戦慄する者
第三者視点です。
レイを陰から見ていた女性は横を見た後、しゃがんだ。体を駆け巡る恐怖から、そうせざるを得なかった。足元にはその少年が投げた、氷の槍の破片が散っていた。時間が経っても破片が原型を保っているだけでも、込めた魔力の多さが表れていた。
特別警備隊の監視を行っていた女性は、隊員に絡まれている少年を見つけた。そして、事を見る事にした。もし命に危機に陥ったのなら、救助に出ようと思っていた。女性としても目前で誰かが、殺められるのは好きではなかった。最初から血や暴力が嫌いで、この職業に就いたとも言えたのだった。この仕事は取り締まりや監視をする方なので、唯一権力で好き勝手する貴族を処罰する事も可能だった。
いきなり自分を目掛けて魔法が放たれたので、女性は叫びそうになった。が、職業柄、そう言う事が起きる事はなかった。戦慄したのは、どうしても隠せなかったが。今思えば恥ずかしい記憶であると、すぐに黒歴史に認定していた。女性は自分の手を見ると、微かに震えている事に気付いた。これまでここまで女性が圧倒される事はなかった。
これほどまでに底が見えない、強者がいると女性は更に訓練に励もうと決意した。今回は奇跡的に無事であったが、次はそうとは言えない。そうかもしれないと浅はかな考えをするのは、瞬時に切り捨てた。全ては自分がどれほど行い、それがどのように成功に導くかである。最初から努力しなければ、何も出来ない。
でも、あの攻撃には殺意が一切なかった。ただ適当に投げた時に運悪く、自分の所に飛んで来たのかもしれない。だとしても、本当にどうかは分からない。この王国、もしてや王家に何か思っている人が潜んでいる事もある。これも女性の職業柄ならではの考え方だった。王国に潜む様々な闇と戦うと共に、自分もその取り締まる時に思いに染まって行った。今は、些細な事でも疑う心を持っていた。
何故なら、一瞬気を許すだけでも王国存続の危機に陥る事もあり得るからだった。それが些細で小さな事だとしても、与える影響は計り知れない。そして、女性は敵国などから要注意人物や、標的にされていた。だから、以前より更に様々な事に気を付ける必要があった。
そのため、子供の時のように好き勝手に出歩く事は出来なかった。情報を集める時などは単独行動が許されていたが、どこにすぐに駆け付けれる人がいるのだった。そして、生活している所も厳重に警備されていた。それほど、王国に取って女性は大切な存在であった。ずさんに扱われるよりかはよかった。
だが、欲を言うとしたら、一度ぐらいおしゃれをして、街を出歩きたかった。大人同士、腹の探り合いをせずに普通に楽しく話したかった。恋をしたかった。常に命の危機を感じるのではなく、ただ好きな人を追い掛けるのも楽しそうだった。そんな乙女心を実は持っていた。
だが、全ては夢でしかなかった。叶える事など、到底不可能で自分の手には届かない、ただの夢だった。最初はすれに絶望していたが、大人として女性はもう何も感じなかった。
いや、感じていないと演技をしていた。本当はその気持ちをいつも思っていた、本人も知らない内に。
女性は迷いを振り払うように、その長い後ろ髪を揺らしながら、歩き出した。
ーー王城。
「リーゼ。今日も仕事、ご苦労さん。いつものように周辺の警備に行ってくれていた、と聞いたよ」
と、愉快そうな王の声が室内に響いた。
そこは王城の応接室の一つだった。そのフランクなこの王国の王様だと、誰が信じられるだろうか。普通の街にいれば、ただの話好きなおじさんのようにしか見えない。それは彼がその話し相手を信頼しているからでもあった。
名前を言われた女性、リーゼ・ワークストンもこの王と話す時間は唯一の楽しみとも言えた。何故か一番話しやすく、接しやすくもあった。
だが、流石の王様ではあった。室内には豪華な品が並べられ、テーブルにも美味しそうな焼き菓子とティーカップが置かれていた。側には近衛兵が、常に待機していた。
リーゼは王の話を聞きながら、誰からかとは言わなかった。話好きな人はもう一人いたのだった。それがリーゼのライバルとも言える一人の男、クリス・テールズだった。自分の事は一切言わないにも関わらず、相手から情報を引くのがなんとも上手である。
彼はリーゼが所属する、王家直属第二騎士団情報部の若きエースと呼ばれていた。因みに第一騎士団は、近衛兵などが所属していた。
リーゼは呟いた。
「クリスがそう言いましたか…」
すると、王がちらりとリーゼの方を見た。
「今日は何か新しい発見でもしたのかね?」
と、それが王がよくするクイズのようなものだった。
何かあれば相談にも乗り、相談屋見たいな事も行っていた。一切王様らしいイメージはないのだった。
「今日は…丁度、監視中に一人の少年が、ロンレッド伯爵ディールク・ソングルボズの特別警備隊に絡まれているのを、目撃しました。が、その少年は何もない空間から剣を取り出し、瞬く間に隊長の首に剣を向けていました」
「くくく。ディールクの奴のか。あいつはよく好き勝手しているが、今度は少年に喧嘩を売るようになったのか……それにしても何もない空間からか。詠唱はしていたのか?」
「いいえ、していませんでした」
王は白い髭に手を当てた。
「ふむ。無詠唱魔法か。それもそこまでの才能とは、珍しい。何か他にも情報はあるのかい?」
「はい。冒険者ギルドのS級冒険者、レインフォードであると確認が取れました。現在はレイの名で王立魔法学園に通う傍ら、友人とダンジョン探検に言っているようです。友人は、同じ新入生のアレス・フェッツと、特別委員会の委員長である、上級生のジーク・アーネストです。レイは僻地のブルートン地方出身の平民で、母親と弟がいるようです。学園に入学する前に、ブルートンの最難度ダンジョンを攻略したとして、有名です。ですが、普段は省略した名前で過ごしているので、知られてはいないようだと判明しました」
リーゼは調査した出来る限りの事を、王に述べた。
それについてどう判断するかは、王自身が決めるのだった。それに全てを話せるほど、この時間はたっぷり用意されていた。これも王がリーゼのために気遣いしていたからだった。
「ほうほう。この年でS級とは素晴らしい。やっぱり、その無詠唱魔法は強力なようだ。これからも頑張って欲しいな。だが、魔法使いを代々を出して来たフェッツ家の子と、王家とも関わりがあるアーネスト家の子と関わりを持つとは。それに自らダンジョンの探検に連れて行くなど、なんとも面白い人物だな」
「アレス・フェッツとは寮の部屋が隣のようですが、どう言う経緯かは不明です。一方でジーク・アーネストとは、夜襲と決闘をされたにも関わらず、今は仲がいいようです」
「アーネスト家の子は、まだ若いようだな。だが、そこまでされても本人を許すのは、心が広い少年であるのは確かだ。学園ではどう呼ばれているのだ?」
一度、リーゼは下を向いた。
「それが…劣等生、と。レインフォードは劣等のレイとあだ名を付けられています。それは、ブルートン地方でも同じだと確認が取れました。詠唱魔法が使えないと言う事で、当然の事だと思います。が、ここまで不当な評価がされるとは知りませんでした」
王はリーゼの話を聞いていると、いきなり笑い出した。
「ほほほ。そこまで面白い奴とは知らなかった。だが、学園で本当の力を見せないと言う事は、力を求めている訳ではないと言う事だな。本当に野望のない利口な少年なのかもしれない。もしかしたら、この世界を変えてしまう。そんな力を持っているかもしれないな。ーーリーゼ。王立魔法学園と言えば、近々武闘祭があるよな?」
「はい。そうです」
「なら、そこで会えるかも知れないと言う事だ。考えるだけで楽しくなるな」
と、また王は笑い出した。
リーゼはそんな王を微笑みながら、見つめていた。
いつも通り、王城はのどかな雰囲気で覆われてた。それが普段の彼らの景色だった。
魔物が溢れる世界だとしても、幸せは近くにあるのだった。
この時、王が呟いた言葉が現実になると、誰が信じていただろうか。
やがて、レインフォードことレイは、世界を変えて行くのだった。




