掛け替えのない友達
アレスの率先で彼らは素早く寮に入り、僕の部屋に入った。
ジークも襲撃を企てた事もあり、その歩みに迷いはなかった。僕が運ばれて行くのを他の生徒が不思議そうに眺めていた。だが、アレスとジークの顔を見て、何も言う様子はなかった。
ベッドに近付くと、アレスが布団を取った。その次に、ジークが僕をゆっくりと寝かせた。何とも丁寧に彼は布団を掛けてくれた。
「今は安心して、寝ていたらいい」
レイの剣は近くに置いとくな、とジークは腰から剣を取ると、壁に立て掛けた。一応、手に届きやすい場所に置いているのも、彼の気遣いのようだった。
「今日は静かにして、魔法を使わない方がいいよ」
と、ジークの隣に立っていたアレスが、呟いた。
「そうか? ……まだ、大丈夫だと自分の中では思うのだけど」
「さっき、死にそうになっていたのだよ。だから、レイのためにも僕らのためにも、危ない事はしないで」
と、アレスが僕の胸を締め付ける顔をした。
それをされたら、何も言い返せなかった。
「分かったよ…分かったから、な? その顔は止めてくれ」
「なら、いいよ」
と、今度は綺麗な笑みを彼は浮かべた。
本当によく僕の事を理解しているだった。
色々やられているな、とジークが小さく呟いた。流石に僕は何も返せなかった。
扉が開くと、一人の少年が顔を出した。
「ジーク様。大丈夫でしたか? 劣等生を背負うなど、どうしても信じられません。彼は何も危害を加えませんでしたか? もし、行ったのならいつでも我々は出動出来ます」
と、ジークのファンの一人のようだった。
それも、ジーク直属の精鋭部隊の隊長らしい人物だった。その顔は自分の言葉に疑いがなく、ジークへの思いも同じようであった。
彼の言葉を聞いていた、ジークが眉を上げた。どこかに不機嫌と思う、言葉があったようだった。
「ーーその言葉を取り消せっ」
「え?」
と、その少年は声を出した。
そう言われると思わなかったのだろう。
「彼を差別するとは、あるまじき行為だぞ。お前は私の行為を否定する事になるのだ。それを理解した上で述べているのか?」
ジークは静かに少年を睨んでいた。ダンジョンで過ごしたその短い時間から、彼は大きく成長したのだった。だけど、人によればそれは悪い方に変わったのかもしれない。
「…ジーク様、よろしいのですね。劣等生を擁護する、と。それを取り消すつもりはないのですね?」
「あぁ。ない。だから、わざわざ繰り返すな。私はそう言う二度手間が大っ嫌いなのだ」
少年はぴしっと、敬礼をした。
「ジーク様。これまで、ありがとうございました。ですが、私自身とは合わないと思いましたので、新鋭隊精鋭部隊の隊長は辞めさせていただきます。どうか、よろしくお願いします。私はもう、ジーク様に絶望したくありません」
一気に部屋の温度が下げるのが、感じ取れた。全てはジークから発せられる、殺気とも言えるオーラからだった。彼は拳を握りながら、短く言った。
「分かった。なら、咎は後から知らせる。自室で待機するように。これまで、ご苦労だった」
「はっ。恐縮です」
と、少年はジークを一度見ると、早々と去って行った。
扉の閉められた音が、ただ部屋に響いた。溜め息を付きながら、ジークがこちらを振り向いた。
「済まない。悪い気持ちにさせたかもしれない。自分の新鋭隊が邪魔になるとは、初めて思った。だが、レイを否定する者は嫌いだ」
「新鋭隊もただジークの事を第一に思っているだけだよ。だから、そこまで嫌いにならなくてもいいんじゃない? 上と下とで、揉める事はよくあるよ」
と、一番にアレスが口を開いた。
彼は自分の臆病心をもう克服出来たようだった。それか、本当にジークの事を心から理解しているようだった。
下を見ていたジークが、頭を上げた。
「そうなのか? 私には分からない。ここまで何かを思った事も久しぶりであるからな」
「…ずっと、周りに流されていたと言う事か」
そう僕は呟いた。自分とは完全に真逆の人生の過ごし方を彼はして来たようだった。
「そうとも言えるな。私が知らない事はまだまだ世界にあると、気付かされたよ、レイ。それを教えてくれたお前は大切な人だ。だから、それを悪いように言う人は頭から嫌になる。お前と出会えた事には、何か運命も感じてしまうぞ」
と、ジークは最後で小さく笑みを浮かべた。
様々さ事に板挟みにされながらも、彼は無理矢理元気そうな顔をした。先程のアレスとも似た顔で、僕は目を背けたかった。だけど、それはよくないからただ見つめていた。
「でも、いいのか…ジーク。これから僕のせいで、大変な目に合うかもしれないのだよ?」
「レイのせいではない! これは私が自ら行う事だ。だから、気にしないでくれ。意外とこう言う、他とは違う事を行う事に、実はわくわくしているのだ」
と、今度は本当の笑顔をジークは浮かべていた。
それを見て、僕は少しだけ安心した。二人とも掛け替えのない、僕の友達だった。
「少し、行ってくるな」
ジークはそう言うと、どこかに去って言った。
僕はアレスと共に、その背中を見つめていた。




