少しずつ近付く距離
歩美は、親友達に相談した直後に迎えた休日に、昌雄の家を訪ねた。
「はい…って歩美さん!」
玄関に出た昌雄は、予期せぬことに驚いた。
「突然来てごめんね。昌雄君に話したいことがあって」
歩美の言葉に、昌雄の頬が緩んだ。告白した時と状況が逆転した。
「それで来てくれたんや。ありがとう。とりあえず上がって」
という話し方も明るくなる。
「失礼します」
昔からよく訪ねる昌雄の家だが、このときの歩美は少し緊張していた。
「昌雄君、連絡先交換しよう」
そして、リビングに招かれた後に、歩美はそう告げた。
「連絡先⁉︎そういえば、歩美さんのアドレスや電話番号って知らなかった」
昌雄は、家が隣の歩美には直接会うことしか考えていなかったので、そう驚いた。
「携帯でやりとりできたら、学校にいるときでも連絡できるし、直接ではしにくい話もできるやろ?」
歩美にそう言われて、昌雄は
「何でも話してええの⁉︎」
と大喜びした。
「そんなに喜ぶこと?」
歩美は、想像しなかった昌雄の反応に驚きながらも、無邪気に喜ぶ様子が可愛いとも思った。
「だって、メールや電話するなんて、考えてもなかったから。それに、歩美さんからそんな提案をしてもらえるなんて思ってもなかった」
それは、歩美が自分に興味を持ってくれていると期待していいだろうかと昌雄は思った。
「もちろん、すぐ返事できへんことも多いから、そこは勘弁してな。まだ彼氏とは思えへんけど、もっと今の昌雄君を知りたい」
歩美は、はにかみながらそう話した。
「ありがとう。今は友達、でええんかな?」
昌雄は喜びながら、そう聞いた。
「そうなる…やろか?男の子の友達はいたことないからよくわからへん。幼馴染みに違いないけど」
と歩美は昌雄の質問に困惑した。
「俺と友達になるのは嫌?」
歩美の反応に、昌雄も不安になった。
「いや、友達ができるのは嬉しいけど、表現に違和感があっただけ。ごめんね。まだ彼氏と思えないとか言って」
歩美はそうフォローしたが、ミスリードしたかもしれないとさらに不安になった。
「今は、友達になれるだけでも嬉しい」
昌雄はそう言ったが、このままの関係がずっと続き、両思いにはなれないだろうかと不安にもなった。しかしながら、急いで歩美を困らせたくはない。以前より親しくなれただけでも喜ばないとと自分に言い聞かせた。
「ところで、最近学校はどう?」
話題を変えたくて、昌雄はそう聞いた。
「学校?調度学祭が終わって一段落着いたけど、もう少ししたら試験の準備になるからみんな、勉強しなきゃってなっとるな。でも、2年生の先輩達はそれが終わったら修学旅行やって楽しみにしとる」
歩美は楽しそうに話し出したので、昌雄はほっとした。
「そうか。歩美さん達の学校の学祭行ってみたかったけど、女子校はちょっと行きにくいかもしれへん」
と昌雄は返した。
「そうかもしれへんな。昌雄君の学校は共学やから、可愛い女の子も多いんとちゃう?」
歩美は何気なくそう聞いた。
「確かに学校には女子もおるけど、だからこそ、俺が好きな人は歩美さんだけって気付けた」
恥ずかしながらもそう話す昌雄を目の当たりにして、歩美も赤くなった。大体、そんなことを聞く時点で自分も昌雄のことが気になっているのだと今更気付いた。
歩美は、昌雄のことを彼氏と思えないと言っておきながら、何をしたいのだと自分でもわからなくなった。
「心配せんでも、俺は普通にモテへんし、同じ学校の女子に興味はない」
「そこ、安心するとこ?」
と歩美は昌雄の言葉に苦笑いした。昌雄は人当たりが良く優しいから、全くモテないとは思えなかった。
実は2人だけで話すことは少なかったため、まだ会話はぎこちないが、一緒にいて楽しいとは2人とも思った。ただ、歩美はこれが恋愛感情と呼べるものなのか、まだわからなかった。
「そうや。まだ午前中やけど、この後どうする?」
会話をどう進めるべきか戸惑い始めた昌雄は、歩美にそう聞いた。
「お昼の用意は家にあるけど、この後の予定はないけど?」
歩美は、急に話題が変わったことに驚きながらもそう答えた。
「俺もそうやな。そうや、天気もええからお昼の後に近所の運動場でキャッチボールでもせえへん?」
昌雄は、今後の予定は全く考えていなかったが、思いついたことを迷わず話した。
「キャ…キャッチボール⁉︎」
昌雄の突然の提案に、歩美は驚きを隠せなかった。
「してもええけど、キャッチボールなんてほとんどしたことないで」
歩美は中学時代バドミントン部だったが、野球やソフトボールの経験はない。
「野球の練習したいわけやないから構わへんよ」
と昌雄にそう言われたので、歩美は
「じゃあ、お昼の後にまた来るな」
と返した。
そして昼食後、昌雄と再会した。
「歩美さん、着替えてきたん?髪型も普段と違って、何か新鮮」
昌雄は、午前中はワンピースを着て長髪をおろしていた歩美が、Tシャツとショートパンツにポニーテールという姿になっていることに驚いた。
「やっぱりキャッチボールするなら動きやすい服装の方がええかと思って」
と話す歩美に対して
「そんだけ、張り切ってくれたんや?」
と、昌雄は嬉しくなった。それに、今の格好も可愛くてよく似合っているとも思った。
「でも、昌雄君は玄関先にボールとグローブを置いとったんや?」
笑いながら歩美にそう指摘されて、昌雄は少し恥ずかしくも嬉しくなった。
2人の家から歩いて行ける屋外運動場は、休日にしては静かだった。
「自分の学校以外の運動場って、利用することないな」
歩美は独り言のようにそう言いながら、グローブをはめた。
「最初は近い場所からやろっか」
昌雄もグローブをはめながら、そう言った。
「どっちが先に投げる?」
歩美はそう聞いた。
「じゃあ、投げ方も知っておきたいから歩美さんに投げてもらおうかな」
昌雄はそう言い、歩美にボールを渡した。
「わかった。慣れないけど、よろしくお願いします」
歩美はそう言い、少し軽めにボールを投げた。
「ナイスボール!」
昌雄はそう言って投球を受け止め、軽く投げ返した。歩美もそのボールを緊張しながらもしっかりと受け止めた。
「こんな感じでええの?」
歩美は昌雄にそう聞きながら、また投球した。
「うん。慣れてきたらもっと思い切り投げてもええよ」
昌雄は、明るくそう答えた。
「昌雄君って、捕手やったっけ?」
少しずつ慣れてきた歩美がキャッチボールをしながらそう聞いた。
「うん。小学校から捕手しとる」
「当然っちゃ当然やけど、やっぱり上手やね。私に合わせてしてくれとるから、練習にはならへんけど」
歩美はそう感心した。昌雄が小学校時代に在籍したチームは、この地域では比較的強かったことを覚えている。
「そんなことないよ。投手とだけ息が合えばええってわけやないから」
昌雄は楽しそうにそう返した。
「歩美さんも、だいぶ上達してきたよ。じゃあ、もっと離れるな」
昌雄はそう言って、背後を確認しながら数歩下がった。
「すごい。こんなに離れても取れるようになった!」
そう言える通り、歩美も上達してきたと実感が湧いてきた。
キャッチボールは、人間関係の例えとしても使われる。投げるのも受け取るのも、相手のことをよく見て息を合わせる必要がある。そして、一方的な投げっぱなしでは成立しない。しかしながら相手のことをちゃんと見ていれば、離れていてもうまくできる。これは、人間関係でも同じことが言える。
「キャッチボール、楽しいね」
歩美が明るくそう話す。2人の関係性も良くなってきた気がした。
『お疲れ様です。今日はキャッチボールに付き合ってくれてありがとう。これからメールもしていくので、よろしくお願いします』
その日の夜、昌雄は初めてということもあり、ドキドキしながら歩美にメールを送った。
『こちらこそ誘ってくれてありがとう。とても楽しかったから、またキャッチボールしましょう。気になることがあれば、気軽にメールしてね』
即答ではなかったが、歩美から来た返事に、昌雄は眠れなくなりそうなほど嬉しくなった。
キャッチボールだけでなく、試合の応援にも来てもらいたい。そして2人でどこか出かけられるようにもなりたい。それってデートになる?そんなことを考えると、昌雄は自分の部屋で一人ニヤニヤせずにはいられなかった。