ビルケッシュ城
「カイト、カイト」
うーん、誰だ?俺の顔をぺろぺろ舐めるの。
「カイト、おはよー」
リン、今日は先に起きたのか。やけにまぶたが重い。そして体がだるい。
コンコンとノックされ「入るぞー」とゼットンさんが入ってきた。
重いまぶたをこじ開けるようにゆっくりと目を開ける。
「あー、ダメそうだな」
ゼットンさんが俺の顔を覗き込む。
のろのろと起き上がってみるが、頭がずきずきする。
ああ、ホントだ。これ、ダメなやつだ。
安心してこれまでの疲れが出たのだろうか。熱っぽい。
「スープなら食えそうか?作ってくるぞ」
「すいません。あ、リンの朝メシ、お願いします」
窓の外を見るともうかなり明るい。
朝食の時間は過ぎているだろう。
「さっきから声をかけてるんだけど、お前の隣を動こうとしないんだよ。リン、朝メシこの部屋に持ってきてやろうか?カイトの隣で食うか?」
「うん、たべるー。ここでたべるー」
くぅぅー、リン、かわいい!
ゼットンさんが部屋を出る音を聞きながら俺はまた眠りに落ちた。
次に目を覚ました時には枕もとにムーラさんがいた。
「カイトさん、具合はどう?」
ベッド脇のテーブルにスープとはちみつジンジャーティーを置いてくれる。
「軽い風邪だと思います。すぐ直ります」
「焦らないでゆっくり休んでね」
そう言ってスープボールを手渡してくれた。
野菜を柔らかく煮込んだ優しい味付けのスープ。
最近の俺ならこんな小さなスープボール一杯では腹の足しにもならないだろう。
でも今日はこの一杯がちょうどいいから不思議だ。
はちみつジンジャーティーは体の芯からぽかぽかと温めてくれる。
体調がすぐれないときに優しくされた記憶はない。
あいつらに言わせればそれは怠け癖であり、さぼりでしかない。
どれほど高熱でフラフラしていても、寒い中水を汲みに行き、薪を拾いに行かされた。
…………よく死ななかったよな、俺。
「リンは朝食、食べましたか?」
「ええ、さっき全部食べたわよ」
「おいしかったー」
そっか、そっか、うまかったかー。俺以上にムーラさんの目じりが下がっている。
「カイトさんも、スープ全部飲んだのね、えらいわ」
ムーラさんに褒められた。俺、18歳なんだけど……。
でも時々、記憶の中の母さんと目の前のムーラさんを重ねているのは内緒だ。
「すみません、これ切ってもらえます?俺とリンと、よければムーラさんとゼットンさんの分も」俺は収納から桃を数個取り出した。
「あら?これこの前もらったやつ。まだもぎたてのままなのね。ホント便利ねぇ、カイトさんの収納」
きっと「便利」の一言で片づけられるレベルではないのだろうが、俺も便利だなぁくらいに利用していることは否定しない。
食後に切ってもらった桃は、つるんとしたのど越しが、熱を帯びた身体に気持ちいい。
リンもおいしそうに食べている。
「リン、俺もう少し寝るけど、リンは暇なら好きな所に遊びに行っていいよ」
リンはやっぱり野生だ。野山を駆け回っている時が一番生き生きしているように見える。
でもリンは「ここにいる」と言って俺の毛布の中に潜り込んできた。甘えんぼめ。
リンのぬくもりを胸に感じながら、俺は今日何度目かの眠りに落ちた。
時々目を覚ましては冷たい水を飲み、リンにホットドッグを食べさせる。
そして俺はひたすら眠った。
夕方、クリストフ、ヨーク、ベレン、シモンの襲撃をうけた。
「カイト、熱出したんだって?」
「大丈夫?」
「なんだかんだ言って緊張してたんじゃないの?領主様だもんなー」
「クソ領主!とか言ってたのになー!」
クソ領主と最初に言い出したのはお前らだろ!
ひとしきり騒いだ後、4人はゼットンさんに俺の部屋から追い出された。
「おめぇら!自分の部屋に行くか食堂に行け!カイトの邪魔するな!」
楽しいけど疲れるから今日だけは助かったよ。
夕食は野菜のスープとパン。パンが食べられるようになっただけ一歩前進だが。
「肉、食いたい……」
「ははっ、それだけ食欲があれば大丈夫そうだが、肉は明日まで我慢しろ」
ゼットンさんが俺の頭をポンポンと叩く。頭ポンポンって歳でもないけどな。
弱った時にゆっくり休める場所があるというのは、毎日腹いっぱい食うのと同じくらい幸せなことだと知った一日だった。
翌日には熱が下がり、ほとんど回復。
でも今日も一日のんびりしよう。
朝食にはスープとパンに加えて、チーズオムレツ!スープだけ生活、脱却だよ。
回復したとはいえ、午前中はうつらうつらして過ごす。寝れるもんだなー、人間。
ゼットンさんの宿では基本ランチは出さないが、今日は特別に出してくれた。
ソーセージの入ったポトフとポテトサラダ。しっかり一人前完食。
午後は本を読みながらリンをなでてゆったり過ごす。
そして夕食は待望の肉!
2日ぶりに食堂に降りた。
夕食は鴨のローストとかぼちゃのスープ、グリーンリーフとトマトのサラダ。
鴨のローストにはオレンジソースがかかっていた。それ、フレンチレストラン(前世)で出るやつ!そりゃ、鴨はクリストフたちがよく狩ってくるから安く手に入るけどさ、ゼットンさんの料理スキルが半端ない。
いつもより少しだけ優しいメニューにゼットンさんの愛を感じた。
「お、復活か?」
クリストフたちに絡まれながらワイワイ食べる食事も2日ぶりだ。
いいな、こういうの。うるさいけど。
「カイト、明日は狩りに行くの?」
ベレンに聞かれて、うーんどうしようかな、と悩む。
「コリンバースに行こうかな?アポなしで行って本当にアーノルドに会えるかは分からないけど、ケーキも残り少ないし」
ケーキ!リンががばっと顔を上げ嬉しそうにしている。
うん、またたくさん買おうな。
翌朝、コリンバースに行く前にジョージさんのパン屋に立ち寄った。
「おはようございます、ジョージさん!」「おはよー」
「おお、カイト、元気になったようだな。リンもおはよう!」
その様子では、話は全部聞いてるな。
「はい!復活です。あの……、領主との一件も聞いてます?」
「おお、聞いたぞ、よかったな。ビルケッシュ領は住みやすいところなのに、なんか変だなぁとは思ったんだよ」
アーノルドがいい奴でよかったです、旅に出る時も安心してこの町を離れられます。
そういうと「領主様に対してアーノルドって、お前なー」とジョージさんにツッコまれた。
だってそう呼べって言われたから。
「今日はこれからコリンバースに行ってきます」「ケーキかってくるねー」
気をつけて行ってこい!ジョージさんの声を背に俺たちは町を出た。
俺が一番不安だよ。行ってらっしゃいとお帰りなさいが溢れたこの優しい町を、俺はいつか本当に出ていけるんだろうか、ってね。
そうして俺たちはコリンバースへの道を走る。
リンの背中で風を感じるのも久しぶりだ。
気持ちいい。
「リン、今日おいしいものをいっぱい買って、明日は狩りに行こうか!リンの好きな所へどこでも行くぞ!」
「かり~。まじゅうたおして、クリストフたちとバーベキュー!」
いつの間にかリンの中ではバーベキューにあの4人がセットになっている。
いつかはあいつらとも離れるんだぞ、って、今は言わなくてもいいか。
コリンバースの街は今日も賑わっていた。
最近は買い取りだけしてすぐに帰っていたから、ゆっくり買い物をするのは最初の時以来だ。
「そういえばコリンバースの屋台ってじっくり見てなかったな。行こう、リン!」
屋台と聞いてリンにノーなどあるはずもない。
鼻をくんくんさせ、俺を乗せたまま街中を走り抜ける。
市場の裏側に出ると、そこは広場になっていてたくさんの屋台が並んでいた。
真ん中にテーブルや椅子が並び、東南アジアでよく見るような屋台街になっている。
なにこれ、楽しい!こんな風になっていたなんて気づかなかったな。
「リン、どれが食べたい?」
「ぜんぶー!」
いや、さすがにこれ全部は無理だと思うぞ。串焼き屋だけでも何軒もある。
そういう俺もわくわくしている。
串焼き肉に、焼きソーセージ、コロッケなどの揚げ物、スープ、肉や野菜を巻いたクレープ、ピタパンのようなパンに具材をはさんだもの、砂糖を振ったドーナツ。焼きトウモロコシもある!でも醤油がないのに……、ってトウモロコシには溶かしバターを塗って塩を振っている。これ間違いないやつ!
ちょっとしたイベント会場状態。
テンションあがるわー。
午前中にもかかわらず屋台街では多くの人が食事を楽しんでいた。
俺たちも朝食を食べてからそれほど時間も経っていないのに、次々と買っては胃の中と収納に収めていく。
どの店も味付けに工夫を凝らし、ゼットンさんともガルレイの屋台ともまた違ってそれぞれおいしい。
リンはおいしいものを見逃すまいと、きょろきょろしながら俺に声をかける。
「あ!あれ!あれがたべたい!」
リンはこの空間に入った瞬間からずっと楽しそうだ。俺も楽しい!
王都はコリンバースよりさらに大きくて、しかも港町なんだよな。
海鮮焼きとかもありそうだ。
どんなにメイダロンの居心地がよくても、やはり王都にはいくべきだな!
いろいろな屋台を回って買っては食べ、収納にも入れ、気づけば屋台街だけでずいぶん時間が経ってしまった。
「カイト、長い!」
チーズ入り芋モチをパクついている俺たちの背後から声がかかった。
この声は……、振り返ると側近を従えたアーノルドがいるではないか。
今日のいでたちは、紺のフロックコートに同色のパンツ、白シャツ。コートには金の刺繍が施されているが、派手過ぎず洗練されたデザインだ。
本日も凛々しいこと!そして、屋台街が似合ってねぇ!
「えーっと、約束はしてなかったと思うんだけど、なぜここに?」
怒られる理由が分からん。
「フェンリルに乗った男がコリンバースに来たと知らせがあったから城に来るのかと思いきや、いつまで待っても現れやしない」
あー、そういうことね。
「いや、手前にこんなパラダイスがあったら城にはなかなかたどり着けないって」
パラダイス……、そう言って周りを見渡すアーノルド。
「おいしいもの、いーっぱい!」
リンもご機嫌に答える。そうさ、ここは俺たちのパラダイスだ!
「カイト、リン。城の料理人は屋台に負けていないぞ。城に来ないか」
アーノルド……、領主たるものが屋台と張り合うとは大人気ないぞ。
「アーノルドのおうち、いかないー。これからケーキやさんにいくの」
リンにあっさりフラれたアーノルド。領主も形なしだな。
城を「おうち」と言われて、後ろに控える側近たちが肩を震わせている。
堂々とふるまっているものの、その実リンにフラれてショックを受けていることを隠せないアーノルド。すまん。
「カイトには話しておきたいことがあったんだ。この前はゆっくり話せなかったからな。リンにもなんとか城に来てもらうよう説得してもらえないだろうか」
しょうがないなー。
「リン、ケーキ屋さんでたくさんケーキを買って、アーノルドのおうちに行かないか?はちみつの入った紅茶を出してくれるぞ、アーノルドは貴族だからな」
リンは不思議そうに首をかしげる。
「カイトもはちみつこうちゃ、くれるよ?」
説得、失敗か?
「ケーキを買ったらたぶん納得すると思うんで、とりあえずケーキ屋に行きましょう」
「私はリンに嫌われるようなことをしただろうか?まあ、手違いとは言えひどく失礼な命令をしたことは認めるが」
ケーキ屋に向かいながらアーノルドが不思議そうに漏らす。
「あー、その件じゃないでしょう。本能的に、この人にはおいしいものが作れないって察知してるんじゃないかな」
た、確かに私は料理はできないが、それは役割分担というもので……。
明らかに落ち込みながら、ぶつぶつとつぶやくアーノルド。
ドンマイ。
先日、大量買いしたからだろう。ケーキ屋の店員は俺の顔を覚えていたようだ。
「いらっしゃいませ!」
満面の営業スマイルを見せたあと、俺の背後を見て固まった。
なぜここに領主様が……、って顔だ。
「またトレーに乗るだけください」
アーノルドのことはあえて触れず、俺はトレーを2枚と金貨一枚差し出した。
今日は洋梨のタルトがある。新作か季節限定品か。
「カイト、その量……、貴族でも買わないぞ」
「リンが稼いだ金だ、リンにうまいもの食べさせるだけだよ。それと、うまいものはみんなで分け合って食べたほうがうまい。そうだろ?」
領主に対してため口でしゃべる俺を、店員がチラチラ見ている。
うん、俺もまだ慣れないよ!
トレーいっぱいに乗ったケーキをリンがきらきらした目で見ている。
「リン、これアーノルドのおうちで食べないか?」
「いいよー」
よし、説得成功!
コリンバースの中央にそびえるビルケッシュ城。
高い塀に囲まれたその中は、街の中心にあるとは思えないほど緑豊かだった。
門をくぐるとよく手入れされた庭園が広がり、兵舎や厩舎が脇に建ち、中央に城がそびえるように建っている。たぶん裏にも庭があり、離宮や使用人の住居などもあるのだろう。
ほえぇぇ、ガチな城だ、これ。
一領主、伯爵クラスでこれって、王城はどうなっていることやら。
この国には45の領地があり、伯爵以上の領主がそれぞれ治めている。
とはいえ、法律や税率は国で定められており、領主が勝手に決めていいわけではない。
税収の7割が領地運営に当てられ、役人や騎士、兵士の人件費や、道路などのインフラ整備、孤児院の運営などに利用される。
2割を国に治め、領主が城の維持管理や使用人の雇用、家族のために利用できるのは残りの1割のみと決められている。
本でこの制度を知った時には、思った以上に制度が整っていて驚いたものだ。
各領主は1割の税収に加えて直営地での農業や牧畜、個人経営のビジネスなどで収入を得る。これは個人の資産を増やすだけでなく、雇用の促進や地域経済の活性化につながっており、これもよくできたシステムだ。
ビルケッシュ領は王都からも遠く、山ばかりで決して資源の潤沢な土地ではないが、領地経営も領主のビジネスもうまくいっていることが伺える。
城に入るとまずは吹き抜けの大きなホールに大階段。
柱や手すりにも彫刻が施されており、大きな絵が複数飾られ、これぞ城という豪華さ。
他の部屋へ続く扉は閉まっているが、パーティーができる大ホールとかありそうだ。
階段を上がった2階が執務エリアとなっており、役人が行き来している。
3階が来客用のスペースで、サロンや客間などがある。
4階以上は家族と限られた使用人しか入れないスペースらしい。
3階のサロンに案内されると、向かい合った長ソファーの片方にアーノルドが座り、もう片方に俺とリンが座った。側近の二人は横にある一人掛けの椅子に座る。
すぐにカートを引いたメイドが入ってきてお茶の準備を始めた。
見るからに高級そうな食器だ。だがしかし、これではリンは飲めない。
「この子の分はこれでお願いします」と言って俺は小さな木の深皿をメイドに渡した。
この豪華なお城に木の皿は似合わないにもほどがあるが、気にしない。
横に座った側近がフフッと笑った。
「アーノルド様にため口で、メイドに敬語とは……」
あ、確かに。
お茶と一緒に出されたのはシフォンケーキの生クリーム添え。
「リン、このケーキ食べる?それともさっき買ったやつにする?」
俺の膝の上で寝落ちしかけていたリンが顔を上げた。
「アーノルドのおうちにもおいしいものがあるんだね」
「どうやら合格かな……」
アーノルドが苦笑いしている。
紅茶は芳醇な香りですっきりと飲みやすかった。
茶葉もいいものを使っているのだろうが、いい茶器で丁寧に茶葉を開かせているからだろう。ううーん、ピッチャーで紅茶を入れるのはやっぱ無理があるかなー。いい茶器を買おうかなぁ。
お茶を飲んで少し落ち着くと、アーノルドは手を前で組み、話し始めた。
「カイトに話したかったことは、過去の神獣と神の使徒のことなんだ」




