カツト村に護衛依頼の完了を報告しに、まずはネフワア村を目指して進む
崖の上の台地に広がる起伏のある荒野の中を、上下しつつ北西へ延びている街道を進む。
薄暗い雲の割合が増えてきて、風もひゅうひゅうと鳴りだしている。
「ねえ、トモちゃ、何だか天気が悪くなってきたね」
「そうね……風向きとか雲の動きとか、変わって来たわね。これ、雨が降るかも……」
「降るだけなら良いけど、風が強まって来たよ~」
うっ、と息が詰まるような厭な風具合だ。
なんだか、人を脅かすような吹き方をする。
頭が裸だったらフードを被りたくなるような怖さがある。
ぼくたちはヘッドギアや硬革兜を最初から被ってるから良いけれど。
強まる風でマントが風を孕んでばっさばっさと翻って邪魔くさいので、皆マントの縁を巻き上げて畳み、紐で縛って腰に結わえて、無駄にはためかないように固定した。
「なンか、ガスって来たなァ……」
「本当だ……」
トヨも厭そうに言う。
うっすらとだが、大地の上の風景が霧に煙り始めていた。
「ちょっと、担架の上に菰掛けちゃうから、待って」
この悪天候だ。
もし急に雨が降り出して、担架に積んでる壺は良いとしても、布でくるんで木酢液を塗り付けただけの燻製肉を直接雨が叩いたら、防腐効果的意味合いであまり宜しくないと思ったので、背負い籠から菰を抜きだして担架を包んで縛り付けておく。
これで少しはマシだろう。
「いいよ、行こう」
「おう」
石製の下駄を履かせた担架をがーっと街道の地面に擦らせて引きずって行く。
まだ昼間なのに薄暗い空の下、新芽を吹かせた草むらの緑が僅かに見えている中を進むうちに、
ごろごろごろ……
遠雷の音が響いて来た。
「うわ……」
「かみなりだよ」
「こんなところで、厭だなあ」
風も相変わらずひゅうひゅうと唸り、砂塵を飛ばしてくるので、今は皆薄布を顔へ下ろしている。
お蔭で視界が悪い。
ヘッドギアの外へ垂らすと風で捲れて用をなさないので、ギアの下へ入れて顔に張りつかせている。
もしも奇襲されて女子が真っ先に襲い掛かられてはいけないので、街中と同じように、女子二人を中心に入れて、先頭はマサ、後尾左右をトヨぼくが護る。
楯を構えながらの速足。
本当は小走り交じりで足早に進みたいところだが、燻製肉満載した担架をぼくが曳いていて、速足で歩くのが限界。
疲れるので、30分に一度は5分の小休止を入れて警戒する。
いきなり間近に不快な喚声が上がった。
「小鬼だっ!」
「おオヽッ!」
「どこっ!? うわあっ!」
マサが奇襲を受けたらしい。
くそっ
「トヨッ、ここは頼んだぞ!」
「オヽッ!」
後尾位置の護りはトヨに任せて、背負い籠を下ろしてトモに押し付けると、マサの援護に前方へ駆けつける。
邪魔な薄布を掴んでくしゃくしゃと指先でめくり上げると、小鬼がマサに集っていた!
「おおおおっ!」
「オラァッ!」
強風の中、マサが咆哮して全力で石斧と楯を振り回して暴れ、そこへ俺が突っ込んで小鬼を棘棒で叩きのめす。
地面に打ち付けられた小鬼を踏み殺し、別の小鬼が跳びかかって来るのを楯で払いながら、右手の棘棒で更にマサの腰へ飛びついた小鬼を撲り殺す。
「マサッ! 後ろは任せろッ!」
「ぅううんっ!」
マサの背中へ叫ぶと、唸るような返事が元気に帰って来た。
目の前で右に左に小鬼を切り伏せるマサの尻にナイフの刃を突き立てようとする小鬼を撲殺し、脚に斧を撃ち込もうとする小鬼を楯の縁で突き飛ばす。
俺にも狙いを定めてくる小鬼が居るので、硬革で甲を張った草鞋の底板でガツンと胸元を蹴りとばす。
その時、
「ォォオ゛……オ゛デゴダガマブォオ……」
不快な声らしきものを発する影が現れた。
他の普通の小鬼と較べると大き目だが、小鬼の仲間だろう。
左右の手に、岩盤を掘る鑿と槌を構えながら、ぬっ、と立ち上がるように現れた。
その足元をよく見ると、草むらの中に開いた穴から出てきている。
「わっ、何だあれは?」
驚いているうちに、そいつがマサに突っ込んできた。
逆手に握った鑿を突き刺して来ようとするのを、マサが楯でいなすが、続く槌が楯を持つマサの左手を襲う。
ガツッ
「おっ!」
打撃音とマサの苦痛の声が聞こえた。
他の小鬼を叩きのめして、マサを助けに前に出る。
「大丈夫かっ!?」
「おう!」
いつも変わらない返事なので、本当に大丈夫なのか分からないが、とりあえずこの少し大きい変則二刀流の小鬼は、俺が一人でやっつける心算で前に出た。
まだ他にも通常の小鬼が残っているし、そちらをマサがやっつけてくれるだろう。
変な小鬼が右手に握る槌が打ち付けて来るのを、左へ半歩ずれて楯で突き上げて右へいなし、そこへ棘棒を振う。
しかし、変な小鬼が左手に逆手に握る鑿で、器用にマンゴーシュのように受け流された。
すぐにバックハンドの槌の振り返しが襲って来る。
俺も楯でまた下から突き上げるように受けて、上へ流す。
流しながら戻している棘棒で上からまた殴りつけるが、体を開いて避けられ、同時にこちらの楯へ鑿を宛がったと思った次の瞬間に、
ガンッ!
と槌を鑿に打ち当てて、楯を割りに来た。
楯前面の補強の為に取り付けている細長い板材がバキッと割れた音がした。