母の消息
今朝の朝食は、ほうれん草とベーコンのソテーに目玉焼き、きゅうりとセロリのマリネ。
今日も今日とて、幸せな朝食を楽しんでいると、フランクさんがやってきた。
「マーティンがレーヴェンス領から帰ってきた。カイトのおふくろさんにも会えたらしい。今日、話せるかな?」
俺の心臓がドクンと鳴った。遠い記憶の向こうにいる母親。
「俺も一緒に話を聞こう。うちに来れるか?」
すっかり俺の親代わりとなりつつあるゼットンさんがフランクさんに声をかけた。
それは心強い。
じゃあまた後でマーティン連れてくるわ、と言ってフランクさんは一度詰め所へ戻った。
朝食後、冒険者たちが出かけるのを見送り、俺は食堂でマーティンたちが来るのを待つ。
心臓がうるさい。落ち着け、俺!
ほどなくしてフランクさんとマーティンが宿に顔を出した。
「お帰り、マーティン!」
「カイト、ただいま!」
食堂に案内し、フランクさんとマーティンに椅子を勧める。
俺たちの向かいにドカッと腰掛けるフランクさんと、その横に立つマーティン。
「ええっと、立たれると落ち着かないからマーティンも座って?」
良かれと思ってマーティンにも椅子を勧めたのだが「無理!」と即答された。
むり?え?何が無理?
「カイト、お前も2日間早馬で駆け続けてみろよ、わかるから。夕べ、ようやく帰った家でもうつぶせで寝たんだよ、俺は」
あー、なるほど。ご愁傷さまでした、マーティンの尻。
俺の調査のために、すまん!
ムーラさんが紅茶を入れてくれ、俺はケーキを出した。
「ボク、これにする~」
リンが真っ先に選んだ。今日はプリンの気分らしい。
「カイト、お前……」
トレーに並んだケーキを見て、マーティンが呆れている。
何?俺は自重しないぞ。稼いだ金でリンにうまいものを食わす。ただそれだけだ!
皆にも好きなケーキを選んでもらい、俺の隣にゼットンさんとムーラさんが座ってようやくマーティンが話を切り出した。
「カイトのおふくろさん、ミアさんに会ってきた」
うん、それはフランクさんからも聞いた。
「元気だったよ」
そうか。元気ならそれでいい。
その先を聞きたいような、聞きたくないような……。
「カイトが誘拐されてからしばらくは、周りの人が見てられないくらい取り乱して大変だったらしいけど、今の旦那さんに支えてもらって立ち直ったらしい。今は再婚して、娘さんが二人いる」
再婚…………。
そうか、再婚してるのか。娘さんもいるのか。よかったな。
心にないことをつぶやいてみる。
「ミアさんに、カイトがビルケッシュ領で暮らしていることを伝えた」
今ごろになって俺が現れても母さんは戸惑うだけだろう。
「今さら息子が見つかったって言われても困るよな」
思わずそう言ってしまった俺に、マーティンがいきなりグーで殴った。
「何言ってやがる!!」
おま、それ、ガチなげんこつ!
「お前なぁ、ミアさんが今の旦那さんと再婚するときに出した条件、知ってるか?」
知ってるわけないだろ!
「カイトが戻ってきてあなたに懐かなかったら即離婚ね、だってさ」
おぉぉぉ、母さん、何言っちゃってるんだ。
でもそうか、俺はその頃、母さんにとっての一番だったんだ。
誰かの一番になれるっていいもんだな。
そんな人だからこそ、今の娘さんたちにもそれと同じか、それ以上の愛情を注いでいるんだろう
頭の中で考えていたつもりが、いつの間にか声に出ていたらしい。
「カイトはボクのいちばんだよ!」
テーブルの上に乗ったリンが俺を見上げながら胸を張った。
「そうか、そうか。俺はリンの一番か!嬉しいぞ!」
俺とリンのやり取りを笑ってみていたマーティンが、母さんの住所が書かれた紙を俺に渡してくれた。
「今すぐとは言わないから、ミアさんに会いに行ってやれよ」
今はダダン村を離れ、レーヴェンス領都のセルゲッカにいるらしい。
「母さんは、何か言ってた?」
「カイトはちゃんとご飯を食べているのか、今はどれほど大きくなったのかって心配してたよ。さすがにカイトが今まで受けてきた仕打ちは言えなかったわ」
そっか、ありがと。余計なことを言わないでおいてくれて。
「俺はカイトの親友だよって言ったらさ、カイトの代わりに抱きしめさせてほしいって頼まれて。お前の代わりに俺を抱きしめながら泣いてた」
ああ、もう十分だ。十分満たされた。
その言葉だけで俺はこの先、生きていけるほどに。
ゼットンさんの分厚い手が俺の肩に置かれた。
「いいおふくろさんだな」
「そうですね。ホントそうです」
それに、ゼットンさんの宿という帰る場所が今の俺にはある。
そこまで話し、マーティンが表情を曇らせた。
「たださ、今の旦那さんが病気で働けなくなっちゃって。ミアさんが働いて家族を養いながらお子さんの面倒も見てるみたい。ちょっと大変そうだった」
そうなのか。俺で役に立てることあるかな……。
「とにかく、カイトが持っていた6歳の時の服も、名前と住所が書かれた紙も、間違いなくミアさんが用意したもので、確たる証拠になったよ」
マーティンの言葉に、フランクさんが言葉を続ける。
「だからゴルデスたちの有罪はほぼ確定だ。量刑が確定したら知らせるからな!」
「マーティン、ありがとう。フランクさんもありがとうございました」
これで一件落着だ。
母さんの今の生活が大変そうなのは、なんだかもやもやしたままだけど。
詰め所へ戻る二人を見送ると、俺は大きく伸びをした。
「おふくろさんに会いにいかねぇのか?リンの足なら1日で行けるんだろ?」
ゼットンさんがまっすぐに俺の目を見て尋ねる。
そうなんだけど……。
ためらう俺に、ムーラさんも瞳を揺らして俺を見た。
「私たちには子供はいないけど、それでももし私がミアさんの立場だったらって思うと苦しくなるわ。今すぐにでも飛んできたいと思ってるんじゃないかしら?」
会ってどうする?母さんにはもう新しい家族がいるんだ。
こんにちは、俺は元気です、ではさようなら……?
「落ち着いたら会いに行きます」
いつかそのうち……。
ゼットンさんもムーラさんもそれ以上は何も言わなかった。ありがたい。
朝からなかなか重い話をしたが、まだ午前中である。
「リン、山の水を汲みに行きたいんだけど」
気分転換を兼ねて山の空気を吸いたい。
「いくー!」
ゼットンさんとムーラさんに一声かけて、俺たちは山へ向かった。
リンの背に乗って木々の間を駆け抜けると、もやもやした気持ちがすっと晴れていく。
これ以上何を望む?
俺は自由で、リンと言う最高の相棒がいて、母さんからは離れていても十分な愛を受け、メイダロンでは気のいい仲間に恵まれている。
最高じゃないか!
一週間ぶりに来た水汲み場では、今日も変わらず澄んだ水がこんこんと水が湧いている。
俺は収納から大量買いした水がめを出し、一つずつ水を溜めていく。
ゆっくりと水が溜まっていく様子を見ながら、七輪を出して湯を沸かした。
お茶を淹れ、石に腰掛けてほっと一息。
「おかしは?」
「さっきプリン食べただろ?」
そういいつつ、クッキーを出してやる俺。ううっ、リンに甘すぎる……。
「ここで昼メシにする?」
「ごはん~。あ、でもあっちにクリストフたちいるよ?」
レーダーのようにピコンと耳を立て、リンが西の方を見た。
よし、ランチデリバリー、行くか!
全ての水がめにたっぷりと湧き水を貯え、収納して俺たちは走り出した。
メイダロンの町の方へ少し戻った場所で、クリストフとヨーク、ベレン、シモンが獲物を探して歩いていた。肩には5羽の鴨を下げている。
「お!カイトとリンじゃないか!」
「お昼ご飯のお届けにあがりました」
笑いながら俺はスープの入った鍋を出す。熱々のままだ。
今日は深皿もスプーンも人数分あるぞ!
「カイトやリンといると、ギリギリの冒険者生活に戻れなくなりそうだ」
それぞれ岩や切り株に腰掛け、好きなスープを選びジョージさんのパンと一緒に食べる。
決して高級ではないが、狩りの途中でこのメニューは確かに贅沢だ。
「で、どうだったよ?おふくろさん」
汲んだばかりの湧き水を飲みながらクリストフが聞いてきた。
他の3人も俺を見ている。
「うん、まあ」
4人も心配してくれていたことが伝わってくる。
俺はマーティンから聞いた情報をそのまま話した。
自分の口で話すことで、さらに自分の中で消化されていく気がする。
「とりあえず、母さんが元気ならそれでいいかなって思って」
「で?会いに行かないの?」
シモンがドストレートに質問してくる。
「そんな単純な話じゃないだろ?カイトをそんなにせかすなよ」
兄のベレンがたしなめてくれてこの会話は終わった。
「ベレン達は午後どうするの?」
「まだ時間も早いし、もう少し鴨かボアを探してみようと思う。カイトは?」
うーん、何しようかな?
「俺も狩りに行きたいな。リン、いい?」
「なにをかる?」
相変わらずリンにとって狩りとは、獲物を選んでそこに行くのが当たり前のようだ。
「めずらしい魔獣がいいな」
「わかったー。どっちにいこうかなぁ。あ、ボアならあっちだよー」
リンが北西の方角を鼻で指し、4人は勢いよく立ち上がった。
「サンキュ!行ってみる!」
金は、俺とリンが腹いっぱい食べられるだけあればそれでいいと思っていたが、少し欲張りになったようだ。
大切な人が困っていたら手を差し伸べられるくらいには貯えが欲しいと思ってしまった。
シルバースネークのように金になる魔獣がいたら狩りたい。
リンにまたがり、走り出す。
リンにしてはめずらしく少し迷うように走っては止まり、走っては止まる。
そうしてようやく何かを見定めたように勢いよく走り出した。
しばらく走ると俺の胸まで草が生い茂る場所に出た。
うん?何かいる?
茂みに隠れてよく見えない。
リンの視線の先をたどると……、いた!
草に隠れるように白いふわふわの生き物、スノウラビットだ。
スノウラビットの毛皮は最高に暖かく、外套や毛布になり、寒さの厳しい北部の富裕層がこぞって買い求めるが、そもそも市場に出回ることが少ない。
通常のウサギの倍ほどの大きさで、外套なら3羽、毛布なら5羽必要になる。
1羽何ギルになるか分からないが、高級品であることは間違いない。
「草に隠れていて、何羽いるのか分からないな」
「うーん、たくさん!」
そうか、いつかリンに数字を教えようかな。
今でも10くらいまでは数えられているようだが。
「全部狩っちゃうといけないから、半分くらい狩ろうか」
草の陰から、スノウラビットの赤い目が光った。おっと、意外と狂暴かも。
気を引き締めてかからねば。
「いっくよー!」
リンはノリノリで走り出した。
俺も負けずと後に続く。
狂暴そうだが強い魔力は感じなかったため、俺は安い方の剣で切りつけた。
スパンっと心地よく倒せる。よし!
手ごたえを感じて顔を上げると、リンが風魔法を発動させた後だった。
うぉぉ……、相変わらず狩りの時はえげつないな。
普段はあんなにかわいいのに……。
リンの先にはスノウラビットがきれいなまま20羽ほど横たわっている。
「リン……」
「はんぶんだよ~」
その時、生き残ったスノウラビットの狂暴な目がちらついた。
おっと、のんびりしてる暇はない。
急いでラビットを回収する。
収納魔法があるとはいえ、20羽の回収はなかなか骨が折れる。
リンに守ってもらいながら回収。我ながら情けない。
「リン、この場を離れるぞ!」
回収を終えて俺はリンにまたがり、その場を去った。
結局俺が倒したのはまたもや1羽だけだよ。
「リン、このままコリンバースまで行こう!ケーキ屋さんがある街だよ。どれだけ買い取ってもらえるか分からないけど」
「わかったー、あっちだねー」
リンの背に乗り、一気にコリンバースを目指す。
3日前に初めて訪れた街だが、今日ですでに3度目だ。
この景色も見慣れてきた。
東地区の市場に着くと、奥の買い取り窓口にギャスパーさんがいた。
「ギャスパーさん、こんにちは!」「こんにちは~」
俺のあいさつに続き、小さくなったリンが俺のポケットから声をかける。
「おお!この前の!」
「あ!俺、名乗っていませんでしたっけ?カイトって言います!」
「カイトか!今日も買い取りか?」
ギャスパーさんが期待に満ちた目で見てくる。
先日のシルバーフォックスもグラスキャトルもいい商売になったんだろう。
「えーっと、今日はマッドブルとスノウラビットが……」
そういうと、ギャスパーさんが俺の肩をガシッとつかんだ。
「1頭ずつか?」
「いえ……」
リンの狩り能力は規格外だ。どこまでばらしていいのか悩ましい。
とはいえ、フェンリルと言う時点で規格外なのは、分かる人にはわかることだ。
「マッドブルは6頭ですが、1頭はメイダロンで売る約束で、もう1頭は持っておきたいので、4頭までお売りできます。スノウラビットは20羽、すべてお譲りできます」
よっし!ギャスパーさんが天を仰いだ。
「全部買い取らせてもらう!」
奥の解体場でマッドブル4頭とラビット20羽を出す。
「相変わらず、信じられないほどきれいだな」
「血抜き出来ていないんですけど」
「狩った直後の状態だから問題ない」
マッドブルの肉はグラスキャトルと同額だが、一回り大きいのと皮が靴やカバンに利用されるため、1頭5600ギル。スノウラビットは1羽1700ギルという価格だった。
先日15000ギル買い取ってもらって小躍りしていたのに、今日の買い取り価格は56400ギル(564万円)。俺の金銭感覚は崩壊寸前だ。
母さんの生活の足しになるかな?
そんなことを考えて、満ち足りた気分だった。
今日の買い取りが悪目立ちであったことに、その時の俺は気づいていなかったんだ。




