17話 つけ
セミナリオは王都『シェレッジ』の中心にある。
王宮に流れる冒険者優遇の風潮の影響で、セミナリオの立地も、外観も、何もかもとても豪華だ。
ここで働く人間の待遇も非常によい。
ニコラも例に漏れず高い給料をもらっている。
荘厳な邸宅や施設が建ち並ぶ中心街を抜ける。
30分ほど歩くと中層民の家が立ち並ぶ城下町だ。
中層と言えど、彼らの生活水準は決して高くはない。
城下町に住むにあたって幾重にもかけられる多様な税のおかげで、ほとんどの人にとって王都シェレッジでの暮らしは華々しさを欠いている。
焼きレンガの壁がひしめく路地を幾度も曲がって、さらに20分。
路地のつきあたりに、さびれた道具屋が見えてきた。
あたりを見回し人がいないことを確認してから店に入る。
店内は薄暗い。
中年の店員がひとりカウンターの奥に座っている。
彼はニコラを一瞥し、いらっしゃい、と気だるげな声を発した。
ニコラはカウンターの前まで歩いていった。
「調子良いですよ」
店員に言うと、彼は舐め回すようにニコラの顔を見たあと、血管の浮き出た首を店の奥にくいと向けた。
本や文房具の棚が並べられていたはずの店の奥には、いつの間にか両開きの扉が姿を現していた。
ランクの高い投影魔法によって隠されていたのだ。
扉を開ける。
硬質な土を掘って、木の柱で固定した空間。
ふたりの門番がこちらをじろりと見て、それから魔法的な身体検査を施した。
OKをもらったニコラはさらに奥へと進む。
扉の奥の空間は地下へと続いていて、入り組んだ廊下と多数の部屋が姿を現した。
「ニコラ」
向こうから歩いてきた身長の高い男が、ニコラのとなりに並んだ。
「今月も物資が届いた」
「各支部への振り分けは?」
「すんだよ。1組だけ検挙されたが、うまくごまかした」
「これで予定量の何割だ?」
男はあごひげをなでた。
「8割ってとこだなあ。これでほとんどの戦闘員に武器が行き渡る」
「いよいよだな」
ニコラは死んだ家族を思い浮かべていた。
1年前の惨劇、『超長距離消滅魔法』の生贄として死んだ嫁と息子。
彼女たちは片田舎で教師をやっていた自分を支えてくれながら、慎ましく生きていた。
なんの罪もない。
なんの罪もない無垢の民だったはずだ。
すべては国王のせいだ。
奴の前では民の命などゴミに等しい。
王国の領土をおびやかす魔王は、国民の命より優先すべき課題だったのだろう。
事実、魔王は古来よりいく万の人間を殺してきた。
あの儀式魔法で魔王が死んだのなら、ニコラの家族たち126,000人の命は少しでも報われたかもしれない。
しかし、どうだ?
今、王都は魔王生存の報で溢れかえっている。
くわえて、情報源は軍部大臣だという。
うそだったら口の軽い王には言わないはずだ。
情報が広まれば不利になるのは、生贄を対価に魔王を殺したはずの王政一派だからだ。
糾弾や反乱のリスクを負ってまで公開するということは、つまり魔王の生存は確定的な情報なのだろう。
魔王は死んでいない。
生贄たちの死は無駄だったというのか?
ならば、なぜ家族は殺された。
なんのために死んでいった。
こつこつと、ただ地道に。
家族や愛する人を生贄にされたその日から、ニコラが所属する『レジスタンス』は力を蓄えてきた。
王都に潜伏する正規戦力6,000と、各地に散らばる20,000の構成員。
戦力は整いつつある。
パーティから抜けてこちらに協力してくれる、一騎当千の強者もいる。
さらには匿名の大口パトロンから物資の提供が続いている。
ニコラ・サヴィニーはセミナリオで魔法学教師を装い、王都の中心街を偵察する役割を背負っていた。
レジスタンス内での役割は、対人魔法の教官だ。
決起の日は近い。
もうこれ以上、ニコラ・サヴィニーのように大切なものを失う人が出ないように。
目指すは国家転覆。
王の殺害である。
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