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底辺から掴み取る、自由でおいしい毎日  作者: KAY
第一章 メイダロン編
19/78

領主アーノルド

夜明け前に俺は目を覚ました。

最近は朝ゆっくり寝ていたが、今はやはり気を張っているらしい。

いつ何時、領主から派遣された騎士が俺を拘束しに来てもおかしくはない。


俺の枕もとでころんと小さく丸まって眠るリンの背中をなでてみる。

リンはこう見えて敏感だ。

そのリンが夕べの会話には全く興味を示さなかった。

リンにとってはきっと人間の身分も権力も意味をなさないし、気にする必要もないものなのだろう。


取るに足らないもの、警戒にすら値しないもの、か。

ふふっ、やっぱりリンは最強だな。

だったら俺も、ここで堂々と構えていよう。


眠ったままのリンを抱き上げ、薄暗い階段を降りる。

中庭でいつも通り洗濯をしているとムーラさんが起きてきた。

「あら、カイトさん、早いわね。眠れなかった?」


「おはようございます、ムーラさん。十分眠れましたよ。でもちょっと早く目が覚めてしまいました」

「眠れたのならいいけど。うふふっ、リンちゃんはぐっすりね」

「リンの辞書には早起きと言う言葉はありませんから」


ムーラさんは俺の隣に来てしゃがみこみ、丸まって眠るリンの背中をそっとなでた。

「きっと大丈夫。だから突然いなくなったりしないでね。リンちゃんが突然いなくなったら寂しいわ」


普段は控えめで主張をしないムーラさんだか、リンのファンだったか!

「もちろんカイトさんもよ」

明らかに俺はおまけだな。


「ここを出ていくにしても、きちんと見届けてからにしたいと思ってます。ゴルデス夫妻のことも、クソ領主のことも」


ゴルデス夫妻に関しては法の下で裁いてもらうと決めていたが、今回の件は領主と言う圧倒的な存在の前に法が働くとは思えない。

それでもこの世界がどう動くか見届けたい気持ちがある。

どうしてもだめならリンと一緒にこの領から去ればいい。

立ち去った先へもしつこく追いかけてくるようならそれなりの対処をさせてもらおう。


そう考えて、思わず笑ってしまった。

つい先日までゴルデス夫妻の暴力の下で言いなりになり、土下座すらしていた俺が、記憶を取り戻した途端に強気になったもんだ。


領主と言えば、領都コリンバースの中央にそびえる城の主。

領地内では絶対権力者だ。

その領主に対して「それなりの対処をさせてもらおう」だもんな。


でもそれでいい。

卑屈になってまで平穏に生きていこうとは思わない。

それなりに自由の代償を払う覚悟はできている。


「あら?覚悟が決まったのかしら。いい顔してるわ」

ムーラさんが俺の顔を覗き込んで笑った。

「はい、おかげでかなり落ち着きました。きっと大丈夫ですね!」


そういえば今夜の分の宿代がまだだった。

いつもの通り5泊分の宿泊費と食費を払うと、ゼットンさんがニヤリとした。

「少なくとも今夜いなくなることはなさそうだな」


今日の朝食も野菜たっぷりメニュー。

ズッキーニのオムレツに、ベーコンとピーマンのソテー、人参サラダ。

俺、いつか旅に出られるのかな?ゼットンさんのメシなしで生きていけるのかな?


「リン、今日は何をしようか」

ゆったりと朝食を楽しみながら、リンに話しかけた。

「なんでもいいよー。カイトといっしょならなんでもたのしいし、なんでもおいしい!」


ははっ、聞いてないふりして昨日の話をしっかり聞いてやがる。

一緒だよ、俺とリンはずっと一緒だ。


朝食後、俺とリンは外へ出た。

「ジョージさん、おはようございます」「おはよー」


俺にとってはゼットン夫妻と同じくらい大切な人達だ。

話をしておく必要がある。


「カイト、リン、おはよう!」

いつもと変わらぬ様子で声をかけてくれるジョージさん。


「ちょっとジョージさんにお話があって……」

そう声をかけると「聞いたよ」とあっさり返事があった。


昨日、フランクさんが立ち寄って話してくれたそうだ。

こんな話を聞いても、いつもと変わらず接してくれるんだなぁ。

ホント、いい町だよ、ここは。


「何があってもリンと一緒なら大丈夫って思っているんですけどね。もし急にこの町を出ることになったら、ジョージさんのパンを買いだめできないことが心残りで」

俺程度のパンならどの町でも買えるぞー、心残りがそれかよ!とジョージさんに笑われたが、リンと俺にとっては最重要課題なのである。


「じゃあ、パンを焼くの手伝うか?教えてやるぞ」

え?いいんですか?それは楽しそうだ。


奥にいたルーシーさんに店番を変わってもらい、ジョージさんの後ろについて奥の部屋へ入った。薪式の大きな石窯と、どっしりとした調理台。

壁には大きなガラス瓶とボールがずらっと並んでいる。


「干しブドウの酵母とトマトの酵母、こっちが酵母液で作った元種だ」

マジか。道理でジョージさんのパンはふかふかのはずだよ。


「丸パンとホットドッグか?何個欲しい?」

「何個でも!焼けるだけ買います!」


エプロンをして作業開始だ。ジョージさんの指示のもと、小麦粉と元種、少量の塩、砂糖を混ぜ合わせ、水を少しずつ入れながらこねる。こねてこねて、ひたすらこね、仕上げに少量のバターを加えてさらにこねる。表面がつるんとしたら一次発酵。2~3時間ほど寝かせている間、俺は次の生地をまたこねる。筋肉痛になりそうだ。


この作業をひたすら繰り返し、5個の大きな丸い生地が完成。

最初に作った生地の一次発酵が終わるまで、まだ1時間ほどかかる。

「昼メシにするか?」


「わーい!」

ジョージさんに声をかけられ、真っ先にリンが声を上げた。

リン、ずっと見てただけだろ?頑張ったのは俺だと思うんだけど。


「あ、俺、スープならありますよ」

「あら、いいじゃない」

そう言いながらルーシーさんがゆでキャベツとゆで卵のサラダを用意してくれた。


ジョージさんの焼きたてパンとルーシーさんのサラダ、俺とゼットンさん作のスープ、そして食べる専門のリン。最高のランチだな。

食後に俺がケーキと紅茶を出して楽しんだころには一次発酵が完了した。


一つずつパンのサイズに成型して二次発酵。二次発酵はそれほど時間がかからないため、発酵した先からジョージさんが石窯で焼いてくれる。


石窯から出されるパンはふっくらと膨らみ、こんがりと焼き目がついている。

「おっきくなったねー!」

完成したパンを見て、リンがしっぽをぶんぶんと振った。


丸パンは焼きたてを即収納。ホットドッグはグリルしたソーセージと刻んだピクルス、ケチャップをはさみ、竹の皮でくるんで収納していく。気づけば丸パン200個、ホットドッグ100個できていた。


「カイトは意外と器用なんだねぇ、ずっとうちで働いてもらいたいくらいだよ」

ルーシーさんにも褒められた。

達成感!


丸パン2個1ギル、ホットドッグ1個3ギル、合わせて400ギルを支払うと「これだけ働かせておいて普通の値段で売るのはなぁ」とジョージさんがあごに手をやった。

「いいんです。今、俺、稼いでるんで!」

ちょっとドヤ顔になってしまった俺だった。


全てのパンを焼きあげて収納に入れたまさにその時、マーティンが飛び込んできた。

「カイト!ここにいたのか!」


嫌な予感しかない。

「すぐに宿に戻れるか?領主様がゼットンさんの宿にお越しだ!」


えぇぇ?!クソ領主じきじきにお出ましですか?!

まあ、いい機会だ。そのツラをじっくり拝ませてもらおう。


コートのポケットにリンを入れ、そっと手を添える。

大切なものは収納とポケットに全部入っている。大丈夫だ!


「カイト、リン、気をつけて行ってこい!」「あんたたちなら大丈夫だよ」

ジョージさんとルーシーさんに見送られ、俺たちは宿へ向かった。


「カイトを連れてきました」

緊張した声でマーティンが挨拶する。

普通、新人警吏が領主に直接会うことなんてそうそうないだろう。


「おお、カイト、お帰り」

カウンター越しにいつも通りのゼットンさんの声がした。この人も大物だよな。


「ただいま帰りました」

そう言って中に入ると……、いた!


食堂の椅子で長い足を組んで腰かけているのは30代半ばくらいの男性。

黒の刺繍が施されたボルドーカラーのフロックコート。黒いシャツと黒のパンツ、皮のブーツ。派手すぎず、質の良い仕立てのものばかりだ。

悔しいが、かっこいい。


隣には側近らしき二人の男性が座り、脇を固めるように騎士5名が立っている。

明らかに田舎町の宿の食堂が似合わない8人。浮きまくりだ。


「こちらはビルケッシュ領主、アーノルド・ビルケッシュ伯爵様だ」

騎士の一人に言われ、マーティンは急いで頭を下げた。

俺は、会釈すらせず、領主をにらみ返す。


「リン、起きてる?何かあったらこのままここを出るからね。この人たちがどんなに意地悪でも、ケガをさせちゃだめだよ」

彼らに聞こえるように、わざと大きな声でリンに話しかけた。


騎士たちは不快そうな表情をし、一歩前に出る。

「貴様……」


すると、騎士たちを制するように領主が立ち上がり、数歩前に出た。

お!やるか?


と、彼は右手を胸に当て、すっと頭を下げたのだ。

え?あれ?なにが起こった?


「この度は、我が臣下が勝手な真似をし、貴殿と神獣殿に大変不快な要求を突き付けたと聞く。神の使いであるお二方に対して礼を欠く行い、誠にすまなかった」


えーっと……、理解が追い付かない。

今回の理不尽な命令は、領主様じゃなくって臣下が勝手に下したということ?

そんなことできちゃうんだ。


「アーノルド様!領主が平民に軽々しく頭を下げては……」

眉をひそめる騎士に対し、領主が一喝した。

「黙れ!部下の失態は私の失態でもある。平民であろうと謝罪すべき時は頭を下げるものだ。ましてやこちらの方は神獣フェンリル殿が仕える御仁だぞ!」


悔しいが、かっこいいのは外見だけではなかったようだ。

平民にでも頭を下げるとか、いい領主じゃないか。


「ねえカイト、このひといじわるじゃないよ」

ポケットから顔を出したリンが俺を見上げた。

きれいごとを言ってるだけじゃなく、本当にいいやつみたいだ。


「それと、ほかのみんなもいじわるじゃないよ」

そうか。騎士たちも任務に忠実なあまり嫌な言い方をするだけで、根っから嫌な奴ってわけじゃないのかもな。


ちっちゃなリンに「いじわるじゃない」と言われ、緊張した面持ちだった騎士たちの顔が緩んでいく。だよな、だよなー。


頭を上げた領主の顔も心なしか緩んでいるようだ。

しかし、そこは大きな領地を治める領主である。礼は崩さない。


「フェンリル殿にそのように言っていただけるとは光栄だ。しかし、神の使いである貴殿をモノのように「差し出せ」などと、謝って許されるものではない。そしてフェンリル殿が仕えるお方をよりによって使用人とは……」


「もういいですよ」

エンドレス謝罪になりそうなので思わず遮った。

「撤回していただければそれで充分です。それよりも臣下が領主の名前で勝手に命令できちゃう方がまずくないですか」


「それに関しては申し開きもない」

領主の説明によると、今回の件はビルケッシュの分家で子爵にあたる人がやらかしたらしい。彼はその身分を笠に着て、領主の代理であるかのような行動をとることもあったのだとか。貴族だから周りもいさめることができず、領民に対しても横柄な態度をとる典型的なダメ貴族みたいだ。

やっぱいるんだなー、そういうやつ。


「私の名前を利用しつつ、その実、自分の利のために貴殿たちを利用としていたようだ。本当にすまない。今回のことでその者を役職から外したから、もう今後は迷惑をかけないはずだ」

すっと姿勢を正す立ち姿は、謝罪をしていてもなお威厳がある。さすがだ。


「それともう一つ、礼を言わねばならない。瑠璃いちごを摘んできてくれたのは貴殿であるとか。おかげで母の病気は回復のめどが立った。感謝申し上げる」

あー、そうだった。人助けしたつもりがひどい反撃をくらってたんだな、俺。


「瑠璃いちごを見つけたのもリン、俺の従魔です。お礼ならこの子に」

俺の言葉が無駄に得意げなのは許してほしい。だって自慢の従魔だからな!


「お詫びとお礼を兼ねて、貴殿の希望があれば可能な限り応えよう。何か望みはあるか?」

おお、なんだか日本昔話みたいな流れだなー。


「では一つ。貴殿とか言われるのはガラじゃないんで、カイトと呼んでいただければ」

「カイト殿」

「いえ、殿っていうのもちょっと……」


はっはっは、と突然領主が笑い出した。

「カイト殿、いやカイトは本当に欲がない。望みをかなえると言って出てきた希望がこれだとは」


領主に悪気はない。生まれながらの貴族なんてそんなもんだろう。

でも俺はカチンときてしまった。


「欲はありますよ、当たり前じゃないですか。毎日うまいものを腹いっぱい食いたい。欲なんてそんなもんですよ。領主様は何日も水だけで空腹をしのいだことはありますか?ただひたすら養父母から殴られないことだけを望む絶望した日々を過ごしたことがありますか?」


俺の声のトーンが冷たくなったことで領主もはっとしたようだ。

「これは失礼。カイトの事情を聴いていたにもかかわらず失言だった」


食堂を気まずい沈黙が包む。

「私からも一つ頼みがあるのだが」

領主が沈黙を破った。

「何でしょう」


「私のこともアーノルドと呼び捨てで呼んでもらいたい。敬語も不要だ」

いやいやいやいや、何言ってるの?この人、伯爵だよね?あの城に住んでるんだよね?

「ムリだろ、それ……」


俺のつぶやきをしっかりと拾って領主は笑い出した。

「単に自慢したいんだよ、私が。神の使いである方と、カイト、アーノルドと呼び合う仲なんだぞって。できればフェンリル殿もリンと呼ばせていただいたい」

なんだよそれ、かっこよすぎだろ、この領主。いやもうアーノルドでいいか。

身分も年齢もめっちゃ上だけどな!


「ボクはリンだよー」

うん、知ってる。みんな知ってる。

食堂全体がほんわかした空気に包まれ、これで話し合いも終わりかと思ったその時。


「カイトが希望を言わないなら俺から言わせてもらうぞ」

突然、玄関の方から声がした。


おお、武器屋のおやじ、コーゲイさんだ。いつの間に。

「コーゲイさん!お久しぶりです!」

声をかけたのはアーノルド。あれ?コーゲイさんと知り合いなの?

やっぱコーゲイさん、ただモノじゃねぇな。


「アーノルド、お前にしてはお粗末なことをしたな」

「すみません、お恥ずかしい限りです」


「それで、希望とはどんなことでしょうか?」

アーノルドがおずおずと尋ねる。


「フェンリルだけじゃなく、カイトの魔力もこの領やこの国を救う日が来る。それだけの力を持っているよ、こいつは。だけどさ、俺がこいつに用意できた剣はあんま強くねぇんだよ。こいつの魔力と駆け合わさればどんな魔獣も倒せるが、なんせ耐久性がない。強い相手だと2,3度切りつけるのが限界だ」


それほどの力……、そう言ってアーノルドが息を飲む。

「だからこいつの魔力に合う剣を見つけてやってほしい。あ、金はカイトが払うからな。いくら高くても構わないよ」


おーい!いい話だと思ったのに、俺が金を払うんかい!

「俺、1ギルも持っていない底辺生活から脱却してまだ十日ほどなんっすけど」

俺のささやかな反論を全く意に介さないコーゲイさん。

「大丈夫、大丈夫。お前なら払える」


だから、決めつけるなー!!俺は伝説級の魔物を倒すことに興味はないんだよ。リンと一緒に毎日おいしいものが食べられればそれでいいんだから!

「伝説級の魔物を倒したら、報奨金でどんな剣を買ってもお釣りで毎日うまいものを食べ放題だぞ」

「倒します!ドラゴンでもバジリスクでもなんでも倒しますとも!」


調子のいい俺の言葉にみんなが笑い、国中を探してでも最高の剣を見つけようとアーノルドとコーゲイさんが勝手に約束して、今度こそお開きとなった。

そこそこの値段でお願いしますよ!


馬を飛ばせば今日中に領都に帰れるというアーノルド達。


「カイト、次にコリンバースに来るときは城にも立ち寄ってくれ」

事前のアポイントなしで押し掛けてよいものなの?そう聞くと、領内を走り回っていることは多いが、たいていその日のうちに帰るから城で待っていてもらえるよう取り計らっておくとのこと。俺の待遇改善がなんだかすさまじい。


「ケーキがそろそろなくなるので、リンが泣く前に買いに行こうと思ってます」

敬語、やめろ。アーノルドにそう言われる。

いや、年上かつ貴族にため口って、ハードル高いわ。


「城にも泊っていってくれよ。部屋は用意しておく」

「ゼットンさんよりおいしい晩ご飯を用意してくれるなら考えてもいいかなー」

調子に乗った俺の頭をアーノルドが軽く小突いた。


「邪魔したな」

アーノルド一行が颯爽と宿を出ていく。


彼らを見送った後、俺はどっと疲れて椅子の上に崩れ落ちた。

なんだかんだいって、緊張していたらしい。

そして完全に床に座り込むマーティン。うん、緊張マックスだったよな。お疲れ。


とりあえず一件落着、かな?


直後に帰宅したクリストフたち4人に事の顛末を伝え、ホッとして皆でグラスを傾ける。今夜もゼットンさん渾身の夕食がうまい。

いろいろあったが、結果オーライ。

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