サマンサの店
さて、この後の2軒が今日の一番の目的だ。
1軒目はここ、サマンサの店。
棚一面に薬瓶が並び、カウンターの奥の作業場で薬の調合もしている薬局だ。
だけどなぜか店の半分以上のスペースに本が並んでいる、薬局兼本屋という不思議な店である。
サマンサさんという老婆がクスリの調合から販売、本の販売までやっている。
俺が初めてこの町に来た12年前にはすでにかなりの高齢で、幼かった俺はサマンサさんは魔女なんじゃないかと思い、おびえていたものだ。
メイダロンには薬局がないため、薬が欲しい時はみなここまで買いに来る。
俺もゴルデス夫妻に言いつけられて何度か薬を買いに来たことがあるが、彼らは本を読まないから本を買ったことはなかった。
しかし俺の今日の目的は本である。
「ごめんください」
声をかけて店内に入ると、カウンター奥で調合中のサマンサさんがゆっくりと顔を上げて俺を一瞥し、興味なさそうにまた薬に向かった。
社交性ゼロで接客には全く向かないばあさんだ。
「本を見させてもらってもよいですか?」
いつもサマンサさんはこんな感じなので、気にせず声をかける。
すると今度は少し興味を持って顔を上げた。
「おや、薬じゃなくて本を買いに来たのかい。そりゃめずらしいねぇ」
「めずらしいんですか?本屋なのに?」
そう尋ねると、サマンサさんはそっと笑った。
「本は高いからね。こんな田舎で本に大金を出す人はおらんよ」
じゃあなんでここで本屋をやっているんだ……?
俺の疑問が顔に出ていたのか、俺に興味を持ってくれたのか。
めずらしくサマンサさんが話しかけてくれた。
「私は本が好きでねぇ。本当は本屋だけをやっていたいんじゃが、この町じゃぁ本屋だけでは食べていけないだろ?だから薬局と本屋を一緒にやってるのさ。まあ、薬しか売れないがね」
おお!ここには数回しか来たことがないが、サマンサさんがこんなに話すのを初めて見たよ。いつも「いくらだよ」「あいよ」しか言わなかったのに!
本を見に来てくれたのが嬉しいんだなぁ。
「俺は狭い世界で生きてきたので、この国やこの世界のことが書いてある本があれば欲しいんですが。それと地図も」
「そうかい」そう言いながらサマンサさんはゆっくりと立ち上がり、カウンターから出てきてくれた。
「知ろうとすることはすごいことじゃよ」
本の背表紙を触りながらサマンサさんがつぶやく。
「自分が狭い世界で生きていることすら気づきもせんもんだ」
「俺は自分が無知であることを知っています」
これは前世の哲学者の言葉だったか。
その言葉にサマンサさんの目が光り、口の端が上がった。
「お前さん、名前は?」
「カイトといいます」
「カイトか、いい名だ」
ありがとうございます!この名前をほめてもらえるのは素直に嬉しい。
それからサマンサさんはいくつかの本を見繕ってくれた。
この国の歴史書ならこれだ。今の国王まで載ってるよ。国のお偉いさんが書いた本だから偏ってはいるが、まっすぐな心で読めば真実はみえてくるもんさ。
今の国の機関と法律はこれだよ。まあこんな本はお役所の試験を受けるやつくらいしか買わないがな。
それからこれが世界の歴史だ。海を越えた国はさすがに載ってないが、この大陸のことなら大体書いてあるよ。
サマンサさんに勧められた本を一冊ずつ手に取る。
俺はつい先日までゴルデスの家でほぼ軟禁されていたようなもので、この世界の事情には詳しくない。でも差し出された本を見る限り……。
「この世界でもすでに活版印刷の技術が進んでいるんですね」
思わずつぶやいた俺の言葉に、サマンサさんは大きく目を見開いた。
「お前さん、何もんだ?」
しまった。この知識は口に出すべきじゃなかった。
だけどサマンサさんはむしろ愉快そうな顔で俺を見ている。
「まるで、よその世界を見てきたような物言いじゃないか。もっと話を聞いてみたいところだが、まあ、野暮なことは言わないでおこうかねぇ」
セ、セーフか?
文字だけの本は印刷技術の進歩のおかげか、ページ数が多くても700ギルだった。
十分高いんだけどな。庶民は買わない金額だけどな。
でも俺にとっては、自由に生きていくための必要最低限の情報だ。
次にサマンサさんは地図を2つ出してくれた。
一つはおととい警吏隊詰め所で見たものと同じこの国の地図。
もう一つは世界地図。世界地図はそうとうアバウトだ。どちらも1枚300ギル。
測量技術がどこまで進んでいるか不明のこの世界。
地図もどこまで信用していいか分からない。
しかしだいたいのイメージはつかめる。ないよりマシだ。
希望通りの物が探せたなと満足した時、ふと1冊の本が目に留まった。
表紙にカラーで植物の絵が描かれている。
「これ、見てもいいですか?」
サマンサさんに聞くと「あいよ」といつもの返事が返ってきた。
手に取ってみるとそれは薬草図鑑だった。
1ページに4つ、全50ページに200の薬草がカラーで紹介されている。
絵は木版か銅板印刷だとしても、カラーは……、そう首をひねっていると
「色は手書きさ。その分高いんだ、その本は」
俺の心を読まれている。サマンサさんはやっぱり魔女か?
「おいくらですか?」
「高いって言っとるじゃないか。2000ギルだよ」
おうぅぅ。やっぱり高い……。
でもなんだろう、なんだか気になるんだよ。
冒険者として生きていく上で狩りは必須だ。でもそれに加えて、レアな薬草を見つけて売るとか、病気で苦しむ人を助けるとかさ、厨二心がくすぐられるよな!
「これもください」
そう言って差し出すと、サマンサさんが目を丸くした。
「カイト、これを買ったからといってそう簡単に見つかるもんじゃないよ」
いやぁ~、それは冒険者のロマンってやつですよ、と言っても理解してもらえないだろうな、サマンサさんには。
それにもしかしたらリンなら見つけられるかもという期待もある。
俺は眠っているリンをポケットから出し、両手でそっと持った。
「俺の相棒、リンっていうんですけど、視える力を持っているので、もしかしたら探しづらい薬草も見つかるかもしれないなって」
リンを見たサマンサさんはさらに目を大きくした。
「カイト、あんたはホントに一体なにものなんだい……」
あれ?これは気づいているやつかな?
「まあいいさ、詮索するのは好きじゃない。薬草探しの名人だったじいさんがぽっくり逝っちまってからは珍しい薬草がなかなか手に入らなくてね。見つけたら買い取るから持ってきておくれよ」
そうか。独り身のばあさんだと思っていたけど、旦那さんがいたんだな。
「旦那さん、亡くなられたんですね。ご愁傷さまでした」
「90の大往生だ、ご愁傷さまも何もないよ」
……サマンサさん、何歳なんだろう?
でも添い遂げる人がいるというのはうらやましい。
リンと二人も楽しいけど、いつか俺にも嫁が……。
妄想が膨らみそうで慌てて首を振った。
本3冊、地図2枚、図鑑1冊、合わせて4700ギル。金貨4枚と銀貨7枚。
リンをポケットに戻して支払いをしていると、もぞもぞとリンが起きだした。
「カイト~、かいものおわった?」
言葉をしゃべるリンに、サマンサさんは動じる様子もない。
サマンサさんこそ何ものなんだろう?
「あと1軒、次はリンも大好きなものを買いに行くよ」
「おいしいもの?」
正解!
買った本と地図を俺が収納にしまう時も、やっぱりサマンサさんは動じなかった。
踏んできた場数が違うのか、それとも本当に魔女か?
「ありがとうございました!」
俺が頭を下げると「カイトは客だろ?」と笑われた。
「またおいで。薬草が採れなくてもかまわんよ」
いや、採ってきますよ、薬草。そしてきっちり買い取ってもらいますとも!
「また来ます」
そう言ってサマンサさんの店を後にした。
さあ、最後は菓子屋だよ、リン!
ガルレイの菓子屋はジョージさんのパン屋以上に俺にとってトラウマだ。
菓子どころか野菜だけのスープですら腹いっぱい食べることもなかったあの頃。
この店から漂う甘い香りはもはや暴力だった。
だけど今日は違う。今日の俺は金を持っているのだ。
二坪ほどの狭い店内に、クッキーやマドレーヌなどの焼き菓子、キャンディーやキャラメルも並んでいる。
そういえばリンにキャラメルとか食べさせても大丈夫なのだろうか?
「ねえ、リン。リンは甘いものを食べても虫歯にならないの?」
「むしば?」
「んっと、歯の病気」
俺の言葉にリンが口を尖らせた。あれ?何かまずいこと言ったかな?
「ボクらしんじゅうは、びょうきになんてならないよ。しつれいしちゃうなぁ」
あ、ごめん。そうだった。リンは神獣だったね。
じゃあ、キャラメルも大丈夫かな?
キャラメルとキャンディーは100グラム10ギル。
クッキーはプレーン、ナッツ入り、ドライフルーツ入り、どれも5枚で5ギル。
マドレーヌは一つ3ギル。
この世界、甘味はまだまだ贅沢品だ。
「まずはお土産を買おう」
どれがいいかな?
弟妹の多いマーティンにはキャンディーを200グラム。
フランクさんとこも子供いたよな?キャラメル200グラムにしよう。
ブリックとゼットン夫妻にはクッキー3種。
ジョージ夫妻にはマドレーヌ6個。
そして俺とリンには……、ふっふっふ、大人買いだぞ。
キャンディーとキャラメルそれぞれ400グラム。
クッキーを20枚ずつ、マドレーヌも10個だ。
合わせて258ギル支払う。
朝の買い取り直後には1万2千ギル以上あった所持金も、6千ギルちょっとになってしまった。でもいい買い物ができたと思う。
紅茶と菓子でのんびりティータイム。今から楽しみだー。
と、その前に。
「リン、味見する?」
そう言ってリンの口にキャラメルを一つ放り込む。
「!!!!!!」
驚きすぎて固まるリン。かわいい。おいしかったようだ。
俺の口にも一つ。うぅぅーん。キャラメルなんていつ以来だろう。前世以来?
これで今日の目的はコンプリート。
メイダロンに帰ろう、リン。
「ただいま帰りましたー」「ただいまぁ」
そう言って宿の玄関をくぐる俺とリン。
「おう、お帰り!ガルレイの町はどうだった?」
ゼットンさんが顔を出した。
「メイダロンより人が多かったです。キャトルも2頭買い取ってもらえましたよ。これ、土産です」
胡椒とクッキーを取り出す。
「お前なぁ、客なんだから気を遣わなくていいんだよ」
でも……
「土産を買えるだけの金があることも、土産を買う相手がいることも、今の俺には楽しいんですよ」
「おみやげー」
うんうん、だよな。お土産を買うってさ、もらうより嬉しいかもな。
「ったく、お前らは」
と言いつつも嬉しそうに受け取ってくれるゼットンさん。
「ムーラ、カイトとリンからお土産もらったぞー」
おかみさんに声をかけている。よきよき。
「今日の夕飯は牛尽くしだ。その前に風呂入るか?」
「はい!お願いします!」
ゼットンさんの言葉通り、夕食は牛尽くしだった。
メインはローストビーフ。塊の赤身肉をじっくりと焼き、中はきれいなピンク色。
赤ワインと玉ねぎを煮詰めたソースがかかり、マッシュポテトとキノコのソテーが添えられている。
スープは牛骨を惜しみなく使った野菜たっぷり、こってりスープだ。
「それと、エールを飲むならこれだな」
ゼットンさんが出してくれたのは2種のホルモン焼き。
一つはにんにくを利かせた塩味、もう一つは赤い。
間違いない、絶対エールに合うやつ!
だけど赤いほうはリンには無理か?
「リンはこっちの白いほうだけにしような」
そう言われて素直にあきらめるリンではない。
「ボク、りょうほうたべる!」
だいじょうぶか?神獣は辛みにも強いのかもしれないな。
じゃあ食べてみる?と赤いホルモン一切れをリンの皿に入れてやった。
「いっただっきまーす」
そう言ってパクリと口に含んだ瞬間、毛を逆立たせて硬直するリン。
「ぺっ、ぺっ。なにこれ、かっら~い!これきらい!」
だから言っただろ?ってか鼻が利くんだから食べる前に分かりそうなんだが。
リンが食べ物を嫌いといったのは初めてだな。
リンには辛いものはNGだと知った。
ゼットンさんもカウンター越しにリンの反応を見てにやにやしている。
他のお客さんも微笑ましそうにこちらの様子を見ていた。
すっかり宿のマスコットとなっているな。
リンに水を飲ませて落ち着かせると、俺たちは改めて声を揃えた。
「「いっただっきまーす」」
俺はエールを片手に、真っ赤なホルモンをほおばる。
うーん、パンチが効いてていいねぇ!
そんな俺をリンは不思議そうな顔で見ている。「それ、からいよ?」
まだまだおこちゃまだな!リンは。
ローストビーフの焼き加減も最高で、マッシュポテトとよく合う。
リンは特に牛骨こってりスープが気に入ったようだ。
小さな顔を大きな皿につっこみ、夢中で食べている。
「それは牛の骨からとったスープだよ」
俺の言葉を聞いて驚くリン。
「ほね?ほねはたべられないのに!」
「うん、そのままだと食えないよな。でもじっくり煮込むとスープになるんだ」
ほわぁぁぁ、ゼットンさんもまほうつかいだねぇ。
そうだな、リン。この町には魔法使いがいっぱいいるな。
魔法使いゼットンの最高の夕食をエールと共に堪能する幸せな時間。
「ごちそうさまでした!」「おいしかったー」
そう挨拶して部屋に戻る俺たちに「明日はビーフシチューだ。今日から仕込んでるからうまいぞー」とゼットンさんが教えてくれた。
ビーフシチュー?!リン、明日もうまいぞ!
あしたもおいしい?まいにちおいしいね~。




