夕食は友達と共に
アレスとジークと三人で何気ない会話をしていると、扉が開いた。
僕は結局最後まで彼らに本当の事をまだ言わなかった。いや、言えなかった。その勇気さえまだ自分にはなかった。今はただそっとして欲しかった。その事を彼らはよく理解してくれていた。だから、深く踏み込んだりはしなかった。それだけでも、心から嬉しかった。
トレイを運びながら、その少年が部屋に入って来た。先程とは違う人物。だけど、ジークの親衛隊と思われた。彼はわざわざ夕食を運んでくれた。アレスとジークも合わせて、三人分。
その皿の具の置かれ方も、ジーク仕様だった。これまで見た事ない、綺麗な置き方がされていた。同じ学食とは、信じられないほどだった。
置き終わると、その少年が軽やかに礼をした。
「今日の夕食でございます。どうか、ごゆっくりお過ごし下さい」
と、一瞬自分がどこにいるのか忘れそうだった。
意識はどこかのホテルのようだった。が、現実は王立魔法学園の寮の自室。それに気付くと自分の夢は、すぐに消え伏せた。一瞬で、塵のように。最初から全てなかったかのように。
僕は彼が去った扉を見ていたが、ジークに視線を移した。僕の視線を感じたジークがどうした、と言う顔をする。
「ジークはいつもあんな感じなのか?」
少し考えた様子をしてから、彼は答えた。
「うん…そうだなぁ。いつもあんな感じだ」
「家でもそうなのか?」
と、アレスが迫って来た。
ジークは一度後退った。
「あぁ。そうだ……あれが普通なのだ。だから、アレスとレイの接し方が珍しいと言える」
僕はジークの全身を眺めた。
「案外、お金持ちなのだね…僕らの委員長は。自分とは違う世界に生きている感じがする、と一瞬思ったよ。でも、ダンジョンの事を考えると同じ人だな、と気付いたよ」
「お金はあげれないぞっ…まぁ。レイの言う通り、お金持ちの分類には入るだろう。だが、それを気にして来た事はない。平民ではないけど」
と、ジークは一度僕を鋭く睨んでいた。
彼の言葉から、彼が貴族の一族であると明かされていた。学園の態度や、接され片方見るとよく分かる。そもそも彼が持つ剣から、全てが語られている。
僕は特に何も思わなかった。この世界は以前とは違い、人々は別の生き方がある。決して交わらないようなものも。でも、所謂平民である僕と、貴族と思われるアレスとジークは出会ってしまった。それだけでも、世の中に大きな変化を齎せる。
そして、劣等生と言われる無詠唱魔法使いの僕と、天才と言われる賢者のアレスと特別委員会の委員長であるジーク。
僕らはダンジョンと言う閉められた空間で、もしかしたら死闘とも言える戦いを魔物と繰り広げた。これは僕の魔法があったとしても、楽観視出来る事ではない。そこには常に死と危険が付き纏う、空間。ただの生温い自信と自尊心では、到底乗り越えられない壁がある。
それを僕らは見事に、乗り越えて見せた。所謂不可能を、間違えてかどうかは分からないが、可能に変えてしまった。それが出来る事を証明した事になる。
僕はアレスを見ながら、呟いた。
「アレスはジークとは違うの? その家の規模とか…」
すると飛び跳ねるように、アレスが起き上がった。
「それは、比べ物にならないよ。ジークのアーネスト家は僕のフェッツ家の何倍も力を持っているのだから」
「そうか…」
アレスの家は、ジークのほど力がない。だから、彼が寮に住むほどとなった。もしかしたら、アーネスト家は王家と深い繋がりがあるようだった。
僕はそう言う事に興味はなかった。明らかに大人の問題に足を踏み入れようとしていると、よく感じ取れた。
「いやいや、それほどじゃない。アーネスト家はまだまだだ」
と、ジークが否定した。
彼の以前の性格からは、信じられない言葉が口から出ていた。が、彼の事を考えると、そこまで可笑しい事でもなかった。ジークはただ自尊心よりも友達であるアレスの事を、何よりも大切にした。それは僕が待ち望んでいた、正しい友達関係の景色でもあった。
お互い嫌う事なく、分かち合う。お互い嫌味を言わず。理解し合う。それらは全て小さな始まりから。何が正しいかは誰も分からない。だけど、何もしないと言う事は、自分らしくない。自分の思う自分の行動を取ろう。失敗したとしても、まだやり直せるから。
僕はその言葉は頭の中で何回も言い聞かせた。決して自分がこれから先、何かに迷う事がないよう。いつも、正しい道を歩めるように。
「ふーん。ジークも変わったね」
と、僕は小さく呟いた。
「本当か、やっぱりそう思うだろう?」
ジークが笑った。最後にはガハガハと効果音が、後ろに付きそうな勢いだった。何とも盛大な声だった。街では誰もが一度は、振り向きそうなほどである。
「よし、食べようか。誰か僕の皿を取ってくれるか?」
僕はお腹を摩りながら、そう言った。
すると、二人もが立ち上がった。最後は譲り合いで、アレスが運んで来てくれた。
「ほら、一緒に食べよう。折角持って来てくれたのに、冷めたら勿体ないから」
「うん。そうだな。それは正しい」
と、誰かが言った。
僕らは一斉にスプーンを手に取ると、夕食を食べ始めた。
僕の部屋には、そのいい香りが漂っていた。




