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底辺から掴み取る、自由でおいしい毎日  作者: KAY
第一章 メイダロン編
2/78

従魔

魔力?

ああ、記憶の中の父さんも俺に魔力があるって喜んでいたな。

俺に魔力があるのか。とっくの昔にあきらめていたのに。


魔力ってどうやって確かめるんだろう?

そう思いながら手のひらを見つめると、手のひらがじんわりと暖かくなるのを感じた。これが魔力なのかな?そう思いながら、カバンからボロボロのナイフを取り出してみる。養父母のための料理や魔獣の解体に使う道具だ。


ナイフを握った手から不思議な力が解き放たれる感覚があった。

これが魔力なのか?


「えぇぇ?そんなちいさなナイフしかもってないの?せっかく「とうけんのまりょく」があるのにぃー」

口を尖らせる子犬の言葉に驚く俺。刀剣の魔力?俺に刀剣の魔力があるのか?

それって魔獣を倒せるってこと??


「それだけじゃないよ。もうひとつあるよ!」


子犬に言われて俺は自分の体を見まわしてみる。

あれ?なんか変な感覚がある。

その感覚にいざなわれるがままに、ナイフを収めてみる。

消えた!

直感に従い、再びナイフを取り出してみる。出てきた!


これって収納魔法だよな。

それは千人に一人あるかないかと言われているスキル。

その容量は千差万別だが、最も小さいもので背負子3つ分ほどと言われている。

それでもそのスキルがあれば一生仕事に困らないと言われるレアスキルだ。


マジか……。この魔法をあいつらは封印していたのか。

「俺の容量はどのくらいなんだろうな」

ぼそりとつぶやいた俺に子犬が目を輝かせて答えてくれた。

「うんとねー、カイトのはおおきすぎてね、わかんない!」


それってこのフェンリルが子供だからわからないのか、大きすぎて本当にわからないのか微妙だな。ちょっとだけ疑う気持ちで子犬を見てしまった俺。

「それとカイトのしゅうのうは、えっと……、あれ?じかんていしって、どういういみだろう?」


時間停止……。

それは狩った魔獣を腐らせることなく保存できるということ?

収納した食料がいつも出来立てのまま保存できるということ?


収納スキルによっては時間経過を遅くすることもあると聞いたことがあったが、時間停止というのは聞いたことがない。ちょっと凄すぎて理解が追い付かないぞ。


改めて自分の収納に意識を集中させると、収納されているものが浮かび上がってきた。今日初めてその存在に気付いたはずの収納だが、いくつかの物が収納されていることに気づいたのだ。


着替え一式。6歳児用の小さな服。

そして一枚の紙。書いてあるのは……、

「カイト・マルフォム6歳。母、ミア・マルフォム。アルダラム国レーヴェンス領ダダン村」


ああ、これは母さんが俺のために用意してくれていたものだ。

まさか魔力を封印されるとは思っていなかったのだろう。

これがあればいつかは母のもとに戻れたはずだ。

レーヴェンス領、どこだろう?


まともな教育を受けさせてもらえなかった俺はこの世界の地理には明るくない。

町で騙されないために、そういわれて読み書きと計算だけは養父母に教わっていたが、記憶が戻った今、それらの教育ですら実の父母から与えられたものだと分かる。


さあ、どうする?俺。


もし前世の記憶がなかったら、俺は怒りに任せて無鉄砲な行動を起こしていたことだろう。だけど記憶を取り戻した今、冷静に次の段取りを考えることができる。


今の俺には1ギルの金すらない。

でも養父母の金を盗むような真似はしたくない。

俺からすべて奪ったとはやつらだとはいえ、俺は自分が泥棒のような真似をすることを許さない。


そうか。俺が犯罪に手を染めるのを防ぐために、封じられた記憶だけでなく前世の記憶も呼び戻してもらえたのかもな。そう考えると腑に落ちた。


目の前でちょこんと座る子犬、もといフェンリル。この子に出会えなければ俺は明日も明後日も、ずっと変わらず底辺の生活を余儀なくされていただろう。

「ありがとな、俺の記憶と魔力を解放してくれて。君の名前はなんていうの?」


こてん、と首をかしげて俺を見上げる子犬。

「ボク、まだなまえないんだ。カイトがつけてよ」


え?まだ名前がないの?本当に生まれたばかりなんだな。

「君はお母さんと離れて寂しくないの?お母さんはどこ?」

自分の記憶と重ね合わせてつい悲しくなってしまったが、子犬は不思議そうな顔で俺を見た。

「ボクらはおかあさんからはうまれないよ。せいれいのちからがあつまってひとつになったときにうまれるんだよ」


精霊の力。うーん、分かるようで分からないような。どういうこと?それ。

まあ、不思議な力はいっぱいあるよね、なんせ魔法がある世界だから。


「名前がないのは不便だね。お返しになるかどうかわからないけど、俺でよければ名前を付けようか?」

そういうと子犬は嬉しそうにしっぽを振った。

期待を膨らませ、らんらんとした目で俺を見つめてくる。


「リン、はどうだろう?」

うっすらとした記憶の向こう側、前世の俺が飼い犬をそう呼んでいた。


次の瞬間、きらきらとした光の糸が俺と子犬をつなぎ、すぐに消えた。


「リン!ボクはリン!」

わっふ、わっふと喜びを爆発させ、俺の周りをぐるぐるとまわり始める。

「きょうからボクはリン!カイトのじゅうまだよ!」


え……?従魔?


従魔ってあの従魔?

強い力で魔獣を打ち従え、テイムしたものだけに許された特別な魔獣。

噂に聞いたことはあっても見かけたことはないレベルだ。


いや、俺、リンを倒してもないし、テイムもしてない。

名前を決めただけだよ?

「ねえ、リン。俺はテイマーになるつもりもないし、リンを従わせようとも思わないんだけど」


戸惑う俺に、リンはちょっとむすっとした。

「ボクらフェンリルはテイムなんてされないよぉ。そのへんのまじゅうといっしょにしないでよね!」

「テイムされない?じゃあ、神獣の従魔って何?」

「うーん??よくわかんない!」

ガクっっ。そうだった、リンはまだ子供だった。


目の前にいる真っ白で小さな生き物を見つめる。

ちょっとむくれた後、すぐにケロッとしてしっぽ振っている。

そんなリンを見ていると、今日まで閉ざしていた感情が解き放たれていく気がした。生き抜くためにフタをしてきた感情。優しさや愛おしさという名前のもの。


かわいい。ただそれだけ。

ただそれだけが今までの俺の生活にはなかった。


「じゃあ、俺と一緒に行くか?」

今の俺は金もないし家もない。リンに与えてやれるものは何もない。

でも気づけばそう言っていた。


「うん!ボクがカイトをまもるよ」

そう言って嬉しそうに俺の胸の中に飛び込んできた。慌てて抱きとめる。


そうか、俺を守ってくれるのか。

大きな姿で言ってくれればまだ信ぴょう性はあるけど、そのかわいらしい姿で胸を張られてもなぁ……。ふふふっっ。思わず笑ってしまった。

ああ、笑ったのはいつぶりだろう。


だけど養っていけるのかなぁ、俺。

「リンはどんなものを食べるの?」

「まじゅうをおそってそのままたべてた。でもさっきカイトにもらったごはんのほうがずーっとおいしかった!」


そりゃそうだろう。生肉とホットドッグじゃ比較にもならん。

「さっき食べたのはホットドッグだよ。でもあれを買うには金が要るんだ。俺は一文無しだからな~」

「ホットドッグ!あれはホットドッグっていうんだね!どうやったらかえるの?」


あ、今魔獣を襲ってたって言わなかった?

「リン、もしかして魔獣を倒せるの?もしそうなら、狩った魔獣を売ればホットドッグが買えるぞ」


「そうなの?じゃあたおすよ!いっぱいたおす!」

俺の腕の中でちっちゃなもふもふが得意げに俺を見上げる。

うん、やっぱりかわいい。


そうか、俺にも守るべきものができたんだ。リンは俺の家族……なのかな?

よし!守ってもらうばかりじゃだめだ、俺もリンを守っていこう!


そうと決まれば次の行動を決めなければいけない。

記憶を取り戻した以上、あの養父母の言いなりになるのも顔を見るのも嫌だが、それでも一度あの家に戻り作戦を立ててから動くのが得策だろう。


しまった。かなりの時間をロスした。

このまま帰ったら遅くなったと罵られ、また殴る蹴るの暴行を受けることになる。

あと少しの我慢とはいえ、それは避けたいな……。

町で買った食品や酒を荷車ごと収納にしまい、全力で走ったら少しはマシか?


さっそくそれらを収納に収めてみる。

あっさりと入った。

なんとなくだが、かなりの収納力がある気がする。まだまだ入りそうだ。


「よし、リン、走るぞ!」

リンを抱きかかえて走り始めた俺。


「なになに~?はしるの~?」

俺の腕の中で頭をもたげてリンが聞いてきた。

「おお!遅れるとめんどうだからな!」


「わかったー!」

と、俺の腕からぴょんっと飛び出し、リンは大きなフェンリルの姿になった。

「カイト、のって!」


乗れるのか?確かにポニーほどの大きさはあるが。

俺が乗りやすいようにちょっと腰を落としてくれ、恐る恐るまたがる。

ふわふわの毛が心地いい。

俺が首の後ろにつかまると、リンはすくっと立ちあがった。


「つかまった?はしるよ~」

次の瞬間、全速力で走り始めたリン。

おぉぉぉぉ!!!早い!!


時速50kmくらいだろうか。

森の木々の間をすり抜けて走るから、体感的にはもっと早く感じる。

俺はリンにしがみつきながら、流れる景色を見ていた。

「すげぇぇ、気持ちいい~!!」


いつもは1時間かかる高台から家までの距離を数分で来てしまった。

リン、最強か?



家の少し手前でリンから降りた。

「リン、ちょっとの間、ちっちゃくなってこの小屋で待っててくれる?そうしたらその後、一緒に狩りに行こう!」


家から離れた場所に立つ小屋。夏は暑く、冬は寒い。

隙間風が入り込み、雨が降れば雨漏りもする。

小屋の中には自分が寝転がれる程度の藁とボロボロの薄い毛布が1枚あるだけ。

それが俺の部屋だった。


小屋の中にリンを入れると、収納から荷車と買ってきたものを出し、何食わぬ顔で家に入った。

「ただいま戻りました」


奥の部屋から養父母の陽気な声が聞こえる。

昼間っから酒を飲んでいるのか。

玄関先の土間を見ると、ビッグホーンディアが置かれていた。

ああ、これか。今日はいい獲物が狩れて、機嫌がいいんだな。


いつも養父が狩ってくるのは30kgほどのリトルボアだ。うまい肉だがこの辺りではよく狩れる魔物で100ギルほどにしかならない。

それに比べてビッグホーンディアは肉も皮も角も重宝され60kgほどの一頭が500ギルになる。一度に運べなかったのかすでに解体され、肉と皮に分けられていた。


ちなみに1ギルでパンが2個買えるから、前世で言うと100円くらいだ。

1ギル=鉄貨1枚=約100円

10ギル=銅貨1枚=約1,000円

100ギル=銀貨1枚=約10,000円

1000ギル=金貨1枚=約100,000円


1ギルより下の通貨はない。

また、大きな数字が分からない人のために「鉄貨3枚」などと言うことも多い。


500ギル(5万円ほど)のディアを収獲でき、まだ日が高いうちから宴会なのだろう。

がらりと引き戸が開き、顔を赤らませた養父が出てくる。

「買ってきたものを出せ」


俺は運び込んだ酒とパン、野菜、塩を並べ、おつりを手渡す。

「これだけか」

「あとはこれを買ってきました」

炒った木の実が入った袋を差し出した。


「気が利くじゃねぇか」

にやりと笑った養父はご機嫌に奥の部屋へと戻っていった。


「薪を拾いに行ってきます」

そう奥の部屋へ声をかけると養母の声が飛んできた。

「水も汲んできな。それと戻ったらそこのディア肉でシチューを作るんだ」

「分かりました」


感情を抑え、淡々と受け答えをする。

昨日まで当たり前だったことが、なぜこんなに苦痛なのだろう。

いや、人としては今のほうが健全か。


こいつらは犯罪者だ。

子供をさらい、記憶と魔力を封印し、暴力で支配してきた。

必ず罪を償わせてやる。


外に出るとようやく呼吸が楽にできる気がした。

よかった。養父母の機嫌がよくて。

暴力を振るわれたら、今はおとなしく殴られたままでいる自信はない。


小屋に戻り、じっと待っていたリンに声をかけた。

「リン、お待たせ。出かけよう!」


ドアを開けてやると小さなリンが俺の胸に飛び込んできた。

「かりにいくの?」

「おう!でもその前に水汲みと薪拾いなんだ。リンも手伝ってくれる?」

「てつだう~!」


胸の中でころんと丸くなっている白いふわふわの塊があたたかい。

俺の心に再び渦巻き始めたどす黒い感情を、リンが一瞬で消し去った。


リン、やっぱり最強。

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