カツトへ北上する途中、ネフワア村でもう一泊(野営)
翌日。
「ああ……もう目覚めてしまった……もう、ずっとこのまま寝ていたいのに……」
いつもの事だが、宿の寝台の広々とした寝床の温もりが恋しくて去りがたいのを、少しずつ身体を敷布から離していく。
寝台の冷たい側面へ足を下ろして、指先の敷布の心地よい感触に、まだ離れたくないと思いながらも、すっと指を離して、そっと床に降り立つ。
「お早う」
「おはよう」
一番早起きのトヨが、静かに声を掛けて来た。
皆も、それぞれ目覚めて少しずつ起きだす。
まだ夜明け前。
用を足しに行って来てから、トヨが熾し直してくれていた暖炉の火で犬の燻製肉を炙り直して齧りながら、骨鎧の手入れの続きに取り掛かる。
昨夜外装を剥がして下地の軟革を展張して、そのままなので、また外装を取り付けなければならないのだ。
よく見たら、罅割れの一筋だけ入っている骨片が一つあったので、急いで予備と付け替える。
割れるところまでいってはいないし、しっかり縫い付けてあるので、グラグラしていなかったから昨日は気づかなかったが、その箇所の防御力は確実に低下している。
綺麗に洗った襤褸布で包んでる骨片を一つ取り出し、道具箱から針と糸と指貫も取り出して、せっせと縫い付ける。
乾し上がった緩衝材と共に外装の硬い革を付け直し、一丁上がり。
まだ罅が一筋入ってるだけなので、交換して捨ててしまうのが何となくもったいない。
でも接着剤なんてないしなあ……
予備と混ざったら不味いので、捨てるしかない……
「どうしたの?」
手の中の罅入り骨片を凝視めていたら、エコが怪訝な表情で訊いて来た。
「いや、この骨さ、ヒビが少しだけ入ってたから、取り替えたんだけどね……捨てるのも勿体ないと思ってさ」
「そんなー、まだ取り替えなくて良かったんじゃないの~?」
「かも……」
「捨てるんならちょ~だい」
「いや、まだこのまま使えそうだから、俺が使う。あ……」
「え……」
一応念の為に、お手製の装帯に付けてる蔓籠の一つの内側の隙間に挿し込んでみる。
大きさは丁度よくて内側に嵌るように収まったので、少しだけ容積が減るが、今のところは困らないのでこれでよし。
それはそれとして、
「『俺』って言うの、なんだか珍しい」
「エコと普通の時に『俺』とか、あまり言った事無いな」
「……」
エコは何かを言いたげな雰囲気を漂わせていたが、それが口から出る事は無かった。
ただ、俯き加減の顔で、視線を少し外した目だけが、キラキラしていた。
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錠を外して少しだけ隙間を作っておいた雨戸で、夜が明けるのが判った。
雨戸をちゃんと開けて窓外を観れば、天気は晴れ。
しかし雲はまだ多く、ほぼ全天を覆っている。
但し、雲の色は大体が白く、明るい。
天気は回復傾向と推察され、気分が明るくなった。
「今日は良いお天気になりそうだよ」
「いいねえ」
「ね~。お茶入ったよ~」
「有難う。頂戴」
丁度良いタイミングなので、朝の軽食を貰ってくる。
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それからまだ少し休憩してから、宿屋をチェックアウト。
昨日宿屋の整備サービスに出した物品がまだ戻ってきてないから、全員が色々あちこち欠けてる旅装で、犬肉の壺を満載した担架をぼくが曳く。
まずは兵営に行って、何か良い依頼が出ていないか、廊下の掲示板で確認するが、さすがにこの短期間では、まだ新規依頼があるわけもない。
そこで次に、朝の市場へ行って、手拭にする布地を買う。
その後、今日は一日ネフワア村に留まるので、作業をのんびりやれる場所を求めて、広場に行く。
まだ地面の大部分が濡れている。
唯一乾いてるのは木の下だが、人が結構来ていて、既に場所が埋まってる。
「これじゃ無理だな」
「地面、炙って乾かす?」
「やだよ、面倒くさい。どっかあるだろ、乾いてるとこ」
「しかたないね~、村の北へ行こうよ」
エコの言葉に頷いて、移動開始。
「どうせカツトへ北上するんだから、あそこでどう?」
「あそこか、いいな」
「うん、あそこだな、あそこ」
途中の『葛の原』で、縄に適した草だけ選んで刈り集め、小さな束にして各自の背負い籠に載せる。
ぼくは変な小鬼に楯の補強板を割られたので、予備の補強板が修理で減った分を新たに作っておく為に、良さげな木を伐って材料を取る。
その枝や細い部分などは、薪にしてしまってよいので、その場でマサやトヨに任せて処理してもらう。
板にする一番太い部分だけ、樹皮を剥いで丸太にして、自分の籠に載せた。
村の丘の東端から少し降りて鞍部になってる場所、団栗の木の下まで行ってみると、誰も場所を取っていなかった。
「誰かは居るかと思ってたけど、意外に空いてるじゃん」
「良かったね~」
「俺、水貰って来るよ」
そこに菰で囲みを設けて、焚火を熾して野営地と成し、地面に菰と円座を敷いて、犬肉を齧って休みながら、手拭作りや縄綯いなどをする。
水場はないので、近所の農家さんの使ってる井戸を借りる。
ぼくは籠に載せて来た丸太を、石鑿と木槌ではつって、一枚の細長い板をとる。
節や瘤や曲りがあるので、きれいな板にはならなかったが、幅はあるから物の用には間に合う。
削り落とした木っ端などは焚き付けに使ってしまう。
その後、道具や武器の刃を研いで過ごした。
トモコはベルトや革の巾着全部に脂を擦り込んだり、会計処理をしながら、二つの壺でお湯を沸かしていて、一つは団栗でタンニン汁を煮出していて、もう一つで野菜を茹でている。
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夕方、宿へ行って、整備サービスに出していた鎧とブーツ、小物などの受領と清算を済ませる。
マサの鎧と兜がそれぞれ一点、硬革の手甲脚絆が全部で四点、コンバットブーツ一足が左右それぞれ別扱いで計二点、装帯が一点、小物入れが六点。
トヨの兜が一点、ブーツ一足が二点、装帯が一点、その小物入れが六点。
エコの褐色の猪革の襟付き軟革胴着が一点、褐色の厚革ブーツ一足が二点。
トモのブーツ一足が二点。
あとは全員のマントが五点。
以上、全三十五点、雨や泥汚れを考慮して、総て整備までお願いしたので、0.2スタッグ×35=7スタッグ、銀貨七枚を支払った。
結構かかってしまったが、他にも手入れが必要な物があれこれあるので、必要な出費だ。
どれも革製品だから、手入れ不足で黴だらけになってしまったら目も当てられない。
それを考えれば、銀貨七枚で済むのはまだマシだ。
どの革製品もきちんと手入れされて、ぼくたちが使ったことのない良い匂いのするワックスでツヤツヤになって帰って来た。
そのまま、陽が沈む前にまた場所を移して、村の北端の古い神社の境内で野営。
こうしてネフワアに留まり二泊すると、翌日は夜明け前にカツトへ出立した。