2話 索敵開始
翌日の早朝。
名前のわからない鳥の鳴き声を切り裂くように、森に馬のひづめの音が響く。
彼らは64名の索敵部隊。
ここから2キロの森林地帯で馬をおり、8名の8個分隊にわかれて広範囲を索敵する手はずである。
馬をおりるポイントまでの道のりは、本当に静かだった。
こだまする鳥の鳴き声、肌寒さ、葉ずれ。
不気味なほどに平和な朝。
部隊の指揮を任された若きネイ・フルートは、つい3ヶ月前に軍に入隊したばかりだ。
勇敢さと槍の腕を買われたネイは、すでにいくらかの部下を束ねる立場にある。
末端であるほど年功序列を無視した能力主義が根をはる、王国軍の奇妙な構造。
現場が合理的で、中間管理職は立場がなく、中枢が無能。
組織が終わる日も近いのだろうか。
馬をおりたネイたちは、各分隊に分かれた。
セメス・ボナバルド部隊長のいる拠点へとつながる通信機は、ネイの分隊のみが持っている。
ほかの分隊にはそれぞれひとりずつ下級以上の魔導士がつき、短距離のテレパシーで通信することになっていた。
「4時間後にここに集まってくれ!ルートは打ち合わせ通り。くれぐれも油断だけはしないように、それじゃあ散開!」
60名を超える人間に堂々と指示をくだす20歳の言葉に、部下の兵士たちは奮い立てられたようだ。
が、肝心のネイは不安であった。
『勇者』パーティの壊滅、周辺のパーティとの連絡途絶。
いまだに信じられていない自分がいる。
急遽決まった一連の作戦の初動を、まさか新米の自分が任されるとは思ってもみなかった。
ネイたちの分隊は、クレスがいると思われる地点へまっすぐ向かうルートをとった。
ほかの分隊はこの分隊を中心にして、扇状に広範囲を索敵するという計画である。
あたりにモンスターの気配はない。
拠点の周囲と同じ、やや薄暗い広葉樹林。
何らかの破壊のあとは今のところ見られない。
ある程度の魔法的技術を習得済みのネイは、皮膚に神経を集中させた。
空気中にただよっている魔素に特有のチリチリとした感触が、表皮の感覚器官をつつく。
魔素の濃度はあくまでも自然だ。
魔法が使われた戦闘の痕跡はないようである。
「しかし、かの『勇者』が……」
分隊のひとりが直剣のつかをもてあそびながら呟いた。
「正直俺も信じてねえ。誤伝達っていうオチであってほしい」
「ですね。国王は嫌いですが、たとえ王の息がかかっていたとしても『勇者』は好きですから」
部下の声はやけに暗い。
ここにいる誰もが不安を抱えていた。
「同じくだ。気ぃ引き締めてこう」
枝を踏む乾いた音が森の奥に吸い込まれていく。
敵らしいものは痕跡でさえ何ひとつとして見当たらない。
魔素の濃度もまだ正常。
「何もいねえな。討ちもらしがいない辺り、さすが勇者って感じだ」
さらに30分が過ぎた。
最初こそ会話は多かったものの、隊はだんだんと静かになっていった。
この程度の森林ならば行軍による疲労はないが、漠然とした不安と、あたりの異様に静かな雰囲気が、彼らの口数を少なくさせた。
そしてそれは、彼らの命を救うこととなった。
戦闘を歩くネイが、静かに片手を上げた。
分隊の歩みが止まる。
状況が変わる。
戦況が動き出す。
ネイが片手を上げ、後列に止まるよう指示をした。
彼は前方の茂みをゆっくりと指をさす。
ヒョウだ。
グリーンに白の斑点が散りばめられた表皮のヒョウが4匹。
各々がひし形に並ぶ方陣。
索敵、偵察、潜入の基本隊形。
陣の中心には別のモンスターがいた。
浮遊する大きな目玉と、垂れ下がった紫色の触手。
黒目がせわしなく動いている。
ネイは即座に後退のハンドサインを出した。
見つからないように、音を立てないように、8名の分隊員が後ずさる。
ヒョウたちが見えなくなるまでの緊張の時間。
5分ほど後退を続けたところで、ようやくネイは通信機を地べたに広げた。
アレは間違いなく敵だった。
報告の対象だ。
「フォレストガード4匹に、ゲイザーだ」
「隊長、やつらきっと俺たちと同じ任務を背負ってた」
洞察力の鈍いネイに変わって、補佐役の兵士が口をはさんだ。
「索敵です。あれは何かを探してる動きだ」
「元々群れで行動するモンスターじゃない。でも今のやつらはフォーメーションを組んでました」
何かおかしいことが起きていた。
土魔法をあつかうというだけで、体はほとんど動物に近いフォレストガード。
五感に優れ、わずかな音も見逃さない。
中心にいたゲイザーは魔力探知と精神攻撃魔法を得意とする。
これらのモンスターはいずれも、本来は群れでの行動を嫌うのだ。
「ゲイザーはひょっとしたら、テレパシーによる通信役も兼ねてるのかもしれません」
「いずれにしても索敵のポテンシャルが高いやつらばっかりだ」
こちらが先に見つけられたことは奇跡に近い。
今すぐに拠点にこの異変を知らせるべきだ。
と、ネイの脳にテレパシーの前触れ、つまり若干の痺れが起こった。
(こちら第4分隊)
ネイのすぐ西側を担当する分隊からの通信だ。
焦りをおさえた声色だった。
(グリッドC4で敵を発見。規模は400。シルバー・ゴーレム、シルバーナイト、中心に未確認の獣人のようなモンスター)
彼はもういちど情報をくり返してから、退却の許可を乞うた。
レーダーに反応しなかったこの規模のモンスターの大集団。
ふだんは洞窟内でしか見かけない白銀のゴーレム。
魔王の手駒であるシルバーナイトたち。
そして未確認の、獣人?
この地で明らかにおかしいことが起こっている。
第4分隊のメンツもそれを理解したようであった。
(こちら第7分隊)
続けて通信が入った。
(グリッドG5で敵を発見。規模5。フォレストガードとゲイザーを確認)
自分たちが今見たものと同じだ。
ネイはテレパシーの内容を分隊の全員に話した。
「まだ索敵したいけど……俺バカだから教えてくれ。やっぱ今帰還したほうがいいのかな」
彼の問いに、部下のひとりが進言する。
「帰還しましょう。今すぐです」
「分かった、ありがとう!」
小声で感謝の意を告げ、まずはセメスのいる拠点へ報告。
通信機のスイッチを押し魔素のタンクを開放して、レバーに手を触れ通信相手を想起する。
内部の魔法陣に魔力が注入され、テレパシーが発動した。
「こちら索敵第1分隊ネイ・フルート。C4にモンスターの大群!その他グリッドにも敵の偵察が多数!これより帰還する!」
「こちら本部、通信班。了解、帰還を許可」
続いてほかの分隊へテレパシー。
空気中の魔素をとりこみ複雑な魔法陣のかたちを思い浮かべる。
空気中に淡い光をともなって魔法陣が顕現した。
ここに魔素をからだから注入し、魔法が発動する。
(これより索敵を完了し、帰還する!行きのポイントで合流!)
不穏な空気が増していた。
『勇者』の失踪が現実味を帯び始めていた。
更新するとPV?が増えてくれるの嬉しいです。評価ポイント?みたいなものはまだ自分には贅沢か笑