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勝利の女神

 「何か、前よりボールを取りやすくなった気がするけど、俺の気のせい?」

野球部の練習中、昌雄とバッテリーである投手(ピッチャー)の淳平がそう聞いた。

「ばれた?実は、こないだの休みに歩美さんとキャッチボールしとったんや」

昌雄が嬉しそうにそう返した。

「うわー、めっちゃニヤニヤして気持ちわるー」

淳平は笑いながらそう言った。

 淳平は昌雄より1年後輩だが、リトルリーグ時代からの相棒ということもあり、互いに話し方に遠慮がなかった。淳平は昌雄を呼び捨てすることはないが、敬語で話すことはなかった。

「気持ち悪くても、野球にも活かせとるんやからええやん!」

と昌雄は拗ねた。

「ってか、いつから歩美さんと付き合っとんの?昌雄君は昔から歩美さんのことが好きやもんな」

淳平にしれっとそう聞かれて、昌雄は息が止まりそうになった。

「まだ付き合ってへん。…って言うか、お前にそんな話したことあったっけ?」

昌雄が赤くなりがならそう聞いた。

「ばれてへんとでも思っとったん?昌雄君の気持ちに気付いてへんだんって、歩美さんくらいやろ?」

淳平は、からかうでもなく淡々とそう聞いた。

「うるっさいな!これでも誕生日プレゼントを贈って告白したんやからな!」

昌雄の投げるボールが強くなる。

「へーやるやん。応援しとるから頑張ってな」

淳平の言い方にむっとした昌雄は

「何やねんその上から目線、一応俺の方が先輩やのに!」

と叫んだ。

「いや、自分でも『一応』って言ったやん。俺だって、素直に応援するのが恥ずかしいんや」

と、淳平まで照れ始めた。

「そんなお前こそ、好きな子とかおらんの?」

悔しさから、昌雄がそう聞いた。

「俺⁉︎どうやろ。少なくとも彼女はおらんし欲しいとも思わへん」

「そうか」

考えてみれば淳平はまだ中学1年生だから、そこまで女子への関心は少ないのかもしれない。だからこそ、こうして人様の恋愛を応援する余裕があるのかもしれない。

「可愛い顔しとんのにもったいないよな」

昌雄は、少し開き直ってそう言った。

「ばかにすんなよ。可愛いなんて言われても嬉しないわ」

淳平も少しむすっとしてそう返した。

「さっき生意気言われたんやから、こんくらい言ったってええやろ」

とまた激しさのない言い合いになる。

「今度の試合は歩美さんも応援に来てくれるんやで!でも歩美さんには近付くなよ」

と昌雄は張り切った。

「歩美さんが来てくれるんは嬉しいけど、近付くななんて言う権限はなかろう」

と淳平は呆れた。

「だって、歩美さんは男性不信が原因で女子校に入ったんやで。年下ばかりとはいえ、男子ばかりの場所に行くのは怖いかもしれへん」

昌雄は真剣にそう話したので淳平も冷静に

「随分過保護やな」

とは言ったが、それ以上何も言わなかった。そして、あることを考えた。

「歩美さんにかっこいい姿を見せるためにも?次の試合は一緒に頑張ろな!」

これまでのやり取りに反して、力強くそう言ったのは淳平の方だった。

 実際、最近の昌雄は急激に野球の技術も上がり力も強くなったと、周囲の人々は皆実感していた。

 特に、淳平はそんな昌雄を身近に感じたために、自分も負けないくらい成長しようと思うのだった。


 そして試合当日

「遊びに来たよー」

という歩美の優しい声が聞こえて、昌雄はテンションが上がった。

 しかし、歩美は1人ではなかった。

「姉さんに付いてきました」

と静かに言う、歩美の弟の凛太朗。

「兄ちゃん頑張ってな」

と元気いっぱいな、昌雄の弟の義雄。

「一緒に応援するよ!」

と笑顔いっぱいの、淳平の妹の凛子(りんこ)

「歩美さんと応援できて嬉しい!」

と大はしゃぎの、上記3名の親友であるイクラこと板倉要(いたくらかなめ)も一緒だった。

「え…どうなっとんの?」

と昌雄は驚いた。

「だって、歩美さんが男子だらけの場所に来ることを心配したんやろ?やから、妹にもその話をして、凛太朗君達も誘って応援に来てくれへんかって頼んだんや。それに、他の女の子も一緒の方が行きやすいかと思って」

と淳平は話した。

「うん、確かにそうやけどさ」

昌雄は、淳平の気遣いをありがたく思いながらも、ここに来るまでに歩美が自分のいないところで他の子と楽しく話していたであろうと考えると、少しだけ寂しくなった。

「それに、この方が『彼女が応援に来た』って騒がれずに済むやろ」

淳平が、昌雄にしか聞こえないように耳元でそう囁いた。

 確かに今の歩美といても、変にからかわれることはないだろうと納得した。しかし、一緒にいるのは小学生4人なので、歩美は年下の子達を引率するお姉さんみたいになっている。

 そう考えると昌雄は、恥ずかしくないしからかわれなくてほっとする反面、やっぱり少し変な光景だと思った。

 そして淳平も、選手の弟でもないイクラが来たことに関しては

「応援してくれんのは歓迎やけど、何で来たんさ⁉︎」

と驚いていた。

 それに対してイクラは

「だって、歩美さんも行くって聞いたから!綺麗な人と一緒ってなかなかないもん!」

と元気いっぱい答えたので、淳平や昌雄はもちろんチームメート達も

「俺らの応援してくれよ‼︎」

と叫んだ。

「でも、応援してくれる人数は多い方がええよな?」

と淳平は苦笑いした。

「うん、みんなで盛り上げるよ!」

凛子もそう張り切る。


 少し時間は遡り、昌雄達が試合に向けて集合する頃、歩美は弟の凛太朗と一緒に他のメンバーと合流し始めていた。

 歩美が1人で応援に行かなかったのは、試合会場の場所をよく知らないことに対して、凛太朗やその親友達はそこをよく知っているからでもあった。

「姉さん、そんなにスポーツドリンクを持って重ない?僕が持つよ」

凛太朗は、差し入れにと大型のペットボトル入りのスポーツドリンクを複数用意した歩美のことを心配した。

「お前だけカッコ付けて、抜け駆けはずるいぞ!俺も持つ‼︎」

すでに合流していたイクラが大声でそう騒いだ。

「いや、弟なんやで、カッコ付けるも何もないやろ」

隣の家なので同時に合流した義雄がそう指摘した。

「だって、歩美さんに会うの自体久しぶりやし、めっちゃ綺麗になっとるからさ!」

イクラがそうはしゃいで、歩美に視線を向けた。そして、胸元で目線が止まった時間が少し長かったことに気付いた凛太朗は、黙って顔をしかめた。

 一方歩美は、彼らのそんな様子には全く気付かず

「持ってくれてありがとう」

と微笑んだ。

 しかしイクラは、最後に合流する凛子の家に到着する前に

「やっぱり大型のペットボトルって重いな」

と言い出した。

「それは、お前の体が重いからとちゃうか?」

義雄がそう指摘した。

 イクラがそう呼ばれるようになったのは、名字の板倉だけでなく、狸のようにずんぐりしていることから、「イタクラのタヌキ」と連想されるようになったという経緯もあった。

 そして凛子の家に到着した。呼ばれた凛子は

「おはよー!もうみんな揃っとるんやね」

といつも通り元気いっぱいだった。そして

「歩美さんも久しぶり。一緒に野球の応援に行けると思っていなかったから嬉しい」

と喜んだ。

「やっぱり、淳平君に呼ばれたの?」

と歩美が聞いた。

「うん。学校でハゼや凛太朗にその話をしてたら、イクラが『俺も行く!』って言い出したから、じゃあみんな一緒に付いてっていいよねってなった」

と凛子はこのメンバーが揃った経緯を話してくれた。ちなみに、ハゼとは義雄のあだ名で、長谷川という名字からそう呼ばれている。

「みんな仲がええんやね」

と、歩美は微笑ましくその話を聞いた。

「仲がええって言うか、『歩美さん』って聞いた瞬間飛びつくんやもん」

と凛子は呆れながらも笑ってそう話した。

「兄ちゃんの邪魔はすんなよ」

さすがの義雄も、イクラに釘を刺した。

「はーい。ってかさすがに俺だって、歩美さんは拝む対象で、本気で狙えるとは思ってへんよ」

イクラは、少し膨れながらそう返した。

「ところで、兄ちゃんが歩美さんに送ったプレゼントは気に入ってくれた?」

義雄は、ずっと気になっていたことを歩美に直接聞いた。

「うん、すごく可愛くて気に入っとるよ。やから、今日も着けてきたの」

歩美はそう微笑んで、ネックレスに手を当てた。

「よう似合っとるね」

凛子も、そう絶賛した。

「兄ちゃんったら、歩美さんに告白するまで凛太朗に相談しっぱなしで、プレゼント選びにも付き合ってって頼んどったんやで。プレゼントの買い物は、ついでに俺まで付き合うことになったんや」

義雄は、そんな裏話を明かした。

「そうやったんや。2人ともありがとう」

歩美は、弟達も協力していたとは知らなかった。

「ハゼは、兄ちゃんに協力しても、歩美さんと付き合いたいとは思わんだんや?」

先程の話に疑問を抱いた凛子がそう聞いた。恋仲を取り持つ協力者が、その対象の相手を好きになるという事例も珍しくないためである。

「歩美さん一筋の兄ちゃんを身近に見てたら、奪おうとは思えへんだ。それに、歩美さんとは年も離れとるから知らんことも多かったし、ちょっと近寄りがたさもあった」

と、義雄は自分の心情を正直に話した。

「でも、歩美さんってめっちゃ綺麗なだけやなくて、優しいし話しやすいな。女子校でもモテとるんやない?」

と凛子は聞いた。

「ようわからんけど、仲のええ後輩は多いな」

と歩美は答えた。

「もうすぐ試合会場やよ。俺らは応援を頑張ろな!」

そうして和気藹々と話している間に試合会場に到着したときに、義雄がそう張り切った。


 「このスポーツドリンクは、姉さんからです」

試合開始前に、凛太朗が監督にペットボトルを渡した。

 結局イクラが疲れたと騒いだり歩く速度が遅れることを心配した凛太朗が、全てのペットボトルを運んでいたのだった。

「ありがとう。そうやって気に掛けてもらえるだけでも頑張れるな」

そう喜んでいたのは、昌雄だけではなかった。野球は団体競技なので、チームメート全員のモチベーションが上がる方が、一体感も出て頑張れるだろう。


 そして試合が始まった。相手は対戦する機会の多い学校であり、親しい選手同士も多い良きライバルだった。

 相手選手は

「頑張れー!」

という歩美の声援を聞き、

「あんな綺麗な人に応援されるなんてええな」

と思いながら、

「やから負けたない」

と、闘志を燃やした。

 とは言え、やはり昌雄は彼等以上に勝ちたいという思いが強くなり、普段以上に熱くなった。

 そして淳平も、今の昌雄ならどんなボールでもしっかりと受け止めてくれるだろうという安心感から、思い切った投球を続けられた。

 歩美は、試合展開にワクワクしながら弟やその親友達と一緒に応援を楽しんだ。ただ、野球についてはあまり詳しくないため、わからないことはリトルリーグで活躍している凛太朗に聞くことが度々あった。

 こうして試合は大差なく続いた。両チーム共調子が良かったが、昌雄は少しでも活躍して歩美にかっこいいところを見せたいと思った。

「よし、ここでホームランでも打ってええとこ見せようぜ」

7回で昌雄に打順が回ってきたときに、淳平が昌雄の肩に手を置いてそう言った。7回に入るまで両チーム共しばらく加点はなかったが、1塁と3塁に選手がいる状態だった。

「確かにそうできたら最高やけど、簡単にできることやないやろ」

 昌雄は冷静にそう言ったが、それならホームランを打ちたいと思うようになった。調度そのときに

「かっとばせー」

という歩美の声が聞こえた。

「おっしゃ、やったる!」

昌雄は心の中でそう叫び、バットを振った。

 そして打ったボールは客席どころか球場よりも遠い場所に飛んで行った。1塁と3塁にいたチームメートも大喜びして、余裕の表情で走った。

「昌雄君すごい!」

歩美も、その様子に感激した。

「やった!一気に加点したぞ!」

ベンチに帰った昌雄はそう大喜びしたが、まだ試合は終わっていないからぬか喜びはできないと自分に言い聞かせた。

 そして、実際にその後相手チームに1点返されたが、その後は両チーム共加点はないまま昌雄達のチームが1点差で勝利となった。


  「お疲れ様。よう頑張ったな」

試合終了後、歩美はそう言って笑顔で昌雄の頭を撫でた。

「ありがとう。でも、こうされるのは恥ずかしいな」

昌雄はそう赤面したので、歩美ははっとなって昌雄の頭上に置いていた手を引っ込めた。

「ごめんなさい。バカにしてるわけやないの!」

昌雄は、歩美がそう慌てる様子が可愛いと思いながら

「嫌やないけどさ。びっくりしただけ」

とフォローした。ただ、歩美にとって自分はまだ弟のような存在だから、頭を撫でられたのかもしれないと少し複雑な気分にもなっていた。

 そして、この時に昌雄は初めて歩美が自分が贈ったネックレスを着けていることに気付いた。

「試合中もカッコ付けとったけど、随分いちゃいちゃしとんな」

その様子に気付いた相手選手が、嫌味なく淡々とそう言った。

「いや、俺らまだ付き合ってへんから!」

昌雄は、恥ずかしさからそう叫んだ。歩美も、そのやり取りに一気に恥ずかしくなった。

「そうなん?お似合いやと思うけど。君らが勝ったんって、そのべっぴんさんの勝利の女神のおかげなんやろ?」

他の相手選手も、真顔でそう話した。

 昌雄も、そのように意識していたわけではなかったが、言われてみればそうかもしれないと納得した。

「今日は応援に来てくれて本当にありがとう。俺、もっと頑張るよ」

昌雄は、改めて歩美にお礼を言った。

「うん、すごく楽しかったから、また行くな」

歩美が笑顔でそう返したことが嬉しくて、昌雄は歩美の手を取り

「よし、このまま甲子園に連れてったる!」

と叫んだ。

「いや、俺らまだ中学生やがな」

淳平はすかさずそう突っ込んだので、両チームの選手やコーチや応援に来た観客も含め大爆笑となった。歩美の名字は朝倉だが、甲子園に連れてってとは一言も言っていない。

 そして昌雄は、相手選手に指摘されたほど歩美と親しくなれたことを心底嬉しく思うのだった。

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