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タクティカルな魔王討伐のススメ  作者: サブ
第2章
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18話 新たな任務の話

 参謀本部は王国の政治の一端を担っている機関だが、中心街から離れた場所に位置している。

 はじめは中心街にあったらしいが、ここ1世紀のあいだに今の場所に建て直されたらしい。

 それは国王の王国軍に対する軽蔑の現れである。


 増税で得た金で宮殿を豪華に飾りつけ、珍品を運ぶ荷車の本数を増やし、パーティの育成に注ぎ込む王の悪政。

 これに苦しむ民は、自分たちの怒りをぶつけることができる都合のよい政府組織に、王国軍を選んだ。


「いやクオリティまた上がった?」


 ゆえに本部の壁面には、色とりどりの落書きが所狭しと描き並べられている。


 セメス・ボナバルドたちの部隊は王都シェレッジへと帰還していた。

 受けた命令は、参謀本部に出頭するように、とのことだった。


「こんな満身創痍の部隊に、まさか新しい任務なんて言うんじゃないだろうな」

「王命ならあり得ます」


 オーラの鋭い指摘に、セメスはため息をついた。


 クレス・クーを見送ってからも、セメスたちはあの一帯にしばらく留まっていた。

 あの地域にいたパーティはすべて行方知らずとなり、前線を維持する者が他にいなくなってしまったためだ。


 基地拠点ハブ・ステーションへ退がり、連日襲い来るモンスターと戦うこと2週間。

 部隊の損耗率が70%を超えた時点で、参謀本部から正式に退却の命が下った。

 つまりセメスたちの部隊では、クレス・クー救出のための一連の作戦の中で7割の人間が死んだということだ。


 実戦での戦闘はセメスたち王国軍の本望であった。

 しかし、この状況は望んでいたものではない。

 乏しい補給、貧弱な武器、無能な命令系統。

 無駄に増えていく死亡者。


 このようなひどい戦闘を経て、やっとのことで王都へ帰還してきたというわけだ。


 参謀本部の扉には、ふたりの衛兵が立っていた。

 彼らの立ち姿から、普段からの厳しい訓練の成果が見てとれる。

 たかが民間の衛兵ごときとは一線を画す意識の差である。

 『常に備えよ』の姿勢は当たり前のように組織に根付いているらしい。


「久しぶりだねアイレッグ、トイ。訓練サボってないのえらすぎ」


 セメスの言葉に、彼らは真顔で敬礼した。


「よし、じゃあ行こう」


 セメスは振り返り、地獄の戦闘を生き延びた猛者たちの顔を見渡した。


 重い扉をたやすく開け、建物の内部に入る。

 汚い外壁とはうってかわって、建物の内部はとても清潔に保たれていた。

 軍服をまとった人間たちが木目の綺麗な廊下をせわしなく行き交っている。


「ボナバルド部隊長、こちらへ」


 入ってすぐに、女性秘書がセメスを奥の部屋へ誘導した。

 防音、対魔法の高度な結界が施された1級会議室のうちのひとつだ。


「メルゼレン副参謀長」


 会議室の入り口に寄りかかっていた初老の男性がこちらへ小さく手招きをした。


「救出任務ご苦労」

「『勇者』を助けたにしちゃ軽すぎますよ、労いが」


 余計な軽口はすべてスルーし、副参謀長と呼ばれた彼はセメスの背後を見た。


「部隊長以外ははけてくれ」

「じゃあみんなは報告、聴取が終わったら解散で。兵舎に戻るなり家族に会いにいくなり。ね、いいですよね」

「できるだけ早く休むといい」


 メルゼレン副参謀長は先に室内へ入っていった。


「簡潔に言おう」


 メルゼレン副参謀長は、室内に入るなり振り返った。


「5日後に任務に出てもらう」

「え、5日後……5日後?」


 セメスが慌てるのも無理はない。

 今さっき仲間に休養をとるように言ってしまったからだ。


「さっき休暇の許可をいただけた気が」

「だから"できるだけ早く“と言ったのだ」


 彼の焦りなど眼中にないメルゼレン副参謀長は、地図が置かれた円卓に近づいた。


 地図には六角形の大陸が描かれていた。

 北東部分は大陸と分離して、大きな島のようになっている。

 いわゆる『唯一大陸ザ・コンティネント』、セメスたちの住む巨大な大地だ。


 六角形の南端には王都であるシェレッジ。

 北端にある列島のうち、もっとも北側に位置するのが魔王城。

 大陸は東西、つまり横に7分割されている。

 地図では南から4つ目以降が赤に塗られていた。


「『勇者』を筆頭に、パーティは王都のあるパイガル地方をふくめて南から5つ目の地域まで進んでいた」


 地図上にいくつもの点が表示された。

 おそらくは例の『冒険者狩り』が行われる直前の、各パーティの位置だろう。


「しかし、前線にいた多くのパーティが全滅したことで戦線に穴ができた。セメス部隊長のように中規模以上の王国軍が駐屯していた場所は少なかったからだ。王国は、ここ5世紀で類を見ないほどの後退を余儀なくされた」


 部屋全体が低くうなったような声を奏でた。

 空間にはられた隠蔽系の結界魔法の作動音だろう。

 セメスは両手を卓につけ、地図をのぞきこんだ。


「王はこの状況を危惧しておられる。魔王生存の噂によって混乱する世論を鎮める目的もあろう」

「自分で暴露したのに?」

「いちいち嫌味を言うな」

「はいはい。となると、奪還作戦ですか」


 副参謀長は黙ってうなずいた。


「東西アブドム地方を奪還せよとの命だ。王国軍24,000人が動員される」


 王都のある最南端から数えて、南から4つ目の地方が指差された。

 六角形の大陸、そのほとんど中央に位置するアブドム地方。

 王国軍に任される任務としては明らかに今までにない規模である。

 しかし、まだ肝心なことを聞いていない。


「総指揮官は?どなたですか?」


 メルゼレン副参謀長はごく短いため息をついて答えた。


「『神速』のクレス・クーだ」


「『神速』の……マジですか?」


 セメスは思わず身を乗り出した。


「本当だ。指揮系統の中枢は全員が冒険者になる。国王たっての希望だ」

「そんな!うまくいくはずないですよ」


 副参謀長は表情を変えずに黙ってセメスを見つめた。


 セメスの指摘はもっともである。

 最大8人のパーティと王国軍とではとりうる戦術のスケールが違いすぎる。

 『勇者』とて万能ではない。

 彼らに大軍を指揮できる能力があるとは思えない。


「王はもともと残存するパーティだけでの奪還を考えていた。そこに我々が無理を言って王国軍の随伴許可を得たのだ。たかが数十人のパーティ連合で広大なアブドム地方を奪還しにいくよりは、状況はいくらかマシだろう」

「王様が素直に軍の言うことを聞くわけない。いくら積んだんです?」


 メルゼレン副参謀長は自身のポケットから革財布を出し、空の中身を見せた。

 王に意見を通すには、どうやら軍の余剰資金だけでは足りなかったらしい。


「我々は『勇者』たちの隷下となり、彼らの言うことを聞いて兵を動かしていればいい」

「ミスったら王様はどうせ軍のせいにするくせに」

「お前は上司と話している自覚を持て」


 彼は呆れたように首を振った。


「それに誰が盗聴しているか分からん。1級会議室の隠蔽魔法を無効化してくるやり手が、国王直属の諜報機関に何人いると思っている?」


 圧政の象徴である。

 王国の監視機能をあなどってはならない。

 セメスは慌てて口をつぐんだ。


「とにかく、セメス部隊長には1000人規模の兵力を率いてもらう。5日後、広場で顔合わせの後にすぐ出発だ。部下を集めておけ」

「そんな鬼な……」


 仕事人の顔に戻った副参謀長は、有無を言わせないつもりだ。

 仕方なくセメスは、休暇へ送り出した部下たちを集めるために会議室を出た。

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