27話 待ち伏せ(2)
「儀式魔法」
「『母神の礫涙』」
詠唱された魔法が谷全体にこだました。
その、瞬間の出来事であった。
手足を縛られていた人間たちが一斉に力無く崩れ落ちた。
まるで魔法の詠唱が号令だったかのように、突如として絶命したのだ。
「成功だね、メギイ」
「あとは魔力を流すだけだよ、レギイ」
2人の魔族は示し合わせたかのように空に手をかざした。
空中に巨大な岩の塊が現れた。
『勇者』たちが包囲されている谷底全体をその影が覆い尽くすほどの巨岩。
さまざまな色の深成岩からなるそれは、朝日に照らされ、散りばめられたガラス質の欠片を輝かせている。
ふたりの魔族たちが、かざした手をふもとの勇者たちへ向けた。
巨岩の下部にヒビが入った。
破砕音が谷底に低く轟く。
兵士たちからざわめきの声が上がった。
数秒の後、魔人たちの手の動きに合わせるようにいくつもの岩石が礫となって降り注ぎ始めた。
そのひとつひとつが5メートル四方はあろうかという大きさだ。
儀式魔法。
魔法陣の設定、魔法の想起、魔力の放出。
これらベーシックな詠唱手順の他に、特殊な手続きを必要とする魔法のカテゴリである。
"高度な知的生命体の命"を発動条件とする『母神の礫涙』の贄に、彼ら魔族は伯領で捕まえた人間たちを使うことにした。
捧げる命を増やすほど岩の質量を増やすことができるこのランク7の儀式魔法は、60もの命によって格上をも殺しうる火力へと成った。
大きな岩が降り注ぐ。
谷は狭く、回避という選択肢はない。
何人かの手練が防御魔法を広域に展開したようだ。
肝心のクレスは防御魔法の範囲外でトレントたちを狩っている。
マジックアーマーの耐久に自信があるのだろう。
守を捨てて短期決戦に出る判断はなかなかすばらしい。
だが、そうはさせない。
儀式魔法をあと8回は唱えられるだけの贄を用意してある。
トレントの予備隊に加え、より強固な守備力をもつ援軍も向かっている。
敵の転送先遣隊を倒し次第、『魔将級』たちもこちらに来る手筈だ。
あとは谷底の『勇者』たちが岩に押しつぶされていくのを、この安全な崖の上で見守っていればいい。
「伝令バエだよ、メギイ」
再びハエの一団が彼らの周りをうるさく飛び回った。
「「え……?」」
崖上に念のため配置していた守備隊が全滅。
ハエたちはそう言った。
前方の森の中に土煙が見えた。
今回もお読みいただきありがとうございました!
ブクマ・評価等よろしくお願いいたします!