8話 衝突(1)
セメス・ボナバルドの陽動部隊はゆっくりと東へ移動し続けていた。
『神速』のクレス・クー発見の報が入ってから数十分。
撤退完了の報告はまだ来ていない。
おそらく作戦の遂行に支障が出た。
オーラたちは戦闘に突入したと見て間違いないだろう。
自分の部隊を追いかけている敵が反転してオーラたちを攻撃しているのか。
それとも、オーラたちが苦戦するような敵がもともと配置されていたのか。
どちらにせよ異常事態。
セメスの心に焦りが現れはじめる。
「第5小隊からテレパシー!敵と交戦開始!数はおよそ60!」
そばにひかえる通信兵が叫んだ。
真左の部隊の脇腹に何十匹ものヒョウが突っ込んでいくのが木々の隙間から見えた。
「数が多いな。上下の小隊ではさみ込め」
ただちに部隊が動く。
各部隊の中心に配置されている魔導士たちが強化魔法をかけた。
バフを受けた兵士たちがヒョウを次々と殺していく。
クレスは部隊の進行を止めた。
ヒョウたちは森の中を縦一列になって走ってくる。
前列の兵士は向かってくるヒョウを大勢で囲って殺していた。
あとからあとから続くヒョウを丁寧に倒していく。
丁寧に、時間をかけて。
突然、後方の部隊のあたりで轟音が響いた。
砂煙が巻き起こる。
セメスの前に落ちてきたのは、無惨にからだを砕かれた味方の兵士の死体だった。
「状況は!」
兵士が飛んできた方向に顔を向けたセメスの視界に映った、銀色にかがやく巨人。
「隊長……敵の本隊です」
戦況が大きく動き出す。
シルバー・ゴーレム、銀鎧の騎士たち。
やられた、追いつかれた。
さっきのヒョウの突撃は、セメスたちをその場に釘付けにしておく狙いがあったのだ。
しかし何かおかしい。
敵本隊の進行スピードは偵察の報告で把握していた。
概算だがまだまだ敵との距離はあったはず。
何かからくりがある。
「セメス隊長、指示を!」
思考の淵に沈みかけていた彼の意識を、部下の必死な叫びが呼び戻した。
「……ここで迎撃するよ。全隊、前衛に厚みを作って」
背中に下げていたつるはしを取り出して、兵士たちが応戦する。
甲高い金属音。
銀鉱石でできた敵の両足をつるはしが抉りとる。
バランスを崩した先頭のゴーレムが派手に倒れた。
しかし、とどめを刺そうとした兵士をすぐ後ろのゴーレムが殴り飛ばす。
吹き飛ばされた兵士は死んでいた。
一撃必殺の腕力。
圧倒的なパワーの壁が、じりじりとセメスのいる中央の部隊まで迫ってくる。
突然頭上に黒い雲が現れた。
空気中の魔素が震えはじめる。
攻撃魔法の前兆。
何かが来る。
刹那、まばゆい閃光が宙を駆け抜けた。
残光となって目に映ったのは8本の稲妻。
大きく痙攣して近くにいた8人の兵士が崩れ落ちた。
複数対象を攻撃可能な必中の雷魔法だ。
魔法のランクはおそらく5か6、つまり上級。
やっかいな敵がいる。
魔法の発動源はゴーレムたちの分厚い壁の奥だ。
セメスは冷静に頭を回す。
「雷撃ってくるやつを仕留めたい。敵の中心まで突破する必要がある」
「どうやって突破しましょう」
「部隊を横に展開させて敵の前衛を左右に引き伸ばすよ。あんまり戦おうとしないで。俺らの本隊は左翼中央の森から突撃ね」
「了解、全隊に伝達します」
セメスは前線で戦っているネイ・フルートを見やった。
「ネイくん、部隊を率いてついてきて。今から敵を突破するよ」
「了解です!よし、みんなついて来い!」
セメスの指示に従って、すべての隊が配置につき直した。
呼応するように敵の前列が左右に伸び、薄くなる。
突破口が見え始める。
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