七年目の秋
帰る前には弓矢の練習をしようという話もしていたが、夏の間はとてもそんな余裕はなかった。
むしろ秋に入り、遡上魚や木の実といった主な食糧の採集が終わった時に、ふと弓矢の練習をする時間が初めて取れたりして、それで少しだけ突発で練習した。
トヨはそれまでに葦を一人で採りに行っていたから、矢軸だけは既に出来ていた。
ぼくはトモと一緒にトヨに指導を受けて弓矢の訓練をして、少し上達。
へろへろ矢だったのが、少しマシになった。
狙いは相変わらずあまり良くないままだが、一応、ゆっくりよ~く狙えば、静止標的にはそこそこの命中率。
勘で素早く放っても、短射程に居る動いてる相手にはそこそこの命中率だが、充分に引けず威力は落ちる。
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今年の秋も、食糧採集を一日休んでサカヌキ村の収穫祭に行くことにした。
当日は朝から晴れていて、開催は間違いないから、既に出かける服に着替えて、駄弁りながら待機している。
ついさっきまで、トモエコ二人とも急いで服をに手を入れて直していたので、手伝っていた。
全員、魔女の家で分捕って来た衣服だ。
特徴が無くて地味だけど、質は良い。
何より、血とかそういう汚れの痕が全くない、清潔感が良い。
マサとトヨはぼくと違い、麻のパンツのサイズが少し大きめだったので、丈については折り返して縫い付け、幅についてはトモエコに詰めてもらった。
マサの足許はいつものコンバットブーツ、トヨはカスコヨの街で買ったばかりのブーツ。
ぼくのは昔エイコを襲った変質者のモカシンブーツだが、血の汚れが付いていたのをできるだけ取り去り、更にタンニン汁で色濃く染め直して目立たなくしてある。
今年は少し窮屈になってきているから、こんな日でもないと、もう使わない。
マサが皆の様子を観回して、にこにこして云う。
「今年は少しおめかしだなあ」
「そう? おめかしっていうほどじゃあないわよ?」
そういうトモコは、素足を卸したての薄布のきれで包み、古いショートブーツを半分折り返して、表側の汚れやよれを誤魔化して履いている。
服はリネンの長いスカートと貫頭シャツで、今朝大急ぎで手直しした成果が、体の線に沿ったきちんとしたラインとなって表れていて、少し見栄えがする。
エイコは同様な足元に、ふわっとしたスカートとブラウスだ。
ボタンは二人ともカツトで買って来た、お気に入りのに付け替えている。
全体としては普通の庶民の地味で日常的な恰好で、たしかに祭の為のおめかしというほどのものじゃない。
でも、去年はそもそも人間っぽさすら隠した草木の精みたいな扮装だったのだから、それに較べると余程女性らしさが表に出ている。
「そういうの、良いの? とても良い感じだけど」
「いいの」
どうやら、去年は心の中で葛藤があったのが、今年は吹っ切れたらしい。
午前中に山の上に狼煙が上がったのを見て開催決定を知り、出かける。
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尾根の上に昇ると、祭の会場には、普段は一体何処にこれだけの村人が居たのかと思うような人数が集まっている。
今年もまた変わらず、村人が趣味で作ったリースや紅葉飾りなど、素朴だが美しい飾りものが、会場のあちらこちらを華やかに或は愉快に彩っている。
去年と全く同じ使い回しの古い飾り物も見つけて、何だか心が和む。
年々新しい飾りを作るのも楽しいが、古くて変わらない伝統的意匠があるのも落ち着く。
皆には先に踊りの会場に入っていっててもらい、ぼくは一人でドミを迎えに行く。
既に人々で賑わい始めている街路を、足早に通り抜けて、ドミの家を訪れる。
着飾ったというほどではないが、いつもより少し澄ました感じで薄っすら化粧をしている娘が微笑んで待っていた。
「それでは、今日は娘さんをお預かり致します」
「楽しんでいらっしゃい。しっかり付き添ってあげてね」
と抱擁とキスを受けて、送り出される。
そして踊り、観戦して、露天を冷やかし、品物を選び、買って彼女に贈り、彼女と語って、彼女の家まで送って行き、また一晩、そして引き留められてもう一日、泊まって、
「気をつけて帰ってね」
「ああ、また旅に出る前に、もう一度会いに来るよ」
抱き合って、別れた。
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ぼくは皆の待つ本拠に戻り、また食糧採集、貯蔵食製造に取り掛かる。
あちこちの手入れをしながら、日々食料採集と食糧の貯蔵に励む。
やがて、それも時期が終わった。
まだ旅に出るまでには少し間があるので、ぼくはまたドミの家に行って、そしてまた戻って来た。
帰るや否や、またトヨに弓の訓練をつけられて、それから早めの雪が降った。
雪を掘って捨てておき、家を燻しながら閉めて、愈々旅に出る。
今回は、一旦上村に行き、ドミの家に出かけの挨拶に行った。
それから食堂へ行き、しっかり食べてから旅に出発。
ドミが城門の外まで尾いてきて、手を振っていた。