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新しい関係

 歩美から告白されて晴れて恋人関係になった昌雄は、嬉しさからふわふわした気分になった。それと同時に、望んでいた返事をもらえたことに安心もした。

 歩美には改めてよろしくと言われたが、二人の関係性が恋人とはっきりとしただけであり、それ以外にすぐに大きな変化があったわけではない。

 男として歩美への下心は普通にあるが、恋人になったからといって簡単に触れていいとは思えなかった。

 それに、付き合う前から歩美が自分のことを「昌雄君」から「マサ君」と呼んでくれるようになったことが嬉しかったが、昌雄の方は「歩美さん」という呼び方を簡単に変えられそうになかった。

 昌雄にとって歩美は隣の家に住んでいて昔から家族ぐるみの付き合いだった幼馴染だが、やはり年上という意識もあるため、呼び捨てどころかちゃん付けすら失礼な気がした。ただ、中学校からは学校が別々になったこともあり、「先輩」という呼び方にはならなかった。まだ先輩呼びよりは名前で呼ぶ方が親しい印象になっているかもしれない。

 昌雄は、仮に自分が歩美への呼び方を変えても嫌な反応はされないだろうと想像しながらも、昔からの習慣と恥ずかしさから実現しないだろうと思った。

 同じように昌雄自身も、歩美から「昌雄」と呼び捨てで呼ばれることに抵抗はなかったが、そうなることはないだろうと思った。ましてや、あだ名で呼び合うなんてもっとありえないだろうとも思った。


 歩美から告白された翌日、昌雄は羽山から

「随分にやけとるけど、昨日なんかあった?」

と聞かれた。

「うん…まあな」

昌雄は、どうせ喜びでいっぱいになっていることを顔に出さないように意識してもごまかしきれないだろうし、以前話した内容からして何か聞かれるだろうと少し諦めていた。ただ、自分から話すのは自慢みたいになるだろうとも思った。

「やっぱり、チョコレートをもらえたとか?」

予想通り、羽山はそう聞いてきた。

「そう、なんやけどさ」

昌雄は、はにかみながらそう返した。

「そうなんや。じゃあ、彼女ができたんやな。おめでとう」

羽山は嬉しそうにそう言ったので、もっとからかわれるものだと思っていた昌雄は少し驚いた。ただ、羽山は歩美のことを「自分は狙えない相手」と言っていたので、変な嫉妬心はなかったのかもしれないとも思った。

「ありがとう。俺も、中学生のうちに彼女ができるとは思わんかった」

昌雄は、素直にそう話した。

 それから、昌雄に高校生の彼女ができたという話は、クラスを中心に有名になっていった。


 一方同じ日、歩美の方も学校で嬉しい報告を仲間達にしていた。

「私、ちゃんとマサ君に告白できたよ」

朝礼前に歩美は明るくそう告げた。

「その話が聞けてほっとした。おめでとう。歩美に彼氏ができたんやね」

志緒里は、お菓子作りを教えたこともあり、1番に安心した。

「ありがとう。志緒里がお菓子を教えてくれたおかげで、美味しいって喜んでもらえたの」

「そっか。でも、歩美もお菓子作りは頑張って練習したんやろ?」

志緒里は、歩美の言葉を嬉しく思いながらもそう聞いた。

「まあ、それもあるけどな」

歩美も、そうはにかんだ。

「あのガトーショコラ、めっちゃ美味しかったよ!」

珠姫も明るくそう話した。

「そう言うけどあんた、昨日はめぐさんにもチョコのおねだりしたんやってな⁉︎」

涼子が呆れながらそう聞いた。めぐさんとは、演劇部の同級生である吉岡 (めぐみ)のことである。

「だって、じゅんじゅんもファンが多くてたくさんチョコレートをもらってそうやったから」

珠姫は明るくそう話した。

「そういえば、めぐさんのことをじゅんじゅんって呼んどんのってたまちゃんくらいやよな?」

歩美は素朴な疑問を口にした。

「確かにそうかも。めぐさん自身は、どう呼ばれてもええらしいけど」

志緒里もそう納得した。

「それで、昼休みにわざわざめぐさんのクラスに押しかけたんやろ?その様子に驚いたうちのクラスメートが私に報告してきたよ」

涼子がそう話した。そして

「後でめぐさんに『うちの珠姫が迷惑かけてすまない』って謝りに行ったら『何で涼子ちゃんが謝るの?』って笑っとったよ。珠姫のことも怒ってなかったみたいやし、めぐさんも人がええよな」

と続けた。

「じゅんじゅん、涼子と同じように『私にくれた子には申し訳ない気もするけど』って躊躇いながらもチョコくれたよ!めっちゃええ人やよな!」

そう話す珠姫の笑顔を目の前にして、確かに珠姫相手だとこのような図々しいおねだりをされても腹は立たないかもしれないと一同は納得した。

「せっかく歩美が嬉しい報告してくれたのに、珠姫の話でぶっ飛びそうになったわ」

涼子がそう苦笑いした。

「何それひどーい。私だって歩美の恋が成就したことは嬉しいよ」

珠姫は例のごとくそう反論したが、その言葉に嘘は感じられなかったので歩美は素直に

「うん、ありがとう」

とお礼と言った。

「昌雄君と楽しく過ごして、結婚式には絶対呼んでな!」

珠姫が唐突にそんなことを言い出したので、歩美は

「けっ…結婚⁉︎幼稚園児やないんやから、そんな先のことを簡単に言われても…」

と動揺した。しかし、珠姫は以前にも昌雄に告白しないのかと言ってきたくらいなので、他人事な分そのようなことを深く考えずに口にできるのかもしれないと納得した。そして

「もしかして、結婚式では豪華な食事やデザートが出るからとか考えとる?」

と聞いた。すると、珠姫は途端に答えられずに大人しくなったので否定できない話なのだろうと納得した。

「なんか珠姫らしいな」

とまた涼子に苦笑いされた。

「でも、完全に冗談ってわけでもないんやろ?」

歩美は、フォローのためにも珠姫にそう聞いた。

「うん!歩美には昌雄君とずっと一緒にいてほしいし、私たちの中で最初に結婚してほしいって思っとるよ」

珠姫が明るい笑顔で答えたので歩美はほっとした。

「それは私も一緒かな。歩美の花嫁姿、綺麗なんやろな」

と志緒里も微笑んだ。

「そうやね。随分先の話かもしれへんけど、楽しみやな」

涼子もそう賛同したので歩美は恥ずかしくも嬉しくなった。自分は高校生で相手は中学生であるため、将来のことなど想像もできないが、昌雄と一緒にいられる未来なら、きっと幸せだろうと想像した。


 バレンタインデーから1週間経つ頃には、昌雄の中学校は試験期間に入ったため、部活動も休止され、勉強や提出物のために歩美に会う機会も減っていった。

 試験範囲が発表されてからは部活がないからと遊びに行くような生徒もいたが、昌雄にそのような余裕はなかった。ただ、少しずつながら温かくなってきて春の訪れを感じることはあった。

 そして、3月には歩美へのお礼のためにもホワイトデーのプレゼントを贈ろうと考えるようになった。もうすぐ3年生になり、高校受験という現実が迫っているため勉強はしっかりしないといけない。色ボケしている暇はないと自分に言い聞かせながらも、そのことを考えるとわくわくした。

 そして、歩美の喜ぶ顔やこれからカップルとして楽しく過ごす時間を想像すると、そのためにも今は勉強を頑張ろうというモチベーションになった。

 どうしても勉強が最優先になるため遊べないなりに、昌雄は自宅にいるときに歩美に連絡することがあった。

「こっちも試験範囲が発表されて、部活もほとんどなくなったよ」

歩美からはそう返事があったので、昌雄はやっぱりしばらくは会えないことを寂しく思いながらも、歩美も勉強を頑張っているのだと考えて、自分も負けていられないと思えた。


 「歩美さんへのプレゼント、何にしよう…」

それから昌雄は、試験勉強の傍そう考えることが多くなった。

 プレゼントを贈る時は、いつも悩まされる。それも楽しい時間なのだが、決まった正解がなく、相手や自分の懐のことを考える必要がある。

 安価な物は相手をバカにしていると思われる可能性があり、高価な物は重い印象を与えたり圧力を与える可能性もある。

 まだアルバイトもできない中学生の昌雄に買える物は限られていたが、まだ使っていないお年玉があった。それに、無条件に貢ぎたいわけではないが、歩美のために使うお金は有意義だと思えた。

 もう付き合っているのだから歩美に直接何が欲しいか聞いてもいいかもしれないと思ったが、それはプレゼントの楽しみを奪うことになるのではないかと考えて止めた。

 贈り物にも様々な意味があるらしいが、やはり贈る相手に喜ばれることが1番重要だと思った。ただ、バレンタインデーやホワイトデーの贈り物のコーナーにふざけたネタのようなお菓子や下着が置いてあるのを見ると、これは一体誰が何のために買うのだろうと目を疑った。しかし、買う人がいるから置いてあるのだろう。

 歩美から手作りのお菓子をもらえたことが嬉しかったので、自分も同じように手作りのお菓子を贈ることも考えたが、お菓子作りの経験はほとんどなく、手作りやその練習をする時間の余裕もなかった。

 そんな中、昌雄は休日に家族と一緒にショッピングセンターに買い物に行く機会があった。

 人通りの多い広場には、ホワイトデーの贈り物のコーナーが設けられ、お菓子やプレゼントが並んでいる。それらも見ているだけでも楽しいほど魅力的なため、どうすればいいのか迷った。

 そんな中昌雄は、『贈り物に迷っている人へ』という題名の掲示に気付いた。これまで贈った物も含め、あまり意味を知らなかった昌雄は、参考になるだろうとその掲示を熟読した。

 その中には、様々な贈り物の意味が紹介されていた。キャンディは「あなたが好き」マシュマロは「あなたが嫌い」クッキーは「友達のままでいたい」マドレーヌは「もっと仲良くなりたい」など。また、お菓子以外の贈り物の意味も紹介されていた。

 クッキーは、同性や恋愛との関係性のない相手なら問題ないかもしれないが、今回は贈ってはいけないと思った。そして、嫌いという意味のマシュマロや、別れたいという意味のハンカチを、この掲示の内容を見て選ぶ人もいるのだろうかと少し気になった。

 もちろんこの掲示に紹介されている物は全て、この売り場で販売されている。その中で、昌雄は歩美へのプレゼントとして1番適切と思う物を決められた。試験が終わる頃を待っていたら品切れになるかもしれないから、もう買ってしまおうと決断した。


 そして試験が終わり、ホワイトデーの日を迎えた。昌雄の中学校ではまだ授業が続いていたが、歩美の高校の授業はほとんどなく、部活が終わる時間も早くなっていた。

「お邪魔します」

昌雄は、学校が終わり帰宅してから真っ先に歩美の元を訪ねた。

「マサ君いらっしゃい。会うのはちょっと久しぶりやね」

歩美はそう話し、優しく出迎えてくれた。2人ともしばらく試験に追われていて、終わった後はその分部活で忙しくなっていた。

「そうやね。俺は元気やったよ。今日はバレンタインデーのお返しに来ました」

昌雄はそう言い、用意したプレゼントを歩美に手渡した。

「歩美さんみたいに手作りできなくてごめん。でも、喜んでもらえるものを考えて選んでみた」

昌雄は、はにかみながらそう告げた。

「そんなの気にせんといて。お菓子作りは大変やったから、私でもまたしようとは思えへんし、マサ君も同じことをせなあかんとは思ってへんよ?」

歩美は驚いてそう話しながら

「ありがとう。開けてもええ?」

とバレンタインデーの時の昌雄と同じように聞いた。

「もちろん」

昌雄は笑顔でそう返した。

 歩美はその反応を嬉しく思いながらプレゼントの包装を解いた。

「これって、マカロンやったっけ?初めて食べるな」

歩美はプレゼントの中身を見てそう話した。

「そうなんや。俺も食べたことないけど、ホワイトデーの売り場で『あなたは特別な人』って意味があるって紹介されとったから選んだんや。それに、可愛いお菓子やラッピングのデザインが歩美さんに似合うと思って」

昌雄は、照れながらもそう説明した。

「ありがとう。めっちゃ嬉しい」

歩美も赤くなりながら、素直に自分の気持ちを話した。

「そうや。凛太朗に取られる前に、ここで食べてもええ?」

続けて歩美はそう聞いた。

「うん。俺も先月そうしたから」

昌雄はそう快諾した。

「マサ君もマカロン食べたことないなら、一緒に食べる?」

歩美がそう言い出したので、昌雄は

「えっ、せっかく歩美さんに贈ったものやのにええの⁉︎俺は歩美さんから貰ったお菓子を全部一人で食べたのに」

と驚いた。

「あれは事前に毒見してたから気にせんといて。練習で作ったやつは弟に食われまくったし。それに、美味しいものは好きな人と一緒に食べるともっと美味しいやろ?」

歩美はそう説得してから、自分の言った言葉に恥ずかしくなった。

 昌雄も

「毒見なんて言い方しなくても…」

と言いながら、歩美の台詞や反応に対して恥ずかしくなった。それと同時に、歩美が自分のことを好きと言ってくれることを嬉しく思った。

「ありがとう。じゃあ、1個だけもらうな」

この場合下手に遠慮し続けるほうが失礼かもしれないと考えた昌雄は、素直に歩美の言葉に甘えた。

「美味しいな。特別って意味が込められているのもわかる気がする」

歩美はそう言って美味しそうにマカロンを食べた。

 昌雄はその様子を可愛く思ったと同時に、喜んでもらえたことにほっとした。そして、自分にも分けてくれたということは、歩美にとっての自分も特別なのだろうかとも少し考えた。

「うん、美味しいな。歩美さんが喜んでくれるなら、来年以降も贈ろっかな」

昌雄も笑顔でそう話した。

「来年…そうやね。これからもマサ君と一緒にいられたら嬉しいな」

歩美は、昌雄の言葉にそう反応した。

「もちろん。俺は年下で頼りないかもしれへんけど、ずっと歩美さんといたいから…」

昌雄はそう話したが、恥ずかしさから言葉に詰まった。

「ありがとう。でも私、マサ君を頼りないと思ったことはないよ?」

歩美は、首をかしげながらそう話した。昌雄は自分より年下という意識はどうしてもあるが、だから頼りないとか子供っぽいと思うことはなかった。

 それに、同級生の男子が怖かったほどなので、もし付き合う相手が年上だったら、『先輩』などという目上の立場も付きやすく、威圧を感じたかもしれないと思った。年下でも弟の凛太朗のような生意気な男子は彼氏にできなかったと思うが、昌雄は素直で可愛い。

「ありがとう。今日で付き合って1ヶ月になるけど、これからもよろしく」

昌雄は、歩美の言葉が嬉しくなり、思わず歩美の手を握った。月毎など細かく記念日を設けたいわけではなかったが、2人の恋人としての記念日が増えることは喜ばしかった。

 歩美は、昌雄に手を握られたことにドキドキしながらも、幸せに思った。野球の応援に行った時も手は握られたが、今は恋人としてそうなっている。そして、その頃よりも昌雄の手がしっかりして温かくなっているように思った。

「うん。こちらこそ、これからもよろしくね」

歩美は、昌雄の手を優しく握り返してそう微笑んだ。

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