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底辺から掴み取る、自由でおいしい毎日  作者: KAY
第一章 メイダロン編
23/78

領都襲来

翌日、俺は朝から机に向かっていた。


今夜から5日分の宿代を払った後、部屋に朝食を持ち込み、食べながら設計図と向き合う。朝食は生ハムと卵とレタスのサンドイッチ、豆と野菜たっぷりのトマトスープ。


以前まとめ買いした野菜は定期的にゼットンさんに提供し、俺たちのメシとなっている。

結局俺は一度料理をしただけだし、バーベキューの時は驚くほど野菜は減らない。

まあ、ゼットンさんのおかげでおいしくいただいているのだから問題ないだろう。


そんなことより設計図だ。

生ハムとワインをもらってしまった以上、形にせねば。

まずはビーターだな。紙の原料をすりつぶして砕く機械。

モーターがないから手動になるが、木槌で叩くよりは負荷を少なく効率の良いものにしたい。


前世の記憶はなぜか部分的に鮮明で、でも全体的にはおぼろげだ。

その記憶を手繰り寄せるように俺は設計図を書いていった。


途中、お湯をもらってお茶を淹れ、クッキーやサクランボで糖分補給をする。

デスクワークをしている俺を見ながらウトウトしてたリンも、菓子を出した瞬間、パチッと目を覚ますから不思議だ。

リンは一日何時間でも寝れるよなー。


ホットドッグのランチを挟み、このままでは俺の肩と腰が固まるかもと思ったころ、ビーターの設計図が完成した。今日はここまでかな。

製紙の機械はまた今度。まずはビーターの完成を目指すとしよう。


時刻は午後三時頃だろうか。

「リン、今日は狩りに行けなくてごめん。今から出かけるか?それともケーキでも食うか?」


ケーキに飛びつくだろうという俺の予想に反し、リンはデスクの上で小さな体のまますくっと立ち上がり、耳をピンとたてた。

「カイト、なんかくるよ。アーノルドのおうちのほう」


なんか?なんかとはなんだ?

「何が来るんだ?」


「つよいまりょく。すっごくつよい」

強い魔力?それ、やばくないか?


アーノルドの方って、コリンバースだよな。何万人も住む領都だぞ!

やばい魔獣が領都に向かっているということか。


まじかぁ!

俺は日々、そこそこの魔獣を倒して毎日うまいもんが食えればいいんだよ!

やばい魔獣にかかわるつもりなんかないぞ!


「リン、それはリンに倒せる魔獣?」

「うん、たおせる!カイトもボクもたおせる!ボクたちのほうがつよい!」


コリンバースに行く道すがら見た景色が脳裏にちらつく。

畑を耕し、日々ささやかな糧を得て暮らす名前も知らない人たち。

彼らのそんなささやかな幸せが、強力な魔力を持った何者かに蹂躙されようとしている。


くっそぉ!

到底かなわない相手ならあきらめもつくよ。

だけどリンが「たおせる」と言ったらそれは倒せるのだ、俺たちに。

ほおっておけるか!


俺は右手にリン、左手でコートをひっつかんで部屋を飛び出し階段を降りた。


「カイト、出かけるのか?」

階段の板を踏み抜きそうな勢いで駆け下りる俺に、ゼットンさんが驚いて声をかける。


「なんかやばいヤツがコリンバースに向かってるみたいなんで、リンと行ってきます!」


「気をつけろよ!」後ろからゼットンさんが声をかけるが、勢いよく飛び出した俺たちにその声は届かない。

大きくなったリンにまたがると、リンが俺に声をかける。

「いくよー!しっかりつかまってね!」


メイダロンの町中からトップギアで走り始めるリン。

町の人が驚いているが、その顔も識別できないスピードで駆け抜ける。


リン、いつも速いと思っていたけど、あれでも押さえていたんだな。

今日はものすごいスピードで景色が変わっていくよ。さすがに酔いそうだ……。


メイダロンからコリンバースまでは片道約30km。

いつもは30分以上かかる道のりが、今日は15分くらいだった。時速120km?


コリンバースに近づいてくると、畑や民家が増えてくる。

と、数軒の家や畑が黒く焼け焦げていることに気づいた。

火を扱う魔獣か。厄介だな。


あの家の人たちは無事だろうか?

でも今は安否確認よりもこれ以上の被害を出さないほうが先決だ。


よく見ると焼けていない家の前に人が集まっている。

みんな無事であると信じよう。


「リン、急ぐぞ!」


その先を進むと、畑がなくなり建物が増え始める。

ここからが領都と言われるエリアだ。


そこにいたのは…………。

全長3メートルほどの4つ足で歩く2頭の魔獣。

うわぁぁ、これってキマイラ?!


ぱっと見はライオンだが、尻尾が長くうねっている。ヘビの尻尾?

2頭はつがいだろうか、強力な火を吹きながらゆったりと進んでいる。


前世、怪獣映画などを見ていた俺は「全長3メートルの巨体」と聞いても大きいとは感じていなかった。


何考えてたんだ、前世の俺。

全長3メートル、十分でっけぇよ!

その上、長くてヤバイしっぽまでついているんだ。

それが2頭!


リンに俺たちの方が強いと太鼓判を押されていてもこえぇよ!

どっから来たんだよ、こいつら。

何で突然こんな大きな街に来るんだよ!


街はパニック状態だが、警吏だろうか、的確に誘導して避難させている人たちがいる。

指示に従い、焦りながらも逃げ出す人たち。


2頭のキマイラがゆっくりと歩みを進めていることが幸いし、焼かれた家はどうやら無人のようだ。

よかった。まずは人命最優先だ。


その先には少し離れた場所から矢を放つ騎士団の姿がある。

中には魔力を持つ騎士もいるらしく、光をまとった矢も飛んでくる。

しかし、キマイラという圧倒的な魔力の前では傷を負わせることもできないようだ。


このレベルの魔獣を倒せる騎士は国でも一握りしかおらず、そのほとんどが王都にいる。

全ての領に配置されているわけではないのだ。


騎士たちは自分の力では倒せないことを分かっていてもギリギリの場所から矢を放ち続けている。自分の身も危ういと知りながら。

さすがアーノルドの騎士団と言いたいところだが、マジで危ないって!


「リン、いくぞ!」

「いっくよー!」


俺は青い魔石のはめ込まれた剣を掲げ、リンの背中から飛び出す。

剣が強い光を放った。


キマイラが放つあの炎には巻き込まれたくない。

背後から襲って一気に片づけたい。


弾みをつけて飛び上がり、右側のキマイラの首筋に剣を振り下ろした。

ぐおぉぉ!!という叫び声と共にキマイラは振り返り、俺に向かって炎を吹き出す。

おっと、危ない!

俺の靴がちりちりと焼けるにおいがする。やっべぇ。


一度着地し、再び地面を蹴り上げて炎の届かないところまで飛び上がると、リンの声がした。

「おでこだよー!」

急所は首じゃないのか!額か!


って、口から炎を吹き出す奴の額をどうやって狙うんだよ!

キマイラの背後にいったん着地し、何とか炎を避ける。


その隣ではリンがもう一頭のキマイラめがけて風魔法をぶっ放っている。

「はずれたぁ!」

リンの風がキマイラの背中を切り裂いた。

さすがのリンも一撃というわけにはいかないようだ。

ぐわっ!という雄叫びと共に、背中に傷を負ったキマイラがリンに炎を浴びせる。


「あっちぃ!」

リンに炎が降りかかった。


「リン!」


リンの毛はキマイラの炎より強いらしく、炎を浴びてもすぐに反撃体制に入っていたが、俺の心に火が付いた。

なにしてくれるんじゃ、俺のリンに!


覚悟を決めた俺は、再び剣を握り締め、背後から飛び掛かった。

「おりゃぁぁぁ!」

キマイラの背中に足をつけて蹴りあげ、頭上高くから剣を脳天に突き刺す。


ぐわぁぁぁぁ!!

炎を上げながらどさりと倒れるキマイラ。


その隣でリンは、もう一体のキマイラめがけて再度風魔法を放つ。

「おでこ!」


ぶおぉぉぉ!!

リンの風が今度は額を直撃し、断末魔の声と共にキマイラは倒れた。


勝った……、のか?

倒したんだよな?


はぁぁぁぁ、やばかった、こいつら。

さすがのリンも肩で息をしている。


目の前に横たわる2頭の巨体。

成仏してくれ。

山の奥深くに住んでいてくれたらよかったんだが、人の住む場所を荒らされたら容赦はしないよ。


「リン、ケガないか?」

「ボクはだいじょーぶ。カイトは?」

「ああ、ギリ大丈夫だ」


リンの肩に手を回し、もたれ掛かるように立った。

俺の手には半分に折れた剣。

コーゲイさんの言う通り、倒せたけど耐えられなかったようだ。

3千ギルもしたのに!


いや、人の命には代えられないよ。

分かっている、分かっているけどさ、ああ、3千ギル……。


2頭のキマイラが倒れたことを確認したのか、離れた場所から矢を射かけていた一団が俺たちの方に走ってきた。


「ありがとうございます!おかげで助かりました。神獣様と使徒様ですね?」

中央にいる責任者らしき人が俺たちに頭を下げた。


いや違う。違わないんだろうけど、やっぱなんか違う。

「いや、単なるリンとカイトです」


「領主アーノルド様と騎士団長が不在の折の襲来、どうなることかと思いました。お二方のおかげで本当に助かりました!」


その後ろから住民たちも恐る恐る近づいてくる。

横たわる2頭のキマイラに恐れと興味が半々の様子だ。


「すっげぇな、この兄ちゃんと犬がこんなでっけぇの倒したんだ」

「もうこの街は真っ黒こげになるかと思ったよ」


「こら!兄ちゃんと犬ではない、神獣様と使徒様だ!」

そう住民をたしなめる責任者らしき人。

いや、あなたこそ俺の話を聞いてないよね?


「俺は兄ちゃんでいいけど、この子は犬じゃなくてフェンリルだよ」


おお、フェンリル!初めて見た!

そういや最近、コリンバースにフェンリルが現れるって話を聞いたよ!

かっこいいー!触ってもいい?


住民たちがわいわいと話し出す。リンの人気が高くて俺は鼻が高いぞ。

でもそうか、アーノルドは不在なのか。


その時、西から複数のひづめの音が聞こえてきた。


「カイト!リン!」

遠くから俺たちに向かって誰かが叫んでいる。

「アーノルド!」


先頭を走るのは領主アーノルド・ビルケッシュ。

その脇をいつもの側近2名が固め、後ろに数人の騎士が続いている。


アーノルドとその一行はその勢いのまま、俺たちのところまで走ってくると、手綱をひいて馬を止めた。


「倒したのか……」

馬の上から倒れている2頭の巨体を確認すると、ひらりと馬から降りたアーノルド。

いちいちキマっているな。


俺とリンの前に一歩踏み出したところで、俺たちを取り囲んでいた騎士や住民が少し離れた。

「領主様だ!」


アーノルドはいつかと同じようにすっと右手を胸に当て、俺とリンに頭を下げた。

「カイト、リン、この度はコリンバースを救っていただき、恩に着る」


「いや、リンが気づいてここまでぶっ飛ばしてきてくれたんで、間に合っただけだし」

こんな風に感謝されることに慣れていない俺は、どう返していいか分からない。

我ながら様になってないよな。


「副団長、被害状況の説明を」

側近の一人が、弓矢隊の責任者らしき人に声をかけた。

あ、この人、副団長だったんだ。


「はい、団長!現在調べさせていますが、被害が狭い範囲ですんだため、すぐに確認ができると思われます」

で、側近の一人が騎士団長だったんだね。


そこに騎士の一人が駆け込んできて膝をついた。

「報告せよ」

団長に促されて騎士が緊張しながら顔を上げ、アーノルドが毅然とした態度で報告を受ける。


「現時点で確認できている範囲で報告します!死者なし、重傷者なし、軽症者十数名。焼失家屋二十数軒、延焼した畑数軒分です!」


その言葉を受け、一同に安どのため息が漏れる。

「死者なし……、キマイラ2頭の襲撃を受けて死者なし……」

団長が天を見上げるようにしてつぶやいた。


再びアーノルドが俺の前に来ると、俺の肩に手を置き、顔を下に向けた。

え?震えてる?

「助かった。本当に、助かった……」


生まれながらの貴族、支配者の風格を持つアーノルド。

この人はその肩にどれだけの重責を負っているのだろう。


「よかったな」

そう声をかけるのが精いっぱいの俺。その俺の腹がぐぅっと鳴った。

やっぱりキマらないな、俺は。


同時に、くぅぅーんとリンが物悲しい声で鳴いた。

「カイト、おなかすいた」

「強い魔力を使うと腹が減るのかな?俺もめちゃくちゃ腹減ったわ」


しかし、キマイラが横たわっている隣でケーキを出すわけにもいかない。

リンの口にクッキーを放り込んでやる。

「俺たちのパラダイス、屋台街はまだやってるかな?」


俺たちの会話を聞き、アーノルドが慌てて声をかけた。

「よければ城に来てもらえないだろうか。できる限りのもてなしをさせてもらう」


その申し出を胡散臭そうに見るリン。

「えー?だってアーノルドはおいしいものつくれないよ?」


リンにとっての人間のランクは、おいしいものを作れるかどうかだ。

リンの中で最高ランクに君臨するのはゼットンさんとジョージさん。魔法使いレベル。

その次に位置するのが屋台のおじさんたち。

その意味において、この領内で最高の身分であるはずのアーノルドは最低ランクのようだ。アーノルド、哀れなり。


「わ、私には作れないが、城の料理人は一流だ。リンのためならものすごく張り切っておいしいものを作るぞ!」

なぜか必死な様相のアーノルドだった。なぜだ。


「おにく、たべたい」

分かる、わかるぞ、リン!腹が減った時には肉だな。俺も全面的に同意!


「肉、肉だな?任せろ!だったら、今倒したキマイラの肉は最高級品と言われているぞ。まあ、私も食べたことはないが、とろけるうまさだそうだ。倒した魔獣の素材は倒した人のものだが、任せてもらえるなら騎士団で解体させよう」


そうなんだ。キマイラの肉ってうまいんだ。

「任せるよ、助かる。で、解体してもらった素材はどうすればいい?」


「肉は最高級品で、王都なら貴族や富裕層に高値で売れる。でもここではそんな大金を払える人は少ないから、売れ残ってしまう可能性もあるな。カイトの収納が時間停止機能付きなら、収納に入れておくのもいいかもしれない」


そうか。でもこの巨体2頭の肉を金持ちだけに売るのもめんどくさいなー。

「それほどうまいなら、今回怖い思いをしたコリンバースの人たちにも気軽に食べてもらいたいな。1頭の半分は収納させてもらって、残りの1頭と半分はマッドブルと同じくらいの値段でコリンバースの人に売ってくれると嬉しいんだけど」


カイトはやっぱりすごいな、とアーノルドがつぶやく。

いや、ちゃっかり牛の値段分くらいはもらうつもりだけど?

このデカさなら、それでもいい収入になるんじゃね?


「皮は防具素材として高値で売れる。特にブーツにすると柔らかくて保護機能が高いと言われているよ。この2頭で相当な数のブーツが作れるだろうな。私もぜひ欲しい。魔石は調べないと適正は分からないが、このレベルの魔獣だ、最高級品だろう」


キマイラのブーツは私も欲しい、と側近たちもつぶやいている。

魔石は武器に向いているものや、身を守るもの、シャンデリアなどの器具に向いているものなどがある。いずれにしてもキマイラレベルの魔石は効果が高そうだ。


武器向きの魔石で、かつカイトの魔力と合えば最高だけどな、と言われて思い出し、握ったままの折れた剣を見つめた。

「コーゲイさんから買った3千ギルの剣が折れちゃったんで、買いなおせるくらいの金額になると助かるな」


「3千ギル?カイトは何を言ってるんだ?」

え?俺、変なこと言った?


「素材だけでも1頭20万ギル、2頭で40万ギルは超える。それに加えて討伐報酬が1頭100万ギルだぞ」

え?えーっと、桁が多すぎて理解が追い付かない。

つまり何?素材と討伐報酬で240万ギル(2億4千万円)になるってこと?


えぇぇぇぇ!!!!!


「いやいや、二十軒以上の家屋が焼けちゃったんだろ?復興費用かかるし」

「この様な魔獣被害には領と国が半々で出し合い復興に当たることになっている。人的被害がほぼゼロで済んだんだ。むしろ安いくらいだ」


そうなの?そうなの?!


「コリンバースが焦土と化していてもおかしくなかったんだ。その程度の報酬で済ませたら申し訳ないレベルだよ」

えーっと、それって、ゴジラに街を踏みつぶされるようなものか?


俺の希望を確認したアーノルドは、もう一人の側近に声をかけた。

「キリアム、キマイラ解体の指揮をとれ。肉はカイトの分を残し、マッドブルと同価格で市場に卸す。肉屋やレストランもマッドブルと同価格で売るよう徹底させろ。便乗値上げは処罰の対象になるとな。それと、取り急ぎ今夜の分の肉を城に届けてくれ」


「そのほかの素材はカイトから我が領が買い取り、加工して出荷する。カイト、少しは領ももうけさせてもらうがよいか?」

もちろんだ。魔獣の加工品もこの領の重要な産業の一つである。


「御意!」そう答えるとキリアムと呼ばれた人は駆けだして去っていった。

あの側近はキリアムさんっていうのか。

キリアムはビルケッシュ領の行政の責任者だ、とアーノルドが教えてくれた。


「バードは被害の正確な調査と、被害者の救済を。家を焼失した被害者の今夜の避難先を確保せよ」

騎士団長はバードさんというらしい。


「御意!」

バードさんも副団長と共に駆け出して行った。


「カイト、アーノルド、まだぁ?おなかすいたよー」

大きな体でリンが悲しそうに見上げる。おお!すまん!


「では城へ行こう。先触れを城に出してある。キマイラが倒されたことも伝わっているし、カイトとリンを迎える準備も始まっているはずだ」


「おっにく~」

ご機嫌になったリンは小さくなって俺のポケットに入ってきた。

「そうだな!肉だな!」


被害がゼロだったわけではない。家を焼かれた人は不安だろう。

でもアーノルドとその臣下のみなさんに任せておけば大丈夫だ、そう思えた。

うん、いい領だ。


よし!俺たちの役目はここまで!うまいものを食べよう!

意気揚々と城に向かうリンと俺だった。

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