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タクティカルな魔王討伐のススメ  作者: サブ
第1章
13/32

12話 刹那

 魔人がオーラの首に手をかけ、その長身を宙へ持ち上げた。

 息ができない。

 魔素も思考するための酸素も足りず、魔法が発動できない。

 終わった。

 任務を全うできない。

 握っていたハンドアクスを落とす。


(申し訳ありません、セメス部隊長……)


 オーラは目を閉じようとした。






 視界に一筋の光が差した。

 視野の左端から右端へ横断する光の一閃。

 魔人の片腕から黒い血が噴き出し、首を掴んでいた手が離れたことを認識するまでに数秒かかった。


「んだァ?」


 狼狽を隠せない魔人の前に、一瞬だけ人影が映った。

 次の瞬間には敵は後方の岩へ叩きつけられていた。


 背中だ。

 広くたくましい勇者の背中。

 背負っていたふたつの鞘から、銀色に輝くふた振りの剣が抜かれていた。


「クレス様……!?」

「王国兵が俺の正義を語らないでくれ」

「……失礼いたしました」

「……」


 クレスは双剣のつかを握り直した。

 動ける。

 応急処置が効いている。

 『勇者』パーティの僧侶の治療がすべての身体機能をあまねく回復する術だとしたら、こちらは機能の根幹をピンポイントで回復する治療術。

 8日分の疲労は半分以上が取り除かれ、体幹の筋繊維と骨、主要な内臓のダメージが動ける程度に治っている。


 動くたびに違和感はあるが無視できる

 あの日以上の力を出すには十分すぎるコンディション。

 絶対に殺す。


「『至天する翼(シエルマルア)』」


 ランク8の速度強化魔法。

 凡人では、いや天才ですら到達不可能の領域に鎮座するこのバフ・スペルを、クレスは万全とは言えないそのからだで唱えてみせた。

 魔人はもう、彼の速度から逃れられない。

 『神速』と呼ばれる男の本領が顔をのぞかせる。


 刹那の加速。

 ちいさな衝撃波が発生するほどのスタート。

 空気が摩擦できらめき、同時に魔人の腕が飛んだ。


「急になんだテメェ、もっと弱かったろうがァ!」


 明らかに憤怒する魔人。

 周囲の魔素が敵を中心に渦巻き、そして。


「『飽くなき獣性の解放ゥ(ゲヘナ・ゲノム)!!』」


 同じくランク8のバフ・スペルが発動した。


 クレスは敵の魔法に怯むことなく再度距離を詰める。

 くりだされる、ほとんど不可視の一閃。

 しかし魔人は受け止めた。

 そのまま10ほどの斬撃がお互いから放たれた。

 クレスの攻撃は魔人の皮膚に何度も届いたが、すべて浅い。


 一旦敵の懐から離れる。

 クレスは至天する翼(シエルマルア)の詠唱に魔素を使うために、マジックアーマーを解いていた。

 狙うは神速の一閃による一撃離脱。

 互いの間合いでの斬り合いが長引けば攻撃をもらうリスクが高まる。


 斬り結んだ時に気づいたが、魔人の腕力が増していた。

 表皮も先ほどよりかなり硬い。

 ゲヘナ・ゲノムといったか、あの魔法は能力全般を底上げする類のバフだろう。


 一方クレスのからだは長く保ちそうにない。

 所詮は応急処置。

 治療してくれた衛生兵は、"立って歩けるくらいには"治療したと言っていた。

 つまり、高ランクの魔法詠唱と足の瞬発的な酷使はキャパオーバー。

 からだは一気にダメージを負った。

 これ以上の戦闘の長期化は本当に負けかねない。


「エンチャント、『金剛穿つ竜巻ピアシング・トルネード』」


 双剣の刃のまわりを回転する空気の流れが現れた。

 魔法の効果を無機物に付与するエンチャント。

 ただ同じ魔法を唱えるより数段難度の高い技術を、クレスはランク6の風魔法でやってのけた。


 これで斬撃の火力が上がる。

 あとは隙。

 最速、高火力の攻撃をクリティカルヒットさせる隙を狙う。


 隙を伺って魔人の周りをジリジリと回る。

 タイミングがない。

 今詰めてもまた受けられる。

 それでも攻めなければ。

 もう一度地面を蹴る。

 亜音速の攻撃を、かろうじてではあるが、またもや魔人は受け止めた。

 しかし、戦況は動き出す。


 いくつもの火炎球が魔人の側面に当たった。

 敵がのけぞる。

 地面に突っ伏していたあの女兵士が、こちらに向かって手をかざしていた。

 魔法の援護だ。


「っし!」


 大きなスキができた。

 悔しいがいいアシストだ。

 チャンスを逃さずに魔人の腹に剣の連撃を入れる。

 肉体に刃は届かず、回復しかけのマジックアーマーで無理に防いだ反発で、敵は後ろに吹き飛ばされていった。


 これを突進で抜き去り急ブレーキ。

 飛んできた魔人の背中へ、大ぶりの横なぎを叩き込んだ。


 下半身が宙に飛ぶ。

 マジックアーマーの破砕音と魔人の断末魔。

 今にも生き絶えそうな魔人の前にクレスは立った。


 仲間の顔が思い浮かんだ。

 おそらく全滅したであろう村人たちの顔が頭をよぎった。

 痛みも忘れ、彼はただ冷静に死にゆく魔人を見下ろしていた。


「『勇者』は壊滅……俺たちの、"魔王"の時代だァ」

「『勇者』は死んでねえよ」


 致命傷を負ってなお自らの敵をぎろりと睨む魔人にとどめを刺す。

 大きく痙攣し冷たくなっていく敵を横目に、周囲を取り囲む獣人たちへターゲットを変える。

 女兵士は重症だ。

 他の兵士たちも40名ほどしか残っていない。

 早くここを離脱しなければいけない。


 『神速』クレス・クーはランク8のバフ・スペルをかけなおした。

 周囲の獣人を一掃するのに時間はかからなかった。

また間隔が空いてしまいました。

ここらへんの話は、戦術だけじゃなくてフィジカルでゴリ押すロマンあるシーンも書きますよ、ということを強調したかったので、あんまり頭脳戦は描けなかったですね。次の章ではちゃんと戦記やりますので!

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