表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タクティカルな魔王討伐のススメ  作者: サブ
第2章
31/32

30話 見誤った

「ど、どういうこと?メギイ」

「わからない、わからないよレギイ!」


 2匹の魔族は混乱していた。


 目下、谷底では『勇者』たちの包囲殲滅が続いている。

 続いているのだ。


 いったいどれほどの時間が過ぎ去った。

 奴らはどれだけ粘っている。


「あいつだ、あいつのせいだ、メギイ!」


 そうだ。

 あの女、僧侶の格好をしたあの女のせいだ。

 谷底の兵士たちを丸ごと包む薄黄金色のドーム。


『母神の礫涙メテル・ダグリオ』の岩石が当たるたびにドームの表面がきらめく。

 あれは魔素の中和反応。

 防御魔法の類ではなく、単なるマジックアーマーだ。

 

 凝縮された魔素は接触したエネルギーと同等のエネルギーを放出し、それを中和相殺するという性質を持つ。

 これを利用したマジックアーマーはフルオートであらゆる攻撃を防ぐ万能の盾だ。


 しかしマジックアーマーは、魔法ではなく魔素の操作。

 魔法陣による挙動の規定を介さない魔素の操作は難易度が高く、ゆえにアーマーは一般的に自分ひとりの身を包む程度の小規模運用に落ち着く。


 それを、あの女は、『憧憬』のサンディ・ノルニエールは。


「おかしい、おかしいおかしい!アーマーが広範囲すぎるよ!レギイ!」


 数十分の岩石攻撃に耐え、なお広範なアーマーを保っていられるほどの魔力量。

 しかも内側から味方が魔法を放つと、その部分だけに穴が開いて魔法が通る。

 それを数十回も同時に処理しているのだ。


 化け物。


 そのひとことが彼ら2匹の脳裏に浮かぶ。


「予備のトレントが尽きそうだよメギイ!?」


 方や『神速』は、数騎を率いてアーマーの範囲外に出続け、トレンドを削り続けている。

 2000いた予備はすでに300を切った。

 これでは援軍の到達前に谷底を突破される。


 しかも崖上の守備隊を壊滅させた敵はすぐそこまで迫っている。

 敵のものと思われる砂煙はもはや数百メートルの距離だ。


「残存している守備隊をすぐに集めて、メギイ!」

「『母神の礫涙メテル・ダグリオ』さえ発動し続けていれば勝機はあるよ、レギイ!」


 しかし、そんな虫ケラどもの勝利への望みは、儚く消える。


 守備隊の再集結が間に合わない。

 それほどの進軍スピードで、砂煙は迫っている。


 50キロ超の強行軍をしてなおこの突破力。

 ハエの魔族たちは、相手の力量を完全に見誤った。



「抜けた!」


 敵の先頭であろう男が、背後の森から姿を現した。

 馬に乗っていない。

 人の足で後続の騎兵たちの先頭を走ってきたというのか。




「絶対あいつらだよレギイ様って。速攻でぶっ倒す」


 セメスが谷底に目をやると、クレス・クーたちが魔法による攻撃を受けていた。

 巨大な岩石の雨を『憧憬』のサンディが防いでいる。

 おおかた発動者は目の前の異形のハエたちだろう。


 体内の蓄積魔素はまだ7割はある。

 ぜいたくにバフ・スペルを使い、すぐにあの魔法の発動をやめさせる。


 セメスは再度周囲の味方にバフをかけ直した。

 敵のまわりには数体の中型バエしかいない。


「貫く!」


 ハエの魔族の片割れに、すれ違いざまに渾身のひと振りをお見舞いする。

 マジックアーマーの魔力をごっそりもっていく確かな手応え。

 後続の味方が続く。


「いったいなぁ!」

「『穢れたる肉礫(ダーティ・クラッシュ)』ぅ!」


 2匹のハエたちは消えかけのマジックアーマーをきらめかせながら、寒気のする声色で魔法を唱えた。

 さきほどハエムカデも使っていた魔法。


 しかし、来ると分かっていれば対策ができる。

 溜めがあり出が遅いというスペックに加え、飛んでくるのはごく普通のハエだ。


「火魔法使えるやつ!『炎の息吹(ファイアブリーズ)』」


 端的な呼びかけに対して、精鋭たちはすぐに応じた。

 複数の火魔法が前面に展開される。


 直後、高速で撃ち出されたハエたちが炎の中に飛び込み、8割が炎を抜け出す前に炭化して地に落ちた。


 残りの2割は減速しつつも隊に突っ込んでいった。

 しかしセメスをはじめとした屈強な前衛のアーマーに中和され容易に防がれる。


 「くそっくそっ、メギ……っ!?」


 セメスの刃がアーマーを貫通し、1匹の頭を吹き飛ばした。

 残りの1匹も他隊の精鋭たちによって殺されたようだ。


「よく喋る割には手応えなかったね」

「下に救援に行きましょう」

「うん。携帯レーダー出して」


 探知魔法が組み込まれた機械仕掛けの機器。

 探知範囲は『神速』救出戦時のものよりも狭いが、小さいため携帯できる代物だ。


 谷底の出入り口付近に敵の密集地体がある。

 それとは他に、出口の方角からこちらに向かってくる不明の一団もいる。

 反応からしてモンスター、おそらく敵の増援だ。


(左翼率いて敵の増援に横撃!)


 オーラにテレパシーを送り、自身は右翼を率いて崖へと向かう。


「部、部隊長!」

「いける!下りる!」


 急勾配な崖は馬の足で下ろうと思えるような見た目ではなかった。

 砂岩質の岩肌は人1人の自重でも簡単に砕けてしまいそうだ。


 しかしセメスたちはそこを駆け降りた。

 接地する前に次の足が出るほどのスピードで。

 怯えながらも覚悟を決めた馬のいななき。

 数人の落馬を気にも留めず、突き進む。


 ほとんど落ちるように駆け降りた先には、谷の出口に陣取る最後尾のトレントたち。

 背後から強襲されると思っていなかった彼らに、最高速の騎兵たちが突っ込んだ。


 数体のトレントが刈り取られ、その4メートルはあろうかという巨体を地面に叩きつけた。

 そしてその先に。


「余計なことを」


 細かく刻まれた無数のトレントの死骸と、ほんの少しだけ肩で息をしているクレス・クーがいた。

お読みいただきありがとうございます!

今さらですが、セメスとクレスの名前の語感が似すぎている問題。

読者の方々はこんがらがりがちだろうなあ…と反省中です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ