29話 あと少し
第一陣のグールたちのさらに奥に陣を構えていたアンデッドは、見たところ500はいた。
防御の壁は厚い。
ところどころに巨大な口をたくさんの触手が覆うスクリーマーが配置されていて、さまざまな魔法を使って妨害した。
これには魔導士たちのわざが光った。
広範囲をカバーする水魔法によって敵の隊列を押し流し、さらに後方から火力支援を加えていったのである。
おかげで最小限の犠牲で突破に成功したが、セメスたちの表情には焦りの色が見てとれた。
敵の守備隊に加え、密集して生えている木々がスムーズな進軍を邪魔し、クレスたちの最後尾はとっくに見えない。
もうひとつ同じような陣地を突破したところで、前方から岩が砕けるような轟音が聞こえてきた。
遠くの空に何か巨大なものが浮いている。
「やば、もう始まってるじゃん!」
「部隊長!我々は想定以上に先頭から離れています!」
「あと2キロってとこだね!飛ばすよ!」
巨大な岩塊だ。
山のようなそれから、いくつもの岩石が降り注いでいる。
魔素の流動が激しい。
大規模な魔法がぶつかり合っているのか。
木々の合間を縫って最高速をキープしたまま突き進む。
目まぐるしく後ろに流れていく木漏れ日。
馬の息遣いといななき。
速く、早く早く。
しかし、セメスたちのはやる気持ちを阻害するように。
「マテ」
すぐ右の森の中から、巨大な虫のモンスターが飛び出してきた。
「レギイ様タチノ元ヘハ、イカセン」
ムカデのような下半身にハエの胸部。
両腕だけが人間のように筋肉質だ。
背後に甲殻のような鎧をまとった巨大バエたちが付き従っている。
「誰だよレギイ様って」
「メギイ様モ、イル」
「どっちにしろそいつらが大将首ぽいね。お前は差し詰め中ボスってとこか」
異形の虫は羽を振るわせ、両のこぶしを突き合わせた。
「レギイ様タチノ直下兵、ソノチカラ思イ知レ」
「急ぎなのに、くそ!」
周囲の魔素が震えた。
森がざわめいた。
何か大きい魔法が来る。
「『穢れたる肉礫』」
ハエムカデの背後に羽虫の大群が集まり始めた。
それら全てが強烈な魔力を帯びている。
次の瞬間。
数百を超える羽虫たちが、音速でこちらへ撃ち出された。
「えっぐ!?」
マジックアーマーの魔力が体感で3割は持っていかれた。
もちろん貫通はされていないが、火力があまりに高すぎる。
「後ろ!大丈夫!?」
セメスの背後では、魔素を扱えない兵士たちが虫どもに体を貫かれ絶命していた。
マジックアーマーが貧弱な者も同様に即死している。
一方で正面のハエムカデは泡を吹いてフリーズしていた。
両腕をだらんと垂らしたその巨体の前を、中型のハエたちが固めている。
「そのビジュアルで固定砲台かよ……!?」
生物操作の魔法はただでさえ難易度が高い。
たかが羽虫といえどその命ごと攻撃に転用するのであれば、高度な演算処理と膨大な魔力消費が求められる。
クールタイムの長い大技と最低限の近接戦闘力を積んだ主力を、他のハエたちが守るスタイル。
厄介な敵だ。
「部隊長、こいつら強い!」
敵の防御に突っ込んでいった一団が跳ね返されている。
中型のハエたちは、強行軍で疲れ切った味方に対して互角以上の力を有している。
数は数十匹。
迅速な正面からの突破は難しい。
現状を打開するには。
「マシナ!」
「部隊長、遅くなりました!」
突然敵陣の背後、すなわちハエムカデのすぐ後ろで鬨の声が上がった。
それはセメスがあらかじめ放っておいたマシナたちの先行隊だった。
彼女が偵察から帰ったあと、敵守備隊との戦闘には参加させず、体力の残っている兵士を預け、再び斥候兼別働隊として送り出していたのだ。
彼女たちはうまく敵の背後を取ったようだ。
「遅いどころかむしろ上々!……っしゃみんな、ハエをマシナの方に行かすな!」
隙をうかがっていた味方の前列が中型ハエたちにぶつかった。
敵はほとんどガラ空きのハエムカデの背中に回って防御ができない。
粘っていた数体の中型ハエを駆除し、マシナたちがいく筋もの斬撃を放った。
ハエムカデの巨体が細切れにされ、敵は絶命した。
「抜けるぞ!ランヌ、殿は任せる!」
あと少しだ。
あと少しで『神速』、おろかにも敵の策にはまったクレス・クーの元へ辿り着ける。
今回もお読みいただきありがとうございました!!
前回ランヌの名前がスミファーとかいう謎の女の名前に置き換わっていました。えーっと、ふつうに誤字です、失礼いたしました!
今後も温かい目で見守っていただけますと幸いです。