告白までの葛藤
ついに告白した。昌雄はそのことに達成感を得たと同時に、歩美を驚かせたことに不安を感じた。嫌われただろうか、返事は貰えるだろうか、贈った誕生日プレゼントは大切にしてもらえるだろうか。そんなことを考えて、眠れなくなった。
歩美にとっては予期せぬ出来事だったが、昌雄にとっては好意を抱いてから告白するまでに年数がかかっていた。
実は昌雄自身、歩美のことを好きになった時期やきっかけを、はっきりとは覚えていない。
家が隣で、父親同士も同い年の親友だったため、幼少期から家族ぐるみの付き合いだったことは必然とも言えた。
歩美は昔から優しくて、昌雄のことも弟のように気に掛けてきた。それぞれの弟も同い年で親友だったが、歩美にとっては自分より4歳年下の彼らよりも、2歳年下の昌雄との方が、保育所や学校で関わる機会が多かった。
特に、昌雄が小学校に入って間もない頃に自分の父親が事故により急死したときに、歩美は心昌雄達を心配して、辛いという話をよく聞いてくれたことをよく覚えている。
そして歩美はその頃から、人目を引く顔立ちと綺麗な黒髪の美少女だった。しかし目立つ分、多くの男子から好意を持たれていたと同時に、その裏返しでからかわれていた。
小学校では長髪を下ろした姿を「サダコみたい」とからかわれ、それを避けるためにボブカットにしたら、今度は「トイレの花子さん」と呼ばれる始末だった。こう呼ばれたのは、男子達から逃げるために休み時間にトイレにこもる癖ができていたことも原因の一つだった。
周りの女子も、可愛くて目立つ歩美を妬んで、からかう男子達を止めないどころか
「朝倉さんって男子にモテとってええよな」
「確かに貞子みたいでこわーい」
など、面と向かって嫌味や悪口を言う者も少なくなかった。
休み時間の度に歩美が泣きながら教室を飛び出す様子は、下級生である昌雄も嫌という程目の当たりにしてきた。そのため、歩美が泣かされることが許せなくて、からかう男子達の元に押しかけたこともあった。
「いい加減歩美さんを泣かせるな‼︎」
昌雄は激怒してそう叫んだが、一人で上級生複数を相手に敵うわけがなく、
「下級生のくせに生意気言うな」
「お前歩美のことが好きなのかよ」
とからかい混じりに一蹴されるだけだった。
そのときに昌雄は、歩美のことを守れない無力さや悔しさを実感し、もっと強くなりたいと思うのだった。考えてみれば、その頃から歩美のことが好きだったのかもしれないと昌雄は思い返していた。
それから、歩美は男子そのものに恐怖を感じるようになり、中高一貫の女子校の入学を希望するようになった。6年生の頃には、中学受験に集中するようになったことにより、男子達のこともあまり気にしなくなっていた。それは、新しい世界に希望を見出したからでもあった。
昌雄もそのことを知っていたため、複雑な感情を抱くようになった。女子校に入ることで男子との接触がなくなり辛い思いをしなくなることを喜ばしく思いながら、そうなれば自分は同じ学校へは入れないと寂しく思うのだった。
そして歩美は努力が実り、見事中学受験に合格した。昌雄も、そのことを嬉しく思いながら、遠い場所に行ってしまうと実感した。
昌雄達の小学校の卒業式では、卒業生は中学校の制服を着用して出席する。大半の卒業生は地元の中学校の制服を着用するが、この年は歩美だけが異なる制服を着用していた。卒業生も含め、この時に歩美が地元の中学校に入らないことを知った児童は多かった。
ちなみに、歩美のことをからかってきた男子達の中には、未だ好意を寄せている者も少なくなかった。そのため、歩美が他の学校に入ることにショックを受けながらも、それなら最後に話しておきたいと考え、式の後に声を掛けるアホも現れた。
「歩美ちゃん、女子校行くなんて知らんかった」
「寂しいよ。元気でな」
と男子達に囲まれても何とも思わなくなるほど、この時の歩美は吹っ切れていた。
「本当は、ずっと歩美のことが好きやったんや。違う学校になるけど付き合ってくれへん」
と告白した同級生に対しては、笑顔を浮かべて
「誰がお前と付き合うかバカ」
と返した。
一方昌雄は、そのようなやり取りを見掛けてほっとしながらも、もう同じ学校に通えなくなる寂しさから、歩美を見送ってからも号泣した。
「兄ちゃん、自分が卒業するわけでもないのに泣きすぎやろ」
と、弟の義雄からは驚かれた。そして
「歩美さんが女子校行っちゃう」
と言い続けていたせいで、初めて
「えっ、兄ちゃんってもしかして…歩美さんのことが好きなん⁉︎」
と気付かれた。
「う…バレたか、恥ずかしい」
昌雄は涙を流したままそう赤面したが、義雄は笑ったりからかうことはなく、
「でも、家は隣なんやから、会えなくなるわけやないやん」
と話した。その言葉で、昌雄はようやくまだ諦める必要はないと思えた。
それから月日が流れ、昌雄は地元の中学校に通うようになった。歩美は変わらず隣の家に住んでいるが、通っている女子校は家から距離があるため、通学時間が合うことはなかった。それでも休日や長期休暇中には会いやすいため、昌雄は歩美の元を訪ねることがあった。
正直、昌雄はずっと共学の学校に通っているため、他に気になる女の子ができたら、歩美のことが気にならなくなるかもしれないと淡い期待をしていた。しかし、ずっと歩美を見てきたせいなのか、女の子と会うと、どうしても比べてしまうところもあり、女子として意識する相手すらできなかった。
一方、歩美はとても楽しく女子校に通っており、小学校時代よりもずっと印象が明るくなった。元々お洒落で美的センスが抜群だったこともあり、以前にも増して綺麗になったし、女の子らしくなった。
きっと男子が周りにいない分、自由に自分らしくいられるからだろうと昌雄は思った。そんな歩美に改めて惹かれたことで、「やっぱり俺には歩美さんしかいない」と自分の気持ちを再確認するのだった。
しかし昔から、歩美にとって自分は相応しくないと思ってきた。才色兼備という言葉が似合う歩美に対して、自分は人目を引くようなイケメンでもないし、年下ということもあり頼り甲斐もなく普通にモテないため、相変わらず男性に免疫がない歩美でも選んでくれるとは思えなかった。それでも歩美のために強くなりたいという気持ちは変わらず、もっと胸を張れる自分になるためにも、学校生活を頑張り体も鍛えるようになった。
そして、ついには昌雄も歩美の身長に追いついてきた。考えも体つきも少しずつしっかりしてきて、もう小学生の頃程弱くはないと思えたことにより、ようやく告白する勇気が持てた。
そして昌雄は、ただ告白するよりも何か贈り物をして印象を与えたいと考えた。そう決断した時期は昌雄が中学2年生になったばかりの頃であり、歩美の誕生日は10月2日のため、半年の準備期間ができた。
その間、昌雄は歩美の弟で小学校6年生の凛太朗に相談するようになった。年下に頼ることになるが、弟はより歩美のことを知っているだろうと考えたためである。
昌雄は休日になると、凛太朗を家に招いて歩美について話すようになった。そのため、必然的に義雄も加わり、3人で座談会状態になった。
「姉さんが貰って喜ぶ物?僕にもよくわからん」
プレゼントについて相談した際、最初に凛太朗はそう言った。しかしながら
「でも、下着はもちろん衣服や靴は贈ったらあかんやろ。僕でもサイズわからへんし。あと、化粧品はもっとあかん」
と続けた。
「えっ、何であかんの⁉化粧も好きやろし、喜んでくれそうやのに」
昌雄は、その理由がわからなかった。
「確かに姉さんは化粧することもあるけど、肌質や好みに合わへん可能性もあるし、『あんたブスだからこれでごまかせ』って解釈されるかもしれへん」
「そこまで考えたことなかった。さすがやな」
と、昌雄は凛太朗の判断に感心した。
「こんなイケメンでしっかりした弟がおったら、俺なんか男扱いすらされへんやろか。父さんもイケメンやもんな」
と昌雄は弱気になった。
「そんなことないやろ。それに、さっきの話をしたのも、父さんが学生の頃、母の日に婆ちゃんに化粧品を贈ったら、『アタシのことブス扱いした!』と激怒されて一発殴られたって話を聞いたからやし」
凛太朗は、淡々とそう返した。
「そうやったんや…。てか、そんなに怒られる話なんか。こわー」
昌雄は、義雄と一緒にドン引きした。
「父さんもアホやとは思ったけどな。まあ、姉さんが殴ってくるとは思わんけど、やめといたほうがええかと」
「そうやね」
しかし、消去法だけでプレゼントは決まらない。
「でも、日用品やアクセサリーなら問題ないと思う」
と凛太朗は提案した。
「やっぱその辺になるか。歩美さんの好きな色や柄ってある?」
と昌雄は食いついた。
「色の好き嫌いとかあんまないと思うけど。可愛い物なら喜ぶと思う」
「そうか、ありがとう。買いに行く時も付き合ってくれへん⁉︎」
昌雄が凛太朗にそうお願いした。
「ええけど、絶対喜ばれるって保証はないで。確認しかようせんから」
「それが頼もしいんや」
と力強く言う昌雄を見て、義雄は
「兄ちゃん、本当に凛太朗に頼りっぱなしやな」
と呟いた。
「でも、姉さんを幸せにできるのは昌雄君だけやと思うよ」
と凛太朗は微笑んだ。
「でも俺、イケメンでも秀才でもないから、歩美さんとは釣り合わへんやろ?」
と昌雄は驚いた。
「そんなことないと思うけど。それに、姉さんのことを昔から知っとって、気に掛けてくれとるんやから」
凛太朗の言葉に感動した昌雄は
「ありがとう。何なら、俺のこと義兄さんって呼んでくれてもええで」
と言ったが凛太朗には
「それはない」
と即答された。
そして、歩美の誕生日が訪れた。プレゼント自体は事前に準備していたが、この日は平日のため、部活帰りに直接家に訪ねるしかなかった。
学校から帰宅してすぐにプレゼントを取りに行き隣の家に向かうだけなのだが、昌雄は朝からドキドキして仕方ないのだった。