パズルのピースが一つ欠けたら
歩美が高校3年生に進級する年の春に、涼子がイギリスの姉妹校に留学した。この留学の期間は春休みを挟んで2年の学期末と3年の新学期も数日かかった。この時期は授業はほとんどないため学業への影響は少なかった。
しかし、涼子は留学に出る前に教室で歩美に
「留学は楽しみやけど、みんなのことが心配やな」
と話していた。
「気に掛けてもらえて嬉しい。私もしばらく涼子と会えへんのは寂しいけど、将来のためにも頑張ってほしい」
歩美はそう返した。
「珠姫とか『うるさいのがいないぞー!』って、好き放題暴れそう」
涼子の、珠姫の話し方や仕草の真似があまりにも似ていたため、歩美は思わず吹き出した。
「歩美も気をつけなよ。私がおらん間にセクハラされるかもしれへんから。そうなったら迷わず逃げなよ」
涼子は声を小さくして歩美の耳元でそう告げた。
「うん。私も涼子に頼らず頑張るよ。たまちゃんのことも見とくから。だから安心して留学に行ってな」
歩美は涼子を心配させまいと、そう話した。
「うん。帰国したらお土産や留学中の出来事を持って帰るから楽しみに待ってて」
涼子はそう話し、歩美の手を握った。
そうして涼子はイギリスへと旅立った。その初日、涼子がいないホームルーム前の歩美のクラスに志緒里が来て、
「おはよう歩美。涼子、イギリスに留学しとるんやよね。ちょっと寂しいな。バンドの練習もできへんし」
と話した。
「うん。これまで涼子がおることが当たり前になっとったもんな」
歩美はそう話した。そして珠姫のことが気になって、
「そうや、これからたまちゃんのクラスに行かへん?涼子も心配しとったから」
と提案した。
「確かに、涼子はいつもたまちゃんのことを制御してきたもんな」
志緒里はそう苦笑いした。
珠姫のクラスの教室に向かったら案の定、
「じゅんじゅんおはよう!おやつある⁉︎」
と元気に挨拶する珠姫の声が聞こえた。
「たまちゃんおはよう。今日はいつも以上に元気やね」
潤が少し引いていた。
「だって涼子が留学に行ったから、今はうるさいのがいないぞー!」
そう話す珠姫の様子は、涼子が予想して真似した通りだったため、歩美はまた笑い出した。
「たまちゃんおはよう。涼子のことをうるさいのって呼んだらあかんよ」
歩美はまだ笑いを引きずりながらもそう忠告した。
「歩美おはよう。志緒里も来てたんや」
珠姫は、歩美の言葉にそう振り向いた。
「涼子がたまちゃんのことを心配しとったよ」
歩美はそう話したが、「好き放題暴れそう」とは続けられなかった。その代わり、
「あまりじゅんじゅんにおねだりして困らせたらあかんよ」
と告げた。
「私はまだ困ってへんから大丈夫やよ。チョコタルトを作ったから、良かったら3人も食べる?」
潤はそう話した。「困ってはいない」ではなく、「まだ困ってはいない」と言っていることから、潤も少しは珠姫を警戒している様子が窺えた。
「ありがとう。困ったらいつでも話して」
歩美は潤にそうお礼を言い、渡されたチョコタルトを受け取った。
「ありがとう。それにしても涼子ちゃんはすごいね。私は外国語は得意やないこともあって、留学しようとは思えへん」
潤は、そんな話をした。
「確かに、私も英語は好きやけど、留学までは踏み切れへんだな。楽しく過ごしとったらええな」
歩美はそう返した。
その翌朝、ホームルーム前の教室で、歩美は唐突に背後から胸を触られた。
「‼︎」
歩美は驚いてすぐには身動きが取れなかった。
「やっぱり大きいね。90センチ以上はあるよね?カップ数は…」
そう話す声は、以前歩美のバストサイズを聞いてきた橋本だった。
「離して!涼子がおらんからって触ってええわけないから!」
歩美はようやくそう叫んだ。
「ごめんね。でも、ええものを持ってて羨ましくて」
橋本は歩美に謝りながらも本音を漏らした。
その時に歩美は、涼子から「セクハラされるかもしれない」と心配されていたことを思い出した。本当にそうなるなんて、涼子は予言者なのだろうかと思った。
歩美にとって涼子は中学1年時のクラスメートだったことから親しくなり、ずっと隣にいることが当たり前のように思っていた。しかし、1度離れたことによって、いかに助けられてきたかを実感するのだった。そして、涼子が帰国したら、改めてその感謝の思いを伝えたいと思うのだった。
「ただいま。なんか、高校が懐かしいな」
そして2週間後、涼子はそう話しながら無事帰国して学校に戻ってきた。すでに3年生に進級して歩美と涼子はクラスが分かれたが、どうしても会いたくて朝一で涼子のクラスを訪ねた。
「おかえり涼子。待っとったよー」
元気そうな涼子にほっとした歩美は、思わずそう抱きついた。
「歩美、何かあったん⁉︎」
涼子は驚いてそう聞いた。それに対して歩美は、涼子が留学している間の学校での出来事を話した。
「そっか大変やったんやね。まさか、胸を触られたとは」
話を聞いた涼子はそう返した。
「これまで涼子にはいっぱい助けてもらってたんやなって実感した。ありがとう」
歩美はそう告げて、また涼子を抱きしめた。
「いやいや、そんな大したことしてへんから。私も、留学中は歩美達に会えへんのが少し寂しくて、大事な友達なんやなって再確認したし」
涼子は照れくさそうにそう話した。
「でも、留学先の生徒とも仲良くなれたんやろ?」
歩美と同じくクラスを訪ねていた志緒里は、涼子にそう聞いた。
「うん。姉妹校も女子校ってこともあって、生徒達とはすぐに打ち解けられた。ホストファミリーは日本のアニメや歴史が好きで、その話で盛り上がって楽しかった。姉妹校の女の子が、『いつか必ず日本に来るから、その時は案内して』って話したんや」
涼子は、楽しそうに留学中の出来事を話して、留学中の写真を見せてくれた。
「姉妹校の子達可愛い!」
涼子と同じクラスになった珠姫が、そう感想を述べた。
「それは私も思った。でも、姉妹校では留学生の私達の方が珍しいから、写真を撮らせてってよく頼まれた」
涼子はその時のことを思い出して苦笑いした。
「でもそれって、日本からの留学生ってだけやなくて、涼子がかっこいいからって理由もあったのかもしれへん」
歩美は思ったことを口にした。学校内でも人気の高い涼子は、女子校である姉妹校でも似たような扱いをされていたような気がした。
「そうなんやろか?でも、姉妹校の子達にうちの学校の生徒の写真も見せてって頼まれて、演劇部の写真を見せたら『可愛い』って盛り上がったよ。あと、うちの学校の制服も可愛いって」
涼子はそんな話もした。
「そうやったんや。なんか恥ずかしいな」
歩美はそうはにかんだ。学校の制服は、歩美も気に入っている。そして
「私も姉妹校の子達に会いたくなったな。留学生が来たら、ホストファミリーに立候補しようかな」
と続けた。
「ええと思う。私もそうするつもりやし、今回の留学の経験からアドバイスもできると思う」
涼子はそう話してくれたため、やはり心強く感じた。
「3年生になったし、これから新入部員も来るから、こっちでの生活を頑張らんとな」
涼子はそう張り切っていたため、歩美も一緒に頑張ろうと思うのだった。




