出会いと解放
新連載、始めました!
「何をやっているんだ、この役立たずが!」
養父に腹を蹴り上げられ、俺は地面に転がった。
連日の睡眠不足と栄養失調で一瞬うとうとし、養父母の夕食である肉を焦がしてしまったのだ。
「も、申し訳ございません。すぐに作り直します」
何とか体勢を立て直し、そのまま地面に額を付けた。
「焦がしたら自分がおこぼれをもらえると思ってるんじゃない?ここまで育ててやった恩も忘れて、ホントに浅ましいこと」
そう言いながら、養母は焦げた肉を地面に放り、土足で踏みつける。
「ま、いいわ。これがお前の晩メシだよ」
今から振り返れば情けない話だが、あの時の俺はホッとしたんだ。ああ、今夜はメシ抜きじゃない。焦げた挙句に土だらけだとしても、久しぶりに肉が食える、と。
「ありがとうございます」
そう言って俺はもう一度地面に額を付けた。
6歳の時に森に捨てられていた俺は今の養父母に拾われた。
捨てられたショックからかそれ以前の記憶はない。
ここまで育ててやったと言われても、実際には拾われた時からずっと働かされ、対価に得られるのは養父母の残した残飯のようなメシだけ。奴隷以下の生活だ。服は養父が着古したボロボロのもの。常に栄養失調状態の俺は、18歳にもかかわらずがりがりに痩せていて14、5歳くらいの体格だった。背だけはひょろりと高いが、養父どころか養母にすら殴られ蹴られて簡単に転がってしまう。
あの頃の俺は、養父母からの暴力を最小限にすることと、少しでも食い物を恵んでもらうこと、それが全てだった。
俺と比べ格段に体格のいい養父は、弓矢を使い魔獣を倒して日々の糧を得ている。魔力もなく弓も剣も使えない俺は、養父が倒した魔獣を乗せて荷車を引き、町まで片道2時間かけて売りに行くのが日課だった。
町では魔獣を売った金で養父母の食糧や酒を買う。自分の自由にできる金は1ギルすらない。それでも町へ行くのは好きだった。その時間だけは養父母から殴られることはないし、町の人は俺に優しく接してくれたからだ。
「ダウェイ、これ、残りもんだけど持ってくかい」
そう言って食べ物を分けてくれる人もいた。
「ダウェイ、あの家を出るなら相談に乗るぜ。住み込みで働けるところを探してやるよ」そう言ってくれる人もいた。
町の人の優しさがなければ俺の心はとっくに壊れていたかもしれない。
それでも「一人では生きていけない役立たず」と刷り込まれていた俺にはあの家を出る勇気はなかったんだ。それはもう、洗脳に近かったのだろう。
ダウェイ、それが自分の名前だと思っていた。
その日、いつものパン屋で養父母のためのパンを買うと「これ持ってけよ」そう言って差し出されたのはプリプリのソーセージが挟まったホットドッグだった。残り物のパンをもらうことはあったが、こんな贅沢なものをもらうのは初めてかもしれない。
「うわぁ、すっげー!ありがとうございます!帰りにいただきます!」
「おう、あいつらに見つかる前に食っちゃえよ」
その場でかぶりつきたい衝動を抑え、ボロボロのカバンに大事にしまった。
「あの子、うちで住み込みで働かせられないかねぇ。あんなに痩せて、もう見てらんないよ」
「そうしたいのはやまやまだけどさ、そんなことしたらゴルデス夫妻がうちに乗り込んでくるぞ。あの夫婦は厄介すぎるからな……」
そんな会話がパン屋夫婦の間で交わされていたことを、その時の俺は知らない。
弾む足取りで帰路についた俺。
贅沢ホットドッグを食べる場所は決まっていた。
町と家とのちょうど中間にある見晴らしのよい高台。
いつもそこで短い休憩をとっていた。
帰りが遅くなれば養父母から折檻されるため、休憩はほんの少しだ。
高台に位置する街道わきの丸太に腰掛ける。
右手にはさっきまでいた町が遠くに見え、左手にはどこまでも続く森。緑が美しい。
一息ついた後、ホットドッグを取りだした。
ううぅぅ~、うまそう!
かぶりつこうとしたその時、白いふわふわの毛玉が目に留まった。
「誰かの落とし物かな?」
丸太の上にホットドッグを置き白い毛玉に近づくと、その毛玉がぶるっと震えた。
「え?え?生きてる……?」
手に取った白い毛玉は両手にすっぽりと収まる小さな犬だったのだ。
この出会いが俺の人生を大きく変えることになるとは。
真っ白なふわふわの毛から、シルバーの目がのぞいている。
か、かわいい……。
きゅぅぅーーん。
可愛い声で子犬が鳴き、切なげに俺を見つめてきた。
腹が減ってるのかな?
もったいないけど半分こするか。
子犬を抱いて丸太に戻り、膝の上に子犬を乗せてホットドッグを手に取る。
次の瞬間。
ひゅん!と子犬が飛び跳ね、俺の手からホットドッグをもぎ取ったのだ。
地面に着地し、前足で押さえながらがつがつとホットドッグを食べ始める子犬。
うそだろ……。俺のとっておきの御馳走が……。
小さな体なのに1本のホットドッグをあっという間に食べきってしまった。
おいしそうに口の周りをぺろぺろ舐め、ご機嫌にしっぽを振って俺を見上げる。
あ、あああ……。それ、俺だってめったに食えない贅沢品なんだぞ。
そんな嬉しそうにしっぽを振るなよー。
ま、食われちゃったものは仕方ないか。
幸せそうな子犬を見ていると、なんだか自分も満たされてくる。
役立たずと言われ続けてきた俺が、誰かを少しでも幸せにできたんだ。
そんな俺の気持ちとは裏腹に、俺の腹がぐるる~と鳴った。
腹減ったな……。でもどうせ年中腹を空かせているんだ。
まあいいさ。
そんな俺の様子を見て子犬ははっとした顔をし、申し訳なさそうに俺を見上げた。
「ごめん、ぜんぶたべちゃった……」
え?えぇぇぇ???
俺は慌ててあたりをきょろきょろと見まわす。
うん、この子しかいない。
「もしかして、しゃべった……?」
「ボクだよ、ボク」
やっぱり、子犬だー!!!子犬がしゃべったー!!
「こいぬが、こいぬが……」
「ボク、いぬじゃないよぉ」
ぷくっとほほを膨らまし抗議をすると、子犬は突然柔らかく光った。
そして次の瞬間……、大きな獣の姿に変わたのだ。俺の胸の高さくらいまである。
白い毛並みがきらきらとなびき、シルバーの目が鋭く光っている。
美しい……、けど、大きすぎだろ!
「え?え?大きくなった!えっと、犬じゃない?じゃあ狼?」
というか子供?大人?どっち?
「もぉぉ、おおかみでもないってばぁ」
大きな体躯だが、声は高く幼い。やっぱり子供かな?
「ええっと、犬でも狼でもないって、じゃあ君は何物?それに子供なの?大人なの?」
「こどもだよ!このまえうまれたの」
おお!生まれたばかりなのにこんなに大きいのか。
「じゃあ大人になったらもっと大きくなるのか?」
「ボクらフェンリルはうまれたときからちっちゃくもおっきくもなれるんだよ!」
なるほど……、ってよくわからない。
いや今フェンリル、って言った?
確か神の使いだったか。
なぜ神の使いがこんな山の中に?
「ごめんね、これ、カイトのごはんだったんだよね。ぜんぶたべちゃった……」
大きな体で申し訳なさそうにしっぽをたらし、うつむくフェンリル。
大きいけど、これはこれでかわいいぞ。
「カイト?カイトって誰の事?」
「カイトはカイトだよ。じぶんのなまえでしょ?」
そう言ってまじまじと俺を見つめるフェンリル。
「あれ?カイトのきおくがなんかへん……」
もしかして、もしかしなくてもカイトって俺のことを指しているのか?
俺はダウェイだぞ。
「あ、そっか。わるいちからがカイトのきおくをとじこめてるんだね」
フェンリルの体が再び淡く光り、その光が俺を包んだ。
フェンリルが放った光に包まれた俺。
軽い衝撃が走り、その直後にたくさんの映像が頭の中に流れ込んできた。
見えてきたのは優しさのあふれた世界だった。
丸太でできた小さな一軒家。
狭いけれど、野の花が飾られ、清潔に保たれた居心地の良い空間。
「ミア!見ろよ!カイトのやつ、まだ5歳なのにこんな魔法が!」
「まあ、カイト、すごいじゃない!でもねカイト、あなたは魔法が使えても使えなくてもどちらでもいいのよ。生まれてきてくれただけで、ここにいてくれるだけで、私は幸せなんだから」
ああ、父さんと母さんだ。
俺と同じオリーブグリーンの髪で得意げに俺を見つめる父。
俺と同じダークブラウンの瞳で俺の頭を優しくなでる母。
映像が切り替わる。
「ミアさん、大変だ!ボルトさんが狩りの途中でマッドブルに襲われた!」
板に乗せられて父が運び込まれてきた。
父にかけられた白い布は真っ赤に染まっている。
「あなた!あなた!あなたーーー!!」
母が叫び続けている。でも、その声はもう父には届かなかった。
父は俺が6歳の時に魔獣に襲われて死んだ。
「カイト、大丈夫よ。父さんの分まで私があなたを守るから」
上を向いて涙をこらえ、震えながら俺を抱きしめた母。
それから母は、6歳の俺を家に残して働きに出た。
一人ぼっちの留守番は寂しかったけど不安ではなかった。
ここで待っていれば夕方には母さんが帰ってくる。
湯気が立つスープと柔らかいパン。ささやかだけど温かい夕食。
「カイト、いつも一人でお留守番させちゃってごめんね」
「平気だよ。母さんがお仕事がんばってるんだもん、ボクへっちゃらだよ」
まあ!可愛い可愛いと思っていたカイトがいつの間にかこんなに立派に!
そう言って母さんは俺をぎゅうぅっと抱きしめた。
「明日はお給料日だからカイトの好きなクッキーを買ってくるわね!」
だけどそのクッキーを俺が食べることはなかった。
次の日、俺の幸せな生活は突然終わることになる。
いつものように一人で留守番している俺のところにあいつらがやってきたんだ。
ドアを蹴破り、突然押し入ってきた男女。
「しけたガキだね、どうする?使えそうかい?」
意地悪そうに弧を描いた唇で、女が笑う。
「こんなガキでも水くみや薪拾いくらいはできるだろ。連れてくぞ」
弓矢を背負ったガタイのいい男が子供の俺を担ぎ上げた。
これ、今の養父母だ。マジか……。そういうことだったのか……。
「離して!降ろして!」
じたばたと手足を動かし、泣き叫ぶ俺。「母さん!母さん!助けて!!」
「ああ、うるさいガキだね。おだまり!」
そう言って魔法を放つ女。そして…………。
ああ、そうか。
俺はあの女に記憶と魔力を封印され、今日まで奴隷のように生きてきたんだ。
「カイト!カイト!だいじょうぶ?」
可愛い声に引き戻され、俺は記憶の旅から現実に戻ってきた。
目の前にいるのは子犬の姿に戻ったフェンリルだ。
「ああ、大丈夫だ。ありがとう」
そう言いながらも俺は、怒りで目の前が真っ赤に染まっていた。
さらわれた日から今日まで受け続けてきた暴力と暴言。
夢も希望も持つことがなく、ただ目先のわずかな食い物だけがすべてだった日々。
どす黒い感情が沸き上がり、俺を支配していく。
あいつらが俺を母さんから引き離し、今日までの俺の人生を奪ってきたんだ!
許さない、ゆるさない、ユ・ル・サ・ナ・イ…………。
殺意を覚えてふらりと立ち上がったその時、再び頭に衝撃が走った。
またしても頭の中に流れ込む映像。
雲に突き刺さりそうなほど高くそびえる建物。
馬車より早く動く物体。
不思議なことに俺はそれらを瞬時に理解していた。
ああ、懐かしいな。高層ビル群、自動車、電車、新幹線……。
魔法はないが、この世界よりはるかに文明の進んだ世界。地球、そして日本。
封印された記憶を解放された瞬間、前世の記憶も取り戻したようだ。
前世、進んでいたのは文明だけではない。この世界より進んだ倫理観。
どれほど理不尽な仕打ちを受けたとしても私的な復讐は犯罪である。
俺はあの世界で高等教育を受け、基本的人権の概念と法治国家のもとで生きていたんだ。
前世の記憶はところどころおぼろげだが、あの世界の知識は確実に俺の中にある。
怒りに染まった俺の視界が少しずつ晴れていく。
落ち着け、俺。
あいつらの罪は必ず白日の下にさらしてやる。
でもそれは俺が犯罪に手を染めてすることではない。
必ず法の下で裁きを受けさせる。
「カイト!カイトってば!」
再び子犬のかわいい声がして、はっとする。
「もぉぉ。ほら、カイトのまりょくももどってるよ!」




