屋台も出ている。でも一か所に固まっておらず、点在していた。

屋台が一か所に集まっているだけでも活気がでるんだけどなー。


一軒の屋台で串焼きを購入。

「何の肉ですか?」

「熊肉だよ」

おお!初の熊肉だ。


さっそく一口ほおばる。

塩だけで味付けされたそれは、野性味があり、ちょっと……臭みがあった。

うーん、これ、味噌を入れた鍋とか絶対合うのに!残念。

リンは黙って食べている。リンの沈黙って、なんか意味深……。


その先に洋品店を見つけて入ってみる。

北の山脈へ行くのに防寒具が欲しかったが、初夏のこの時期、ビルケッシュでは冬物は売っていなかったのだ。


「いらっしゃい」

40代くらいの女性店員に迎えられる。

やはり店内は夏物が主流のようだ。


「手袋と厚めのコートがあれば欲しいんですが」

あら、この時期に?女性はそうつぶやいたが、それ以上詮索はせず、店の奥から数点の防寒具を持ってきてくれた。


手袋はマッドブルの皮を使った厚手のものと、羊の皮を使った薄手の柔らかいもの。どちらも70ギル。雪山で一晩過ごすわけではないので柔らかい方がいいよな。


コートは同じくマッドブルの皮を使ったレザーと、フォックスの毛皮の2種。

さすがに以前リンが狩ったスノウラビットは置いていないようだ。

フォックスの毛皮は一着5千ギル。まあ、一枚持っておいて困ることはないだろう。

いつか本格的に寒い地域へ行くことがあったら、またスノウラビットを狩ってコートにしてもらうのもありかな。


「お買い上げいただき、ありがとうございます!」

この時期に高価な毛皮が売れるとは思っていなかったのか、店員に何度も礼を言われ、店の外まで見送られながら俺とリンは山へと向かった。


近い将来、この街と深いかかわりができるのだが、この時の俺はまだ知らない。


街道はパララクルが終点のようで、山の中は細い道があるだけ。それでもふもとに近い場所には人工の氷室があるのか、荷車が通れる程度の道ができていた。

そこを通り過ぎるとその先は獣道だ。


道なき道をリンはものともせず、楽しそうに木々の間をすり抜けていく。

ぐんぐんと登っていき、森林限界を超えたところで急に視界が開けた。

緑の低木の向こうに見えるのは、陽の光に反射してきらきらと輝く真っ白な世界。


きれいだ……。


「あっちにこおり、あるよー!」

だろうねぇ。「視る」特殊な力を持っていない俺でも分かるよ。


目的地が見えてさらに勢いづいたリンは、一気に低木のエリアを駆け抜ける。

やがて緑がなくなり、岩場を通り過ぎると、突然白銀の世界が開けた。


大氷河。

すごい迫力で氷の河が迫ってくる。


温暖化が進む前世では氷河の氷はどんどん減少していた。

しかしこの世界、まだその心配はないように見える。

遠くまで続く氷の世界。

多少切り取ったところで影響は全くなさそうだ。


さむっ!

俺は慌てて買ったばかりのコートを着て、手袋をつける。


そうして氷の切り出しに取りかかった。

長い年月をかけて生成された氷は、透明度抜群だ。

ナイフを取り出し、表面を少し削る。

それから幅1m、奥行き50cm、高さ50cmの氷の塊をいくつも切り出していく。


2時間ほどかけて、50個ほどの塊を切り出した。

時間はかかったが、魔力がなければ不可能な量だ。魔力、ばんざい!


運んでいるうちに半分に減ることもない、置いておくうちに溶けることもない。

俺の収納は、本当に最強の氷室だな。

これだけあれば今年の夏どころか来年の夏まで楽しめそうだ。


「リン、昼メシにするか?」

さっきの屋台肉は残念ながら、2本目を食べる気にはなれなかった。

リンも腹が減っただろう。

寒いこの場所では、温かいスープと焼きたてパンがうれしい。


長い距離を走ったリンと、たくさんの氷を切り出した俺は、スープとパンを夢中で食べ、ゼットンさんのスープはほぼなくなってしまったよ。


行く先々でおいしいものに出会えればいい、そう思っていたが、パララクルの街を見て少し不安になった俺。ゼットンさんの料理もたくさん収納してから旅立ちたいな。


「おかしもたべる?」

リンが期待の目で俺を見る。

「さっきの湖まで戻って休憩にしないか?菓子もそこで食べよう」

「おっけー!」


そう言って立ち上がった時、少し離れた場所に何者かがいることに気づいた。

真っ白でふさふさの生き物が、氷河に紛れて二足歩行で立っているのだ。


うわぁぁぁ!

あれって、イエティか?やばいやつか?

目がクリっとしていてかわいいが、2m以上の巨体だ。

近づいてきたら怖いぞ。どうする?


構えながら隣のリンを見ると、突撃に入る様子もなくのんびりしている。

えーっと、攻撃対象じゃないということなのかな?

じゃあ、刺激しないうちにここを離れよう。


「リン、帰ろうか」

「うん、かえる。じゃぁねー、イエティのおじさん、またねー!」

リンがそう声をかけると、イエティはゴォォォッと声を上げて手を振ってきた。


えー?そういう関係?

「イエティと知り合いなの?」

リンに尋ねると「はじめてあったよー」との返事。

謎だな。リンの基準がいろいろ謎だ。


理解しようとする方が無駄なのかもしれない。

とにかくイエティが攻撃的じゃなくてよかった。

あんなかわいい目をした生き物を切りつけるとか、俺には無理そうだ。


あの子はこの山の守護神なのかもしれないな。



帰りはパララクルの街には立ち寄らず、まっすぐ湖へと向かう。

街道にそって広がるこの絶景スポットは、他の旅人も休憩を取るエリアのようだ。

大きな馬車を2台連ねた商隊が休んでいた。


俺は少し離れた場所に腰掛け、七輪でお湯を沸かし、紅茶を濃い目に入れる。

牛乳と砂糖を混ぜた後、切り出したばかりの氷を入れ、リンに出した。

「あまい!つめたい!おいしい!」

リンが嬉しそうにアイスティーに顔を突っ込んでいる。


俺の分は牛乳も砂糖も入れないものを、切子のグラスに入れてみる。

カランという音が心地よく響く。

涼しいこの場所でも、この冷たさは気持ちいい。


「氷入りのお茶ですか。すごいですね」

商人とおぼしき初老の男性が話しかけてきた。


「あ、どうも。こんにちは」「こんにちは~」

俺に続いて、リンも挨拶する。


大きい姿でくつろいでいたリンがフェンリルだと最初から分かっていたのか、リンがしゃべっても男性は驚く様子もない。

「こんにちは。突然すみませんね。私はローガンス商会の商会長をしていますビクターと申します」


「初めまして。俺はビルケッシュ領で冒険者をしてるカイトです。こちらはリンです」

「リンだよー」


細身で生真面目そうなビクターさんの顔が一瞬でデレた。

「カイトさんにリンさんですね。こちらこそ初めまして」

ちっちゃな姿のリンじゃなく、大きな姿のリンにデレるとは、見る目あるな。

おっきいリンもかわいいんだよなー、分かってもらえて嬉しいよ!


「それは北の山脈の氷ですか?私たちもフィリオーネ領から王都へ氷を運ぶ商売をしているんですよ」

フィリオーネ領都パララクルから王都ザイオンへは馬車で10日ほど。

さすがにほとんど溶けちゃうんじゃない?


「熱を通しにくい特殊な魔獣の皮に包んで運びます。夜明けから日没まで馬車を走らせれば7日ほどで到着しますよ。それでも溶けて四分の一になってしまいますけどね。王都での氷は特別で贅沢品です」

そう考えると俺の収納は反則レベルだな。


「それじゃぁ、王都の貴族とかに届けているんですか?」

「いえ、おかげさまで私共は王室に納入する氷を扱わせていただいています。氷以外にもいろいろと取り扱っておりますので、カイトさんも王都へお越しの際はぜひローガンス商会へお立ち寄りください」


それって、王室御用達ってこと?

ってことは、ローガンス商会って大きな商会なんじゃないだろうか。

その商会長がわざわざ馬車に乗り込むというのもすごい行動力だな。


「ありがとうございます。近々王都へ行く予定なんです。王都にはビルケッシュ領には売っていないものも多いんですよね?楽しみです」


「そうですね」

大きな商会の会長とは思えない柔らかな物腰でビクターさんが話してくれた。

「王都には国中のものが集まるだけでなく、異国との貿易も盛んで、たくさんのものが溢れています。食べ物も、海の幸と山の幸に恵まれていますので、きっとご満足いただけると思いますよ」


海の幸と山の幸、とな?いやぁ、いい響きだ。

「おいしいもの?」

俺たちの会話に、リンが興味を示した。


「そうだよ、リン。水鳥の買い取りが終わったらザイオンっていう大きな街へ行くよ。そこにはおいしいものがいっぱいあるんだって」


「おいしいものがいっぱい!あれ?でもゼットンさんはいない?」

そう言って、リンが複雑そうな顔になる。そういう顔もできるんだ。


「ゼットンさんの料理とジョージさんのパンは収納にたくさん入れていこう。新しいおいしいものにも出会えて、魔法使いの料理とパンも食べられて、きっと毎日がおいしくて楽しいぞ」


「まいにち、おいしくてたのしい!」

嬉しそうにリンが跳ね、小さくなってぴょんっと俺の膝に跳び乗った。


突然小さくなったリンに、ビクターさんは目を丸くしたが、次の瞬間さらにデレた。

孫を見るおじいちゃんのような目で、にこにことちっちゃなリンを見ている。


どうやらリンは、王都にある大店の商会長のハートを鷲掴みにしたようだ。

俺たちの王都生活はこれで安泰か?


それからビクターさんはローガンス商会のメンバーを紹介してくれた。


見習い使用人のエリック。まだあどけなさの残る14歳の若者で、今年から借金奴隷としてビクターさんのもとので働き始めたとか。

「エリックはフィリオーネ領の農村の出身なんですよ」


「へぇ~、それなら運送の時に実家に顔を出せるのか?いいな!」

「そうなんです!ビクターさんの下で働けて本当に僕は幸運です。ただでさえビクターさんにはよくしていただいているのに、時々親に顔を見せられるんですから。フィリオーネ領には働き口があまりなくて、他の領へ借金奴隷として働きに出たら5年間家に帰ることはできないのが普通なのに」


やっぱり顔を見せると親は喜ぶ……、もんだよな。


そして、冒険者をしているというヒューゴさんとスーザンさんの夫婦。50代くらい。

子育ても終わり、息子夫婦に家を任せて王都に出てきて、主にローガンス商会の護衛の仕事をしているそうだ。

「あと何年動けるか分からないからな。今のうちに行きたいところに行っておこうと思ってさ。俺らも普段はザイオンにいるから、ザイオンに来たら声かけてくれよ」


「この二人が護衛についてくれる時が一番安心なんですよ」

というビクターさんの評価。ヒューゴさんとスーザンさんはどうやら強いらしい。


よし、王都に知り合いができた!


俺はこのコネを盤石にすべく、お湯を沸かしてビクターさんたちにアイスティーとケーキをふるまった。馬車の番をしている御者さんへの差し入れも忘れずに。


「冷たいお茶とは気持ちがいいものですね」

「ケーキなんて、俺らザイオンでも食わねぇぞ、いいのか?」

「あんた、王都ではカイトさんのお世話をしないとだねぇ」

「僕、初めて食べました!僕までこんな高価なものをいただいてしまって……」


口々に誉めてくれるが、単に俺の下心だから!


「では王都でお会いしましょう」

「はい、よろしくお願いします」

「ばいばーい、またねー」

そう言って別れ、俺たちはメイダロンへの帰路についた。



「コリンバースで聞いた噂通りの人だったな。あの細さでキマイラを倒すとは」

「そうですね、やさしそうな方です。私が幼いころにかわいがってもらったリョージさんともまた違うタイプです」

「ビクターさん、にやけすぎだろ」

「リンさんのかわいさと言ったら!あの破壊力の前で冷静さを保つのは不可能ですよ。ヒューゴさん、スーザンさん、王都に戻ったら宿を変更していただけませんか?」

「あそこか?」

「はい、あの方も必ずあの宿に行かれるでしょう。ローガンス商会としてまた使徒様とつながりを持てるとは、本当に光栄です」

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