キマイラ祭り
「ここはどこだ?」
目覚めた俺は見慣れない景色に視線を泳がす。
天井まで装飾が施された部屋、猫足のついた家具、分厚いマットレスにふわふわの羽毛布団。ここは天国か?俺は死んだのか?
なんてな。
俺とリンは夕べ、ビルケッシュ城に泊ったんだった。
いやぁ、この部屋こそ異世界空間だよな。
これぞ城って感じ。
こんな装飾たっぷりの部屋はいらないが、分厚いマットレスと羽毛布団はいいな!
いつか俺も買おう。
そういえば収納に大量の水鳥が入ってたんだった。キマイラで一気にかすんだが。
この水鳥で羽毛布団作れるかな?
いや、こういうのはプロに任せよう。
俺は狩りをして素材を売り、それで得た金で製品を買う。
それによって加工する人や仲買の人たちも収益を得る。経済ってそういうものだ。
なんて、起き抜けに難しいことを考えてしまった。
無駄に金がかかってるこの部屋がいけない。
俺が着ているのはメイドが用意してくれたシルクの夜着。
めちゃくちゃ似合ってねぇ。
でもさすがに、キマイラと戦ったあとの汚れた服でこの高級ベッドには入るのはためらわれ、おとなしく高級夜着を借りたよ。
ベッドの上でくつろいでいると、ノックをしてメイドが着替えを持ってきてくれた。
よかった、普通の綿のシャツとパンツだ。
「こちらはそのまま着てお帰りくださいとのことです。昨日お召しになられた服は洗濯をしてお届けします」
この服ならありがたい。
城の朝食は、いちごジャムの乗ったパンケーキだった。
「ごはんなのに、あまい!」
直前まで寝ぼけていたリンが一瞬で目覚めた。
これはリンの教育上よくないんじゃないだろうか?
ごはんとお菓子の区別はしっかりつけさせなきゃ。
ジャムでべたべたになりながら夢中で食べるリンを、してやったりな顔で見つめるアーノルド。狙ったな?
カロラインさんもミミリアちゃんもニコニコとリンを見ている。
「リンちゃん、おいしい?パンケーキの朝ごはんはとくべつな日だけなのよ」
自分も口いっぱいパンケーキをほおばりながら、ミミリアちゃんが説明する。
そうなのか?貴族は毎朝こんな朝食なのかと思った。
「毎朝こんな甘いもの食べてたら太るだろう。太った領主は人気がガタ落ちだからな」
確かに、でっぷり太った領主なんて、いかにも悪事を働いていそうだ。
しかし、アーノルドも大変だな。領民からの人気も気にしなきゃいけないとは。
その点、俺は自由だな。
いや、自由とはいえ、リンの背に乗る太った俺……。やべぇ、俺も気を付けよう。
「カイトはさすがにもう少し太れ。いつもどこかで行き倒れているんじゃないかと不安になるぞ」
まあな、底辺生活12年。筋金入りのガリガリだ。
朝食後、俺たちは執務室に移動して、事務処理にあたった。
執務官がキマイラ襲撃の被害報告書の作成をすでに始めている。
「実はカイトとリンに関してはすでに国に報告をあげているんだ。神の使徒と神獣が現れたわけだからな。今回のことも報告しないわけにはいかない。いいよな?」
あまり目立ちたくはないが、すでに目立ってしまった後だ。仕方がない。
何より報奨金のためだ。
商業部門の担当者はキマイラの素材に関する業務をしている。
「キマイラの皮は王族もこぞって欲しがると思われます。あらかじめビルケッシュ領で必要な分は残しておく必要があるかと」
「ああ、そうしてくれ。カイトと私、バードとキリアムのブーツ分を残しておくように」
そう指示を出すアーノルドに俺が焦った。
「おいおい、キマイラのブーツっていくらするんだよ。俺に払えるか?」
何を言っているんだという顔をして、アーノルドが答える。
「カイトから金を取るわけがないだろう。私たちの分はきちんと支払うが、カイトは素材提供者であり、これは報奨の一部だ」
そうか、それならありがたいが、王族が履くようなブーツを俺が履いていいのか?
「高級な服はいらなくてもこれだけはもらっておけ。魔獣の火や毒から足元を守ってくれるぞ。むしろいつも城にいる王族ではなく最前線の騎士にこそ必要なんだけどな」
なるほど。そういうものならもらっておこう。今回も俺の靴は簡単に焼けたからな。
別の場所ではアーノルド個人の秘書官が、俺の書いた設計図を写している。
「複製を2部作成し、原本は金庫に保管します。口の堅い鍛冶屋に急ぎ試作品の製作を依頼する予定です」
いや、金庫に保管って……。単なる紙切れよ?
「何を言っている。この技術は何百枚の金貨よりも価値があるものだぞ」
そうっすか。もう何も言いませんよ。ご自由にどうぞ。
続いてキリアムさんが素材の買い取り代金を持って来た。
47万8千ギル(4780万円)。
白金貨(1万ギル=100万円)40枚と金貨(千ギル=10万円)78枚。
初めて見たよ、白金貨。
それがいきなり40枚。金銭感覚崩壊するぞ。
あわせて銀行カードも作ってくれた。
血を1滴たらして登録完了。
「報奨金が出ましたら、こちらに入金させていただきます」
やばい。底辺からセレブへ一直線だ。這い上がるにもほどがある。
一回落ち着こう、俺。舞い上がってしまいそうだ。
窓を開けて外の空気を胸いっぱい吸い込む。
2階の執務室から庭を見ると、リンの背中にミミリアちゃんが乗り、大はしゃぎしている。
「ミミリア!リンちゃん!気を付けてね!落ちないでね!」
冷や冷やしたカロラインさんの声が飛ぶ。
「だいじょーぶだよ、おとさないよ!」
「リンちゃん、たっかーい!はやーい!」
きゃっきゃとはしゃぐリンとミミリアちゃんの声が執務室まで届き、あわただしい室内の空気が和んだ。
城はいらないけど、リンが思う存分走り回れるような広い庭がある家はいいな。
また一つ、夢ができた。
だったら収納している魔獣も買い取りに出すか。
「アーノルド、俺の役目は終わりなら先に市場に行きたいんだけど。買い取りに出したい魔獣がまだたくさんあってさ」
「ああ、構わないが、たくさんってどのくらいあるんだ?」
えーっと……。
「ビッグボアが5頭とイーストダックが大量に……」
「大量とは具体的に何羽でしょうか?」
キリアムさんの目がキラリと光った。
「羽毛だけ残しているのが46羽分と、丸々残っているのが2825羽……」
あり得ないだろう……、アーノルドがつぶやき、キリアムさんがこめかみを抑えた。
「コリンバースの人口でしたらダック肉の需要は高いですが、羽毛の処理が追いつきませんね。貴重な羽毛ですから、千羽ほどずつ3回に分けて買い取りに出すのがいいでしょう。私も市場に同行します」
お手数をおかけしますと恐縮する俺に
「イーストダックの羽毛は希少品で、高額で取引されますからね。領としてもいい収入になります。むしろありがたいですよ」
と言い切るキリアムさん。行政だけでなく商業部門も取り仕切る彼ならではの発言だ。
庭に降り、遊んでいるリンに声をかける。
「リン!俺たちは一足先に市場に行って買い取りするけどリンも一緒に行くか?」
「いくー!」
一目散に俺のところへ走ってきて、すっと小さくなりポケットに入るリン。
慌ててミミリアちゃんが追いかけてきた。
「ミミリアも行くー!」
それをカロラインさんが遮った。
「ミミリアはお勉強の時間でしょ?」
えー!おべんきょう?!
カロラインさんの言葉に半べそになるミミリアちゃん。
「おべんきょうは明日でもできるけど、リンちゃんとは今日しかあそべないもん」
「お勉強しない子は屋台に連れて行ってもらえないわよ?リンちゃんといっしょに屋台に行きたいでしょ?」
たぶんカロラインさんの本心は別にあるのだろう。
ミミリアちゃんを先に連れて行くとなると、警備体制を強化する必要がある。
ミミリアちゃんにはアーノルドたちと一緒に来てもらうのが安心確実なのだ。
領主の一人娘というのもなかなか大変だ。
「屋台行く。おべんきょうする」
唇を噛んでじっと涙をこらえるミミリアちゃんが、健気でかわいい。
だからと言って、そっちの世界に足を踏み入れるつもりは毛頭ないけどな!
城を出て、キリアムさんと一緒に市場へ行くと、窓口にギャスパーさんがいた。
「おお、カイト、聞いたぞ!この街を救ってくれたんだってな!ありがとな!」
街を救ったなんて大げさすぎる。こういう時はどう返すのが正解?
助けを求めてキリアムさんを見ると
「堂々としていればいいんですよ。カイト殿にこの街が救われたのは事実ですから」
……、アドバイスを求める相手を間違えたようだ。
「と、とりあえず、買い取りをお願いします!」
俺がそういうと、俺に代わってキリアムさんが正確に買い取り内容を説明してくれる。
「それはすごいな。南地区と北地区の市場に解体要員の応援を頼もう!」
ギャスパーさんが見習いらしき若者二人に話しかけ、その二人が飛び出していった。
「じゃあ、奥の解体場に出してもらえるか?」
まずビッグボア5頭を出す。
続いて46羽分の羽毛。
その次に825羽のイーストダックを出す。これはもう山積み状態だ。
「さすがに数を数えるだけで一仕事だ。買い取り代金は明日口座に送金でいいか?」
もちろんだ。ありがたい。
「ビッグボアは1頭1000ギル、イーストダックは130ギル、羽毛だけは100ギル。数に間違いがなければ116850ギル送金させてもらう」
あっさりと1千万円超えてしまった。
残りの2千羽は千羽ずつ3日後と6日後に持ってくることになり、キリアムさんが素材の取り扱いに関していくつか指示を出すと、膨大な量にもかかわらず買い取りはあっさりと終了した。
「やたい、いく?」
リンが期待に満ちた目で俺を見上げる。
「ミミリアちゃんやアーノルドを待ってあげようよ、今、勉強頑張ってると思うよ」
「いいよー」
うちの子はやさしいな!
「それまでちょっと買い物したいんだけど、リンおとなしくできる?」
「うん!」
お金はただ貯めておくだけなのはよくない。
この領の経済のためにもできる限り使った方がいいのだ。
「同行させていただいても?」
キリアムさんに声をかけられる。
「もちろんです。大したものは買いませんが……」
アーノルドにワインを差し入れしてもらっておいしかったし楽しかったから、酒やグラスを買いたい、そう伝えるとキリアムさんが案内してくれた。
庶民街ではなく石畳の方の高級店街だ。お、おおぅ。大丈夫か?
案内された酒屋は、酒屋と呼ぶのは失礼にあたりそうなおしゃれな店構え。
高級そうなワインやウィスキーがずらりと並んでいる。
値段はピンキリだ。
どのボトルも瓶代が30ギルかかり、返却すると戻ってくるシステムらしい。
ワインは赤白共に1本30ギルから1000ギルくらいまで幅広い。
うーん、どれを選んでいいか分からん。
「冒険者仲間と飲むか、一人で飲むかなんであまり肩ひじ張らないほうがいいです」
俺のリクエストにそってキリアムさんが選んでくれる。店員さんじゃないんだ、選ぶの。
1つの木箱に9本入るため、1本70ギルの白ワイン9本、50ギルの普段用赤ワイン9本、130ギルのちょっと高級赤ワイン9本をチョイスしてくれた。
それとウィスキー。
昨日城で出してもらって初めて飲んだが、フルーティーで飲みやすかった。
これはケチらずいいヤツを買った方がよいだろう。
キリアムさんも同意見で、異なる銘柄のシングルモルトの12年物 (200ギル) 2種と18年物(250ギル)を選んでくれた。
忘れるところだった。コルク抜き(100ギル)も購入。
すべて合わせて、瓶代が加わり3,900ギル。
飲み終わったら瓶はきっちり返却しよう、そうしよう。
そういえば、夕べのウィスキーには氷が入っていたけど、どうやって作っているんだろう?不思議に思って尋ねると、キリアムさんが教えてくれた。
「城の地下に氷室があり、週に一度北の山脈から氷を運んできて氷室で保管しています。運んでくる間に氷は半分になり、氷室でも十日と持たないので、とても贅沢な品なんですよ」
そうかー、そんな贅沢な氷とは気づかずに普通に飲んじゃったよ。
「カイト殿の収納はある意味最強の氷室。一度北の山脈へ氷を取りに行くのもいいかもしれませんね」
それは楽しそうだ!今度ぜひ行こう。
次に食器を扱う店へ案内してもらう。
陶磁器の皿やティーセットも気になるが、今日の目的はグラス。
シンプルなワイングラス(80ギル)を10客と、切子のロックグラス(160ギル)を10客購入。ロックグラスは水を飲むのにも使えそうだ。
ワイングラスはゼットンさんの宿への寄付分としてもう10客購入した。
爆買いしたつもりだが、キマイラの買い取り価格に比べると微々たる金額だ。
お金を流通させるのってなかなか難しいな。
そうこうしているうちに通りがにぎやかになった。
「アーノルド様とご家族様がいらっしゃったようです」
店の外に出ると、騎乗したアーノルドと馬車に乗ったカロラインさん、ミミリアちゃんが通るところだった。
「リンちゃん!」
馬車の窓から顔を出して手を振るミミリアちゃん。
俺たちの前で馬車が止まり、ドアが開いた。
「どうぞお乗りください。一緒に行きましょう」
カロラインさんに声をかけられたが、馬車で屋台街に行くって、違和感が半端ない。
しかも城から屋台街までは1kmもない。
この場所からだと500mくらいではないだろうか?
「リンちゃん、おいで!」満面の笑顔で手を広げるミミリアちゃん。
……ミミリアちゃんの笑顔を曇らせてはいけないな。乗るか。
俺とリンが馬車に乗り込むと、キリアムさんは「私は歩いていきますので」と遠慮した。
そりゃそうだよな、すぐそこだもんな!
そうしてやってきた屋台街。
わぉ!すごい人、人、人……。
ものすごい人で溢れかえっている。
しかし領主ご一行が到着するとその前にぽっかりと空間ができる。
それをさも当然のように颯爽と歩くアーノルドとその家族。
うん、やっぱり生まれながらの貴族だよな。
「さて、何から食べようか?」
悠然と話すアーノルドの声は、心なしか弾んでいるようだ。
やっぱそうだよな、この空間は大人でも、領主でも楽しいよな!
「うーんとねぇ、あ!あれ!」
真っ先に声を上げたのはリン。リンの辞書に遠慮という文字はない。
リンが指したのは定番の串焼き肉。しかし今日はキマイラの串焼きだ。
否があろうはずもない。
リンの言葉を受けて騎士の一人が素早く人数分注文し、支払いをすます。
炭火でこんがりと焼かれた串焼きは表面がパリッと、かつ脂が滴り落ちる。
うまいな!昨日のステーキもうまかったが、串焼きにするとまた違ったうまさだな!
リンの分は串から外し、皿の上にのせて食べさせる。
この人ごみの中で座って食べるのは無理なので、バードさんに皿を持ってもらい、俺がリンを抱いて食べさせる形を取った。
カロラインさんとミミリアちゃんも、立ったまま串にかじりつく。
カロラインさんもなんだか楽しそうだ。だよなー。
ミミリアちゃんは串を直角に口へ入れようとして、お付きのものが慌てていた。
「ミミリア様、こうやって横から!横から口で外すように召し上がってください!」
あはは、あぶなっかしーなぁ。
「おいしーね!クリストフたちにもってかえる?」
リンがご機嫌にしっぽを振る。
「いや、今日のここのお肉は街のみんなのものだよ。俺たちはここで食べる分だけにしておこう。その代わり生のキマイラ肉があるから、それを土産にしよう。ゼットンさんがおいしく料理してくれるぞ」
「わーい、ゼットンさんのキマイラ~」
「リンちゃん、つぎ、なに食べる?」
「あっちにいくー!」
リンとミミリアちゃんに振り回される形で、俺を含む領主ご一行は屋台をまわる。
キマイラ祭りのはずなのに、キマイラとは関係のない焼きトウモロコシやドーナツなんかもついつい買ってしまうから、屋台って不思議だよな。
屋台街では行く先々で声がかかる。
「領主様―」「カロライン様―」「ミミリア様―」「カイト様―」「リン様―」
ん?今、どさくさに紛れて俺とリンの名前が聞こえたような?
「ああ、人の口に戸は立てられないからな。一晩でカイトとリンの名前は広まったようだ」
まじかー。それはまた、何とも迷惑な話だ。
「芝居の題材などにはさせないから大丈夫だ」
「あたりまえだろ!」
たかだかキマイラを倒しただけだ。ヒーローでもなんでもない。
たっぷり2時間ほどかけて、大勢でゆっくりと屋台をまわった。
リンとミミリアちゃんは今、二人で一つの大きな綿菓子に顔を突っ込んでいる。
「ミミリア、これで最後にしましょう」
「はーい」
すでにおなかいっぱいのミミリアちゃんは、カロラインさんに元気よく返事をする。
「リンも、それを食べたらメイダロンに帰ろう」
「わかったー」
それを聞いてミミリアちゃんが絶望的な表情になった。「帰っちゃうの??」
ここで情にほだされてはいけない。
ずるずるいくと永遠にミミリアちゃんとリンは離れられず、気付けば十年後、俺は女領主の伴侶に……、なんてまあそれはないが、さすがに帰ろう、メイダロンへ。




