何よりも大切なもの
「大丈夫、レイ?」
と、近付いたアレスが僕の背中を摩った。
僕は自分の疲れを隠すように言った。
「うん。何も心配しなくていいよ」
「いやいや、それは大丈夫な顔ではない」
と、今度は後ろからジークが言って来た。
本当に嘘を見破るのが上手過ぎる。それは嬉しい事ではあるが、困る事でもある。たまには隠したい事が人にはあるのだった。誰も知られたくない秘密などが。
「ほら、大丈夫だよ」
と、僕はしゃがんでいる体勢から立ち上がろうとした。
が、失敗したとよく分かった。体がくらりと横に倒れそうになる。
「危ないっ」
そう叫ぶと、二人が僕を両方から支えていた。
「いや、やり過ぎじゃない…二人とも。そんなに気にする事ないよ」
だが、離す様子はなかった。
「駄目だ。ヘラヘラ言っている割には、普段通りではない。顔色の悪さが分からないのか?」
と、ジークがきつく睨んで来た。
僕は自分の顔を手で触って見た。当然、顔色は分からない。自分の頬の熱だけを、冷えたダンジョンで感じた。
「そうだよ、レイ。無理はしたらいけない。これはレイが言っていた事だよ。なら、早く帰った方がいい」
と、こちらはアレスだった。
僕は下を見ながら、小さく反論した。
「いや、でも。二人はダンジョンにわざわざ来たのだよ」
そう。今日はこのダンジョンのために、皆が放課後の時間を空けたのだった。時間は貴重なものである。
なら、それを無駄にする事はしない方がいい。と、言うのが僕の考え方だった。自分が狩りをしていた時のように、魔法で治せる事は全て行い、やらなくてはいけない事をする。ただそれだけである。
「いやいや、でも、あ。何? ダンジョンなんていつでも来る事が出来るよ。だから、体調を崩している人は早く体を休めるべき」
と、アレスが心配そうに顔を覗き込んだ。
そんな顔をされたら、返す言葉もない。
「ほら、帰る帰る」
ジークもアレスと同じような言葉を掛けて来た。
だけど、僕にはまだ心配する事があった。
「…でも、どうやって帰るの? 僕が魔法を使えばいい?」
「いや、病人にはそれをさせる事にしない。たまには私達を心から信用したらいいのだ。だから、ただ見ていたらいい」
ジークが僕に近寄った。僕の腰から鞘を取ると、自分の腰から何とか吊るした。そして、いきなり僕を背中に背負った。あっちょっと、と言いそうになったが、それを言う隙もなかった。
知らない間に自分はよほど疲労しているようだった。警戒心が完全に消え伏せていた。
「んー軽いな。これはしっかり食べていないとよく分かる体だ。次からは、ご飯も一緒に食べないとな。ちゃんと食べているのを、見るためにも」
と、色々好き勝手にジークは呟いていた。
「攻撃役はアレスに任せよう。彼がどれほど成長したか、よく分かると思うぞ、だから、じっとしたらいいのだ」
ジークはアレスと顔を合わせると、出口に向かって歩き出した。
何故か、ジークの背中は暖かかった。そして、剣の柄を握る、アレスも同様だった。少し恥ずかしい気もしたが、より一層仲が深まって行くのが感じ取れた。
「僕は子供じゃないのだぞ…」
と、僕はジークの服を握りながら、そう小さく呟いた。
だが、誰の耳にも届く様子はなかった。
この世に転生してから、僕はいつも誰かの兄やリーダーであり続けた。だから、その立場ががらりと変わるのは、何とも慣れない。そして、慣れたくもない。ただただ恥ずかしくて、何も言えない。
本当に彼らは困った人達である。だけどもしかしたら、それが僕がずっと欲しかった本当の友達と言う姿かもしれない。何よりも大切で、お節介だけど誰よりも自分の事を信じてくれる。そして、その絆は何があっても、消える事はない。
彼らは本当に自分より何倍も立派である。と、僕は心の中では呟いた。自分の不器用なやり方ではない方法で、問題を解決して楽しい人生を送っている。それは少し嫉妬したいたくなるほどでもあった。
第六層に降りると、魔物が再度出現していた。だけど以前の戦いで学んだ二人は、躊躇う事なくそのフロアに足を踏み入れた。
「行くぞ、ケルベロス」
と、アレスが白の剣でケルベロスと対峙していた。
すると、ジークは魔法で他の魔物の処理を済むせていた。
「【炎弾】。【水弾】」
と、僕のせいで剣を触れないので、魔法で応戦していた。
ふと目を上げると、彼らの他に生きているものはいなかった。後はただポーションがずらりと転がっていた。
僕も彼らのために何かをしたいと、収納魔法でポーションを直して行った。が、少しするとその反動と思われる、鋭い頭痛が襲って来た。
「う…」
と、頭を押さえる羽目になった。
ここで魔法が使えたら、すぐに直せるのだが、今はそれが使えそうになかった。
「大丈夫か…レイ、魔法を使ったのだろ。今はもう使わない方がいい。その体が持たなくなる」
頭を左右に動かしたジークは、ポーションが一瞬で消えた事を理解したのだろう。
僕はジークにしがみ付きながら、何とか返事をした。
「いやっ……大丈夫…だよ」
「どこから、そう言えるのだ…アレス。突っ走るぞ」
ジークはアレスに素早く指示を出すと、走り出した。僕は背中でその揺れを感じ取ったが、僕を気遣いながら走っているとよく分かった。
それから彼らは魔物を狩る事なく、ただ邪魔のを切り付けながら、出口を目指しているようだった。僕は背中から、後ろを見ると、狩られていない魔物が多い事に気付いた。彼らは速度で魔物を振り解いていた。それは、ダンジョンに来る他の者達とは、違った動きだと思った。
そして、彼らのこの行動により、出口に辿り着いた。僕らを見たと思われる、衛兵の不安そうな声が聞こえた。
「大丈夫かい、君達? そこの子も、結構大変そうだ。学園に連絡出来るけど、どうするかい?」
「いや、大丈夫です。私達が彼を届ける方が早いと思うので。わざわざありがとうございます」
と、ジークは言うとまた走り出した。
学園へと。
彼らの走るスピードは何とも速かった。僕は頬に当たる風を感じながら、ただ揺られていた。




