城の夜
城に入る頃には陽が傾きかけていた。
「あんまり遅くなると帰りが暗くなるな」
この世界のこの時代、夜道は本当に真っ暗だ。
リンなら夜目も利くだろうが、出来れば明るいうちに帰りたい。
「今夜は泊っていってくれ。メイダロンの宿には連絡しておく」
城かぁ。城に寝るのか、俺。
隙間風が入り、雨漏りがする掘っ立て小屋。藁とボロボロの薄い毛布の寝床。
あの家を出てまだ半月ちょっと。
差が激しすぎるな。まあ、まだ自分の家を持てているわけじゃないが。
いや、この報奨金が出たら家も持てるのか?すごいな?やばいな?
3階のサロンに案内されると、そこには若い女性と幼い女の子がいた。
アーノルドの奥さんとお嬢さん、だよな?
「妻のカロラインと娘のミミリアだ」
かっこいい領主に美人の奥さんとかわいらしいお嬢さん、とな?
世の中、不公平にできている。せめて彼女たちの性格が悪ければいいのに。
「初めまして、アーノルド・ビルケッシュの妻、カロラインです」
「ミミリアです」
立ち上がった二人はドレスの裾をつまみ、腰を落として挨拶した。
おお!貴族のそれだ!初めて見た。
そして残念ながら優しそうだ。くっそぉ。
「初めまして、カイト・マルフォムと申します。この子はリンです」
私の家族に敬語はいらないよ、とアーノルドが口を挟むが、いやいや、カロラインさんがですます調で話すのに俺がため口って、おかしいから!
「リンだよー」
ポケットから顔を出したリン。ちゃんと挨拶できてえらいぞ。
そしてリンに敬語は無縁だな。
「かわいい!だっこしてもいい?」
ミミリアちゃんが目をキラキラさせて俺を見た。
「うーん、どうだろ?リン、ミミリアちゃんに抱っこしてもらう?」
いいよー、と言ってポケットから乗り出したリン。
リンを抱き上げ、俺の腰ほどの背丈しかないミミリアちゃんにリンを抱かせてあげた。
「リンちゃん!」
幸せそうにほっぺをすりすりしている。
「今日はおとまりするんでしょ?ミミリアといっしょにねよ!」
ちょっと待て。リンは俺と一緒だぞ、と俺が言うより先にリンが声を上げた。
「ボクはカイトといっしょにねるんだよ」
「じゃあカイトさんもミミリアといっしょにねよ!」
7歳児の無垢な発言に固まる大人たち。
「いいよー、じゃあきょうはカイトとミミリアといっしょにねよー」
7歳児以上にあどけないリンの発言。
よくない!!
「えーっと、ミミリアちゃん、リン、その件に関しては後で話し合おう」
大人の言い回しで逃げる俺だった。
アーノルドも固まってないでなんか言えよ!
「キマイラの被害はどうなのかしら?亡くなった方はいないって聞いているのだけど」
娘のとんでも発言には慣れているのか、ミミリアちゃんの言葉を軽くスルーしてカロラインさんがアーノルドに尋ねた。
「ああ、死者と重傷者はいない。間もなく詳細な被害情報も届くだろう。家を焼失した被害者の対応も、バードに当たらせている」
「そう。家が燃えてしまった方はかわいそうだけど、バードが対応してくれているなら安心ね。今夜眠る場所も確保してくれていることでしょう」
どうやらバードさんという人は全幅の信頼を置かれているようだ。
「キリアムがキマイラの肉を届けてくれることになっている。私たちの役目は今日の最大の功労者であるカイトとリンをねぎらうことだよ」
キザにウィンクするアーノルド。
「カイトさん、リンちゃん、この度はコリンバースを救っていただき本当にありがとうございました。私とミミリアも逃げる準備をしてたんですよ。この街は火の海になるのかと思いました。どれほどお礼を申し上げても足りませんが、今夜は精いっぱいのおもてなしをさせていただきますので、ゆっくりしていってくださいね」
「い、いや、倒したのは俺たちですけど、死者なしですんだのは騎士団や警吏隊の皆さんの的確な避難誘導だと思います。いい臣下に恵まれていますね」
俺の言葉を受け、ありがとう、私の自慢の部下たちだ、とアーノルドが破顔した。
ようやく張りつめていた空気が和らぎ、それぞれが心からホッとした表情となる。
そりゃまぁ、領都が襲来されたんだから、緊張したよな。
しかしここで空気を読まないのがリンだ。
「カイト、おなかすいたー。ケーキたべる」
俺もかしこまった話はこれくらいにして、なんか食いたい。マジで腹減った。
でもここでケーキを出してもいいのかな?
「リンちゃん、ばんごはんの前におかしを食べちゃだめなのよ」
おっと、ミミリアちゃんからダメ出しが!
「ミミリア、お客様はお食事の前にお菓子を食べてもよいのよ。リンちゃん、カイトさん、お茶とお菓子を用意させますので少しお待ちいただけるかしら」
カロラインさんにたしなめられてミミリアちゃんが口を尖らす。
「えー、ミミリアにはダメっていうのにー」
うっっ、大人としてここでケーキを出すわけにはいかないな。
と、そこに執事から助け船が入った。
「すでに準備はできておりますので、晩餐を始められてはいかがでしょうか?前菜やスープをお召し上がりいただくうちに、キマイラの肉も届くことでしょう」
「ばんさん?」
ミミリアちゃんに抱っこされたリンが首をかしげる。
「ばんごはんのことよ、リンちゃん」
お姉さんぶって答えるミミリアちゃんがかわいい。
「ばんごはん!」
「その前にこちらをお履きください」
そう言って執事が俺に一足の靴を差し出した。
よく見ると俺の靴は一部が焼けて穴が開いている。買ったばかりなのに……。
「あ、ありがとうございます。今度返します」
「サイズが合えばそのままもらってくれ。今度キマイラの皮で丈夫なブーツを作ろう」
いやいや、この靴も高そうだぞ。
キマイラのブーツ、いくらするんだろう?
素材提供者割引は利くのだろうか。
執事に案内されて入ったダイニングの中央には、20人以上が座れそうな大きなテーブル。その右側に数人分のカトラリーがセッティングされていた。
よかった、このテーブルの端と端に座るって言われたらどうしようかと思ったよ。
アーノルドは上座にはつかず、敢えて俺たちの対面に座った。
奥の席にアーノルド、カロラインさん、ミミリアちゃん、手前の席に俺とリン。
と言っても、リンはテーブルの上。
ミミリアちゃんは自分の目の前にリンがいて、うれしそうだ。
テーブルには赤ワイン用と白ワイン用のグラスが並べられ、シルバーのカトラリーが左右に並べられている。前世のテーブルマナーとほぼ同じかな。
ミミリアちゃんの席には子供用のフォークとスプーン、リンの席は飲み物用の深皿が置いてある。
まず白ワインがサーブされた。深い黄みがかったワインは、いかにも高級そうだ。
リンとミミリアちゃんにはジュースを。
アーノルドがグラスを高く掲げる。
「改めて礼を言わせてほしい。この度は2頭のキマイラを倒し、我が領の窮地を救ってくれたこと、心より礼を申す。カイト、リン、本当にありがとう」
「カイトさん、リンちゃん、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
さすが領主の一人娘、ミミリアちゃんもきちんとお礼が言えるんだな。
「犠牲者が出なくて何よりでした。一日も早い被害の復旧を祈ります」
俺がそう答えてグラスを掲げ、乾杯をして晩餐は始まった。
アーノルドの合図で最初の料理が運ばれてくる。
前菜は野菜と鴨のゼリー寄せ。
金の縁取りが施された大きな皿の中央に一切れのゼリー寄せがちょこんとのり、柑橘系のソースとグリーンリーフ、お花で皿全体が絵画のように彩られている。
リンとミミリアちゃんには小さい皿にゼリー寄せをのせてある。
俺の前に出された皿の上の料理を見て、リンが驚いたように声を上げた。
「ちっちゃいねー。アーノルドはびんぼうなの?」
ぶふっとアーノルドがむせた。
ワインを吹き出さなくてよかったな。
俺もやばかったぞ。
壁際に立つ執事と給仕のメイドも、下を向き、肩を震わせている。
「パパ、うちはびんぼうなの?」
ミミリアちゃんまで不安そうにしているではないか!
「リン、これはね、お金持ちだからできるんだよ。皿全体をきれいに飾って、おいしいだけじゃなくて、目でも楽しむ料理なんだ」
俺の説明にリンは不思議そうな顔をした。
「め?ごはんはくちでたべるよ?」
ごもっとも!
リンは一切れのゼリー寄せを一瞬で食べきり、物足りなさそうな顔をしている。
分かるよ。俺もこんな小さな一切れでは腹の足しにもならん。
続いてサーブされたのはカブのポタージュスープ。
大きな皿の中央がくぼんだ、高級レストランで見るタイプのスープ皿。
甘くて舌触りが滑らかなポタージュは、手の込んだ一品だ。
しかし、リンじゃないけど、た、たりない……。
大きなスープボールで持ってこいや!と言いたいよ。
「カイトさんは、その……、とても苦労なさったと聞いていますけど、とても美しい所作で召し上がるんですね」
カロラインさんにテーブルマナーを褒められた。
一応前世では一通りの経験を積んでるからな。
だが、マナーなど気にせずにがっつり食いたい!
その時、アーノルドの側近であるキリアムさんが帰ってきた。
手にはトレーに乗った肉を掲げている。キマイラの肉か?
さしが入ったきれいなピンク色の肉は、間違いなくうまそうだ。
「すぐに調理させます。少々お待ちください」
おいしそうな肉の塊を見てリンも嬉しそうにしっぽを振っている。
しかしリンの前にある小ぶりのスープ皿はとっくに空だ。
「スープもちょっとだけだったねぇ」
うぐっっ、アーノルドが胸を押さえた。
「リンちゃん、カイトさん、気が付かなくてごめんなさい。おかわりはいかがですか?」
カロラインさんの声掛けで、すっと執事が動いた。
「たべるー!」
「えっと、俺も……。あの、出来ればもっと大きい皿で……」
完全に撃沈していたアーノルドが顔を上げた。
「すまない。もてなしをさせてもらうと言っておきながら、貴族の食事ルールを押し付けていた。貴族の間では一皿を少なく、美しく、何皿も楽しんでもらうのが最大のもてなしとされているんだ。カイトとリンには足りなかったよな」
と、謝られてしまった。
「いや、こんな風にきれいに盛り付けられた料理は楽しいよ。味も最高にうまい。さすが城の料理長だと思う。ただ……、ごめん、ぜんっぜん足りないわ」
あははーと笑う俺。
「私もカロラインも食べすぎには気を付けていてね。体型維持も大切だが、健康のためにも食事は控えめにしているんだ。うらやましいよ」
いや、お二人とも十分スレンダーだけどね。
すぐにたっぷりのスープが俺とリンに運ばれてきた。いいね、この量!
続いてマスのムニエル。カリフラワーとブロッコリーが添えられている。
川魚はこの地域でも採れるが、俺自身初めての魚料理だ。
これもアーノルドやカロラインさんは小さな一切れのみ。
え?それで足りるの?
俺とリンの皿には大きな二切れが乗っていた。ありがとう!
サーモンによく似たオレンジ色のマスは、たっぷりのバターが絡み合っておいしい。
やっぱ魚もいいよなー。
大きい方のワイングラスに赤ワインが注がれると、それを合図にキマイラのステーキが運ばれてきた。
俺とリンの皿にはドドーンと大きな一枚。
付け合わせにグリルしたパプリカとアスパラガス。
「お肉のうまみを最大限お楽しみいただけるよう、塩と胡椒のみでミディアムレアに仕上げました」
説明を聞きながら肉にナイフを入れる。
わぉ!すぅっと切れる。これはいいヤツだ。
キマイラを倒した俺とリンが最初に口にするのがルールなのか、アーノルド家族は俺たちの様子を見ている。
フォークに刺した一切れを口に含む。
なんだこれ!とろけるぞ。口の中でほどけていくようだ。
「めっちゃ、うまいですよ。皆さんもどうぞ」
すでにリンは食べ始めている。
「おいしいね、キマイラ!おしろのごはん、おいしいね!」
ようやくリンから合格点をもらい、ダイニングに安どの空気が流れる。
「私も初めて食べたが、本当にとろけるうまさだな」
アーノルドも驚きながら食べ進めている。
「キマイラってそうそう出現しないものなの?」
俺の素朴な疑問に「そりゃそうだろう!」とアーノルドが呆れた声を出した。
「こんな奴がしょっちゅう現れたら国は崩壊するぞ」
今回はカイトとリンがいてくれて本当に助かったんだよ、神に感謝だな、とアーノルドはしみじみとつぶやいた。
結局俺とリンはステーキを3枚ずつ食べた。
「すごいな」
アーノルドたちに驚かれたが、いつもはさすがにここまでは食わない。
今日はやはり強い魔力を使ったからか、俺もリンもいつも以上に食欲が止まらなかったんだよ。
晩餐を終えると、俺が持ち帰る分の肉の準備ができたと報告が入る。
外はすでに暗くなっており、玄関を出ると城から漏れる灯りの先に、荷車3台分の肉がどーんっと置かれていた。
おおっと、1頭の半分でこれか。多すぎたかな?
「残りの肉も解体し、すでに市場に回してあります。明日には市井に出回るでしょう。カイト殿の好きな屋台街でも、明日はきっとキマイラ祭りですよ」
キリアムさんの言葉に心が躍る。
屋台街でキマイラ祭りとな?そんなの、楽しいに決まってるじゃないか!
「リン、明日は屋台でお昼を食べよう!」
「うん!パラダイス~」
肉を収納して城内へ戻ると、サロンには酒とつまみが用意されていた。
ワインやウィスキー、ナッツ、サラミ、チーズなど。
7歳のミミリアちゃんはお休みの時間だ。
「リンちゃんといっしょにねる」と言ってしばらく駄々をこねていたが、明日、屋台街に連れて行ってあげると約束して納得してもらった。屋台は子供も楽しいよな!
キリアムさんの他に騎士団長のバードさんも戻ってきて、サロンで報告会が始まった。
やはり死者も重傷者もいないとの最終報告で、みんなの笑顔が広がる。
「軽症者の手当は終了です。家屋や畑に被害が出た者たちには、追って領と国から支援がある旨説明して、理解してもらいました。ほとんどの者が知人や親せきの家に身を寄せ、行先のない3家族のみ東地区の宿に案内しました」
バードさんの報告に、ご苦労だったと、アーノルドがねぎらいの言葉をかける。
「キマイラの解体も終了しました。素材は一頭23万ギル、肉はマッドブルの単価で買わせていただき一頭半で1万8千ギル、合わせて47万8千ギルになる見込みです。報奨金は後日となりますが、素材と肉の代金は明日にもカイト殿に支払います」
47万8千ギル(4780万円)……。
とんでもないな。
「ところでカイト殿は銀行口座をお持ちではないですよね」
キリアムさんに尋ねられた。
意外なことに、この世界では銀行制度が整っているのだ。
この世界、魔力を持っている人はそれほど多くはなく、魔石も高価なため平民の日常で魔力が利用されることはあまりない。日常にある数少ない魔力利用が銀行カードである。
魔力を込めた銅板に一滴の血をたらして登録するカードで、平民でも働き始める14歳ごろには所持しはじめる。たとえ残高がゼロでも。
銀行では預金や引き出し、送金などが可能で、大金を持ち歩く必要がなく、強盗の被害を減らす一助となっている。これも過去の使徒(転生者)の仕事かもしれないな。
しかし底辺で生活していた俺には銀行カードなど無縁である。
「まあ、そういう環境ではなかったんで……」
「カイト殿は収納がありますので大金を持ち歩いても危険はないと思いますが、我々が送金するには口座をお持ちいただいた方が都合がよいと思います。よろしければ明日ご用意しますよ」
持っていて困るものではない。よろしくお願いします、と頼んでおいた。
ああ、設計図も渡しておこう。
「アーノルド、昨日は差し入れをありがとう。設計図、完成したから渡しておくよ。木の皮をすりつぶすほうの機械だ。製紙の方はまた今度な」
「早いな、昨日紙とペンを届けたばかりなのに」
アーノルドが驚いている。
「いやぁ、昨日のうちにみんなでワインを飲んじゃったからさ、こりゃ書かないとやばいって思って」
あれを一晩で飲んだのか、さすがだなと笑われた。
「これらの機械が導入されて製紙工場の生産性が向上した暁には、その分の収益の半分がカイトに入るようにしよう」
いやいや、それは多すぎだろ。俺は設備投資も経営も何もしてないぞ!
「工場の経営がこの領の経済を支えて、結果的に領民の生活向上に役立ってるんだろ?だったら俺はそれでいいよ」
俺の言葉にアーノルドが首を振る。
「きれいごとを言えばそうだが、実際私はあの工場から利益を得ている。それらの金でこのような城に住み、高価な服を着て、贅沢な食事を日々楽しんでいるのだ。知識と技術を提供するカイトにもその権利はあると思わないか?」
そう言われて俺はまじまじとアーノルドを見た。
いやぁ、家は欲しいけど城は勘弁。洋服も刺繍の入ったフロックコートを着たいと思ったことは人生で一度もないし、料理だってこんなフルコースはたまにでいい。
俺は雨風がしのげてそこそこ広い家、清潔で動きやすい服、庶民メシを毎日腹いっぱい食べられればそれでいいかな。
俺の言葉を受けて、アーノルドが再び撃沈した。
「なぜだろう、カイトやリンと一緒にいると私の中の何かがどんどんえぐられていく気がする……」
この件は機械の製造に成功して、生産性が向上してから考えようということになり、俺たちはゆったりとくつろぎ、酒を飲み始めた。リンは俺の膝の上でとっくに寝ている。
酒を飲んで話すことと言えば、どうすれば俺にもいい出会いがあるか、だ。
妻帯者であるバードさんとキリアムさんは「あと10年待ってミミリア様!」とミミリアちゃん推しのようだが、それはないわー。
夕食がまだだというバードさんとキリアムさんにはキマイラのステーキが用意され「なんですか、このうまさは!」と感動していた。「明日の屋台が楽しみですね」と。
明日の屋台街は賑やかになりそうだな!




