10話 点火(1)
クレス・クーはしがない農村の生まれだった。
その村は外界から切り離されていた。
一番近い都市でも1日かけて歩かなければたどり着けない辺境。
魔王との戦争、『勇者』パーティの進撃、王の悪政。
王国民の関心の的であったこれらの情報は、何ひとつとして村に入ってこなかった。
へんぴな村だったが、両親は高い志をもっていた。
困っているひとを見捨てず、常に利他の心であり続けた彼らは、クレスにもそうあるようにと願った。
おかげでクレスは、正義感の強い立派な青年に成った。
幼い頃から父に畑の耕し方を叩き込まれ、母に縄の編み方を学んだ。
将来はライ麦農家と決まっていた。
そのはずだった。
突発的なモンスターの襲来。
村の壊滅。
周辺を巡回していた王国軍の救援。
奇跡的に家族全員といっしょに助け出されたクレスを診察した軍医は、当時腰を抜かしたという。
いわく、天性の瞬発力、加速力、速度強化魔法への親和性、腕力、そして動体視力。
診察時、手続き的にかけた基礎運動能力の評価魔法が出した数値は、イレギュラーそのものだった。
王国の国庫から500万ゴールド相当の手形が発行された。
生き残った村の全員が20年は食べていける額。
もちろん、クレスを買い取るため。
冒険者として育て、戦力とするためだ。
正義感の強い両親は、人のためになるならと笑って彼を送り出した。
冒険者の育成機関で4年を過ごしたクレスは、同期の成績上位3名とともに組織されたパーティで活動し、2年後には『勇者』となった。
以来クレスは『勇者』パーティの双剣使いとして、魔王討伐の期待を一身に背負ってきた。
この日、までは。
外の王国軍は押されているようだった。
自分が手負いだったとはいえ、戦意がなかったとはいえ、5日間の疲労が溜まっていたとはいえ。
勇者ですら勝てないレベルの敵に、税金を無駄に食いつぶすだけの王国軍の兵が敵うはずがない。
クレスは王国軍を無意識のうちに見下していた。
自らは王と民からの信頼厚い『勇者』。
片やろくに実戦に出ないお飾りの兵士たち。
門の前に立って、パレードで歩いて、物資を運んで道路をつくるだけのかかしだと思っていた。
自身の活躍と王国軍の地味な活動をどこかで比べていた。
『勇者』をはじめとするパーティだけが、唯一王国の戦力であると。
今の今までそう思っていた。
思っていたのに。
「敵の裏取りの可能性を捨てます。後方に散開している味方を余裕のない右翼側へ」
「円陣をひとつ下げて。魔導士はかたまって敵の後続を狙ってください」
「陣形を強く保持しようとしないでください。柔軟に突撃のインパクトを吸収するんです」
絶えず飛び交う、部隊長らしい女の命令。
まるでひとつの生物のように、即座に応える周囲の兵士たち。
魔人の猛攻の合間を縫って、彼女は戦場全体を必死に見ている。
純粋なフィジカルなら『勇者』パーティの僧侶にすら完敗する程度のレベル。
しかし戦闘中の連携、頭の回転ならば『勇者』のそれをはるかに凌ぐのではないか。
兵士の数は確実に削られている。
しかし円陣も同様に大きく後退しているかと言われると、そうではない。
彼らはじりじりと下がってはいるが、致命的な穴が開くことはない。
陣の内側に敵の突破を許すこともない。
なんだこいつらは。
これがあの王国軍なのか。
これが、王に、民に、冒険者たちに、蔑まれていた組織の実力なのか。
一方、オーラの継戦能力は限界を迎えつつあった。
魔人の猛攻は一向に止まない。
目が慣れてきた反面、からだは疲労で動かなくなりつつある。
盆地を抜けるときにランク7の魔法を撃ったこともかなり響いている。
ランク7は大技。
体感で体内魔素の3割はもっていかれる。
3割を空気中から集めるのに1時間はかかる。
盆地を抜ければ大きな戦闘はないと思っていた。
リスク管理と消費魔素の配分を誤った。
敵の連撃を一時的に終わらせるために、オーラは威力の大きな爆発魔法に頼っていた。
爆発を回避するために魔人は距離を取らざるを得ない。
このタイミングで一息つき、次への攻撃に備える。
ジリ貧だがこの方法しか思いつかない。
自分の体力と体内の魔素が尽きない限り時間稼ぎにはなる。
息が切れる。
魔法陣の設定、魔法の想起、魔力の放出。
爆発魔法の発火点が魔人の眼前できらめいた。
今まで通り魔人は飛びのいて距離を取り、オーラが一息つく時間ができる。
はずであった。
爆炎が横一閃、切り裂かれる。
魔人が刀を振りかぶり飛び出してきた。
体表の鱗はところどころが焦げ、ただれている。
多少のダメージと引き換えにとどめを刺しにきた。
ぎらつくように笑う敵の凶刃がオーラのマジックアーマーを破壊した。
腹に横一文字の切り傷ができ、勢いよく鮮血が噴き出た。
ぐらつく彼女の右肩に、間髪入れずに長刀が刺さる。
その直後。
オーラは自身の周囲でいっそう大きな爆発を起こした。
「チッ……うっとおしいナァ」
より上位の爆発魔法。
さすがにこれは無視できず、魔人は距離を取る。
一方オーラは自身の魔法によって数箇所に火傷を負った。
気持ちを落ち着ける。
止血の魔法をかけ応急処置。
「来なさい」
左手にハンドアクスを持ちかえ、構える。
ボロボロのからだで相手を威圧する。
評価の方よろしくお願いします!
忙しくて投稿間隔空いちゃいました…
ただでさえ少ないのに読者様は大切にしないと!