急転
翌日。
まずはブリックのところへ行き、マッドブルの買い取りをしてもらう。
「おおー、リン!久しぶり~!今日もかわいいなぁ~」
ポケットから身を乗り出しているリンの頭をなでるブリック。
いや、それほど久しぶりじゃないぞ。
「ブリック!おはよう!」
やはりブリックだけは呼び捨てのリン。どういう位置づけなんだろう。
アイドルとファンクラブ会長か?
「カイトは最近何を狩ったんだ?」
「あー、スノウラビットを……」
ブリックが呆れた目で俺を見た。
「1羽って顔じゃねぇな」
ま、まあな。
「で、スノウラビットはどうした?コリンバースへ売りに行ったのか?」
「はい、スノウラビットと、あとマッドブルも4頭買い取ってもらいました」
まじかー、そのうちカイトはビルケッシュ領一の金持ちになるんじゃねえか?
ブリックがつぶやいた。
底辺の生活を卒業してまだ10日ほどなんだけどな。
日ごとに金持ちになっていくようで、俺も驚いているよ。
マッドブル1頭の買い取り後、ブリックと別れて、俺たちは薬草摘みに出た。
サマンサさんに次の薬草は5日後以降に持ってこいと言われている。
きっちり5日後に薬草を持っていく必要もないのだろうが、慢性的な薬草不足らしいから少しでも役に立てたらいい。
午前中いっぱいかけて水晶苔を中心に薬草や果物を摘み、昼過ぎにはガルレイの町へ。
サマンサさんは「またこんなにたくさん持ってきて。年寄りをこき使うもんじゃないよ」と言いながらも嬉しそうに半分ほどの薬草を選び、買い取ってくれた。
先日の薬草は調合した端から売れていき、特に水晶苔の薬はコリンバースからも買い付けに来たそうだ。
「水晶苔はコリンバースの薬局にも売ったんですけどねー」
「街の規模が違いすぎるよ。あの街じゃいくらあっても足りないね」
カイトのおかげで助かった冒険者や騎士がいるんじゃないかい?そう言われると悪い気はしない。これからもコツコツと採取しよう。
この町でも瑠璃いちごの薬を常備しておきたいと、瑠璃いちごも少し買い取ってくれた。
「これはどこでも必要だからね、この小さな町では少しだけにしておくよ」
それから久しぶりに本も購入。
まずは魔獣図鑑。これもカラーのため1冊2000ギル。
その他にこの国の伝説や冒険などの物語700ギル3冊。
法律などの本だけでなく、小説から得られる情報もあるからだ。
しかし、やはり俺の金銭感覚、崩壊ぎみだな。
1冊20万円や7万円の本をためらわずに買うようになるとは。
サマンサさんの店を出た後、屋台で遅めのお昼を食べ、先日定休日だった菓子屋で菓子を買い、紅茶も買い足す。
ガルレイでの買い物を終えると、天気が良かったのでリンと出会った高台へ向かった。
そこでお茶を沸かしてリンに菓子を食べさせ、その横で俺は買ったばかりの本を読む。
のんびりした午後。
いい一日だなぁ、なんて思ってたんだ、その時までは。
「ただいま帰りました!」「ただいまー」
日が傾きかけた頃ゼットンさんの宿に帰ると、食堂からフランクさんが顔を出した。
「おお、お帰り。待ってたよ」
ゴルデス夫妻の件、何か進展があったのかな?
その割にフランクさんの顔色があまりよくない。どうしたんだろう。
「帰ってきたばかりですまないが、ちょっと座ってもらえるか?」
フランクさんに請われ、俺は小さなリンを膝の上において椅子に座った。
「カイト、帰ってきたのか!」
玄関からマーティンが飛び込んできた。
俺が戻ってきたのを詰所から見て、急いで来てくれたらしい。
フランクさんの隣に座るマーティン。
「お、座れるようになったんだ」
「おう、なんとかな。俺も大人の階段を一つ上がったよ」
大人の階段ってそういうものだったか?
屈託なく笑うマーティンに、陰は見られない。
「マーティンは何の話か聞いてるの?」
「いや、俺も同席しろって言われてるだけなんだ」
俺の隣に、ゼットンさんとムーラさんが座る。
「夕飯前の忙しい時間にすまん」
フランクさんがゼットンさんに軽く頭を下げた。
「かまわん、どうせ気になって仕事にならんからな」
「実は……」
「「「「たっだいまー!」」」」
タイミング悪く(?)4人組が帰ってきた。
「あれ?みんな揃ってどうしたんすか?あ、俺ら席外したほうがいい?」
クリストフが重そうな空気を読み取った。
俺たちはフランクさんを見る。
「構わんだろう。どうせ早かれ遅かれ、広まる話だ」
4人が隣のテーブルに腰掛け、俺が人数分の水を出す。
一口水を含み、「やっぱり山の水はうまいな」と呟いたあと、フランクさんはまっすぐ俺を見た。
「俺の立場上、上からの命令をそのまま伝える」
その場にいる全員の目がフランクさんに向けられた。
「ビルケッシュ領主、アーノルド様からの命令だ。フェンリルを領主様に差し出すこと。また、その飼い主であったカイトは、領主邸の使用人として仕えよ、以上だ」
はぁ???
俺は思わず立ち上がった。
リンが驚いて飛び上がり、机の上に乗る。
慌てて俺はリンを腕に抱く。
何を言ってるんだ、領主というやつは!
リンを何だと思っているんだ。
神の使いで、メイダロンのアイドルで、そして俺の大切な相棒だ。
モノじゃない!!
俺を使用人?
ふざけるな、ようやく得た自由だ!
人権なんて言葉はまだ存在しない世界だが、俺とリンの自由だけは何があっても守る。
ガタッと椅子を倒してマーティンも立ち上がった。
「いくら何でもひどすぎます!領主様でも、やっていいこととダメなことがあります!」
隣の4人も立ち上る。
「あり得ないぜ!住みやすくて、飢えた人も少なくて、いい領地だと思ったんだけどな」
「領主がクソだったか!」
ゼットンさんの手が俺の肩に置かれた。
その手が震えている。
「まあ、落ち着けや、一度座れ」
若者たちは納得のいかない顔のまま、どかっと座り直した。
俺もリンを抱いたまま椅子に座る。
「カイト、お前はどうしたい?」
俺の心は決まっている。自由を手放すつもりはない。
「俺は誰にも仕えるつもりはありません。そしてリンは、意志を持つ神獣です。領主様であっても、もちろん俺でも、所有という概念はあり得ません」
そうだよな、当然だ。ゼットンさんもうなずいてくれる。
「命令に従わない場合はどうなるんですか?」
俺はフランクさんに聞いてみた。
どうなろうとも従うつもりはないが、知っておく必要はある。
うーん、とフランクさんが唸った。
「通常はその領にはいられなくなるな。他の領地に移り住んでも、受け渡し要求がされたら、その領にも住めなくなる」
ふざけるな。
ふざけるな。
俺の視界が怒りで染まっていく。
領主が何だ。
なぜ俺からささやかな居場所すら奪うんだ。
「通常は、と言っとるだろ。頭を冷やせ、カイト」
玄関から声がしてそちらを見ると、武器屋のおやじさんが立っていた。
「コーゲイさん!」
フランクさんが振り返って名前を呼んだ。
コーゲイさんっていうんだ。
メイダロンには毎日通っていたが、おやじさんが店から出てくることはほとんどないから初めて名前を聞いたよ。
「フェンリルは神獣だ。国王ですら敬意を表すべき相手だ。そして神獣が選んだ主人も、神の使いと同等とみなされる。カイトもまた、国王も一目置く存在だぞ。一介の領主風情が口を出せる相手ではない。アーノルドの若造がとち狂ったものよ」
「えー!そうなの?カイトってそんなにすごいの?」
真っ先に声を上げたのはヨークだ。
「俺ら、そんな人に昼メシ運んでもらってたよ」
俺はといえば、驚きすぎて固まってしまった。
マジか?
ってか、コーゲイさんって何者?「アーノルドの若造」って……。
「俺も聞いたことがある」
ゼットンさんが俺の肩に手を置いたまま話し出した。
「神獣も、神獣に選ばれし者も、常に公正であると言われている。だからこそ国を転覆させることも乗っ取ることもしないが、その気になれば国一つどころか大陸ごと潰すことも可能だと」
大陸ごと潰すって、なんだそれ、おっかないやつがいたもんだ。
って、あれ?それ、リンと俺のことか?
いやいや、俺のポケットに入るサイズの子犬(?)だぞ。
しかし、壮大すぎて実感がわかない話を聞いていたら、だんだんと冷静になってきた。
確かにリンと一緒にいたら怖いものなんてない気がする。
「俺たちはなんとでもなる気がしますが、俺がこのままここにいたら皆さんに迷惑がかかりますよね?」
バシっとゼットンさんに頭をはたかれた。
「お前が気にすることじゃねえよ」
そうは言ってもみんなはここに家があり、仕事がある。
ここにいられなくなるのは困るだろう。
俺の心配をコーゲイさんが笑い飛ばした。
「カイトもリンも神に使わされしものたちだ。堂々としてりゃいいさ。神の使徒たちに優しくしただけで罪に問うような領は、どちらにせよ立ち行かん」
いやホントにコーゲイさん、あんた何者だよ。
領主様を完全に下に見てねぇか?
「俺らは冒険者だからどこでも行けるぞ。この町は好きだけど領主はどうでもいい!」
「そうだ、そうだ!一緒に大富豪で遊ぶカイトの方が領主より何倍も大事だよ!」
ありがとう、ベレン、シモン。大富豪仲間と認めてくれて。
「俺は……」
大家族を支えるマーティンが唇をかんだ。
「気にすんな。俺と距離を置いていいんだぞ」
マーティンは家も仕事も失うわけにはいかないだろう。
「正義のために警吏になったんだ。こんな命令、くそくらえー!!」
おっと、マーティンが一番熱かった!
誰一人ぶれることのない言葉を受け、俺の緊張は少しずつ解けていった。
「ようやく笑ったな」
ゼットンさんが嬉しそうに立ち上がる。
「さ、晩メシにするか!」
「ごはん!!」
俺の腕の中でウトウトしていたリンがガバッと起きた。
「その前にみんなお風呂に入ってちょうだい。すぐに用意するから」
ムーラさんに優しくかつぴしゃりと言われて、反論できる奴はここにはいない。
「はい!入りまーす!」
「フランクさんもマーティンもコーゲイさんも、よかったら一緒に晩メシ食べませんか?たまには俺にメシとエールくらいおごらせてください」
この町には飲み屋はないから、たまに外で飲みたい場合はここの食堂になる。
まあ、宿泊客以外がここで食事をしたり飲んだりするのは稀なんだが。
「俺は帰って報告書を仕上げるから失礼するよ。マーティン、よければ残れ」
フランクさんが立ち上がった。
「報告書には何て書くんですか?」
つい気になって尋ねる。
「ありのままを書くさ。領主様には現実を知っていただく必要がある」
「俺も帰るわ。せっかく誘ってもらったが、ゼットンのメシよりうちのカミさんのメシの方がうまいからな」
コーゲイさん、結婚してたんだ。理不尽だ、なんだか非常に理不尽だ。
いつかは俺も嫁をもらう日がくるのだろうか?
結局4人組とマーティン、俺の、若者6人とリンが残った。
交代で風呂に入りさっぱりすると、俺の腹がぐうっと鳴った。あ、腹減ってたんだ、俺。
夕食はにんにくと生姜を利かせた塩唐揚げ、ベーコンと野菜たっぷりのスープ。
今日の酒は俺のおごりだ。グラスを高々と掲げ、乾杯する。
「乾杯!」
「くそくらえな領主に乾杯!」
「神の使徒様、フェンリル様、どうぞクソ領主に制裁を!」
俺たちはワイワイ騒ぎながら、調子に乗って何本ものエールを空けていく。
途中でゼットンさんがつまみを差し入れしてくれた。細切りのじゃがいもをバターで炒めただけのシンプルな料理が、ゼットンさんの手にかかるとなぜこんなにうまいのか。
ああ、この仲間たちには迷惑をかけたくないな。
いざとなれば俺とリンはこっそりとここを出て行こう。
そんな覚悟とは裏腹に、楽しい夜を過ごす俺たちだった。




