団員対魔物
「よし、開けてくれ」
と、第一騎士団長が檻の近くにいた団員に声を掛けた。
辺りに一気に緊張が走る。本物の魔物を連れていたので、何かがあれば実戦と同じ事が起きる。つまり、誰かが死ぬ可能性もあるのだった。
僕は幸い少年兵と思われていたので、その檻は正反対の場所にあった。そして、わざわざ団長から守られていた。
大きな唸り声を上げて、暗い檻の中から大型の何かが現れた。それは昨日見た事がある、ブラック・ライオキャットだった。
それから放たれる力強いオーラを躱しながら、僕は口を開いた。
「何故、僕を呼んだのですか? セイス副団長の方が戦力になるのではないですか?」
団長は僕を見た。
「まあ、そう言う考え方もある。が、セイスとも話してこれから未来がある者に、その仕事を与える事にしたのだ。そして、君は最終的に止めを刺した。セイスのでは力が及ばなかったと言う訳だ。第一騎士団の仲間を失う事態にはなりたくない、と言う思いもある」
と、遠くの交戦を眺めていた。
丁度、檻から数歩出て来たブラック・ライオキャットと団員は、睨み合っていた。お互いが動く様子がない。どちらも、負ければ死ぬ事をよく理解していた。
これは動物虐待と思われるかもしれないが、魔物は人に害を及ぼす存在だった。ので、ここで討伐しないとしてもどこかで誰かに討伐される。そのため、連れて来て討伐する事は許可されていた。そして、怖そうな彼らも優しい動物は好きだった。どの騎士団にも、看板動物がいた。
第一騎士団が強さの象徴とも言える、団長の黒い軍馬で、第二騎士団は手紙を運ぶ、白犬だった。そして、僕の第三騎士団は黒猫だった。
ブラック・ライオキャットは手で訓練場を数回叩くと、近くの団員に飛び出した。飛び付かれた団員は悲鳴を抑えながらも、剣を振った。そして、それに合わせて他の団員も背後や周りから切り込んだ。彼らは囮作戦を展開していた。一人が圧倒的に不利になるが、仲間の協力があってこそ可能なやり方だった。
それ以外にも、方法はあるがこれが一番やりやすいやり方とも言えるのだった。
そして、最後に一人がブラック・ライオキャットの息の根を止めた。ここまでなら、数人で討伐出来る魔物だった。一人の場合は危険であると、言われているが。
手の空いている団員達が倒れたブラック・ライオキャットを回収していた。僕らが討伐した時のようにお金になるからだった。そして、血の跡は魔法師の団員が消していた。
手際がいい団員の動きを見ながら、団長が振り返った。
「どうだい、レイ。第一騎士団は?」
「連携が本当に取れていると思います」
「なら、ーーレイ、一緒に剣を少し交えようか。いや、違うな。そちらは魔法でこちらは剣と言う方が正しいだろう」
と、いきなり喧嘩を吹っ掛けられた。
僕は団長の顔を見た。
「何故、戦う事になるのですか?」
「ブラック・ライオキャットの息の根を止めた人に、誰もが興味が湧くのが普通だろ。一回ぐらいさせてくれ。強い人とは、戦いたいからな」
と、無茶苦茶な理論を言って来た。
一切方程式が成り立っていないのだった。今までは理由があって、自ら戦っていたが今はないのだった。理由のない戦いを僕はしたくなかった。
僕は即答した。
「嫌です」
「うーーん。これはジークから聞いた通りの人だ。よし、仕方ない」
と、僕は団長が諦めたと思った。
が、違った。彼は腰から剣を抜くと、笑顔で言った。
「今から殺しに行く。死にたくないのなら、反撃してくれっ」
と、何とも酷い事を言い放った。
僕はやりたくないと言いましたよね、と叫びたくなった。が、もう団長は聞こえないようだった。その人を取り巻くオーラが一気に鋭くなった。ただの少年兵相手に、何をやらかそうとしている。僕を殺す事は出来ないがもししてしまったら、団長として解かれるだけでは済まされない。
真剣そうな相手の目を見て、僕はもう後ろに引けない事をよく知った。周りの団員はいつの間にか、ちゃんと場所を開けていた。流石、この団長の部下だけあった。彼の性格をよく知っている人々だった。が、一人ぐらい僕の事を気遣ってくれる人が、欲しいものだった。
もし、ブラック・ライオキャットを倒したのが違う人だった場合には、どうするのだろうか。副団長のセイスと仲がいい所から、それはないかもしれないが。
「ふん」
と、音を立てて団長は僕に切り掛かった。
わざわざ痛い思いをするのは嫌なので、僕は瞬時に体を横にずらした。魔物と戦っている中で習得した技で、魔法はいらない。僕は見事に団長の突きを躱したのだった。辺りから歓声が聞こえて来た。
団長は目を正気に戻すと、僕に笑った。
「ほう、これを躱すとは流石少年兵だけある。団員でも躱せる者は少ないのだが、セイスはいい部下に恵まれたようだ」
僕は上司です、とは言い返さなかった。
団長は再度剣を構えると、また低い体勢を取った。本当にこのまま何度続くのだろうか、と僕は言いたくなった。
僕は体内に魔力を巡らせながら、近接戦闘の準備をした。派手な魔法は結構派手過ぎて邪魔なので、こう言う時は封印する。ただ相手と同等に戦えるように、体のスピードだけに重視する。ダンジョンでは余り速さは必要とされていなかった。全てはただ宝を落とす的でしかないからだった。
が、近接戦闘は相手は的ではない。生きた人である。同じように何度も魔法を放てば、数発で死ぬ。そして、第一騎士団は魔法も使えるが、主に剣の方で戦う人々だった。彼がアレスと戦った時に魔法を使ったのは、アレスが王立魔法学園の学生からだった。なら、公平にするためにも僕は今回魔法を使わない事にした。
丁度、彼らは今、剣だけで戦う練習をしていたから。




