魔法の実力試験
入学式が終わると、新入生の僕らは全員競技場に案内された。
壁の向こう側に的が一列に用意されていた。中心に赤い丸があり、そこに当てる事が求められるのだった。
特別委員会の腕章を付けた、生徒が待機していた。先生の代わりに、こう言う試験に駆り出されているようである。
名前を順に呼ばれて、近くの少年が魔法を発動させた。
「【我の願いを叶え、この手に出でよ。あの的へと届け、赤き炎】」
と、両手を前に伸ばした。
光が発せられた後に、赤い炎が現れた。それは、ゆっくりと的の近くへと進んだ。
が、届く前に炎は掻き消えてしまった。
動かない的に当てられなければ、動いている物を狙えるはずがない。狩りなどでは、都合よく止まっている事などない。こう言う王都に住む人なら、狩りなどしないのかもしれないけど。
だが、僕の予想とは大きく外れた。
「やった」
と、魔法を放った少年は嬉しそうに声を叫んだ。両足で飛び跳ねながら。
当てられない事が何も悪くないように。
「おおー。凄い、これは、素晴らしい」
特別委員会の生徒も歓声を上げた。その方向を見ると、次の瞬間に涙を流しそうなほどだった。
僕からしたら、全て胡散臭い演技にしか見えなかったが、他は違うようだった。誰もが感動や驚きを表していた。隣のアレスも、他と同じようにしていた。
「凄いよ、レイ。あそこまで飛ばすなんて、難しいのだよ」
と、アレスは僕に行って来た。
「え?」
僕の口から言葉が漏れた。魔法など飛ばせないのなら、何の役にも立たないだろうと思っていたから。アレスはすぐに僕の反応を理解したようだった。
「レイは驚かないの?」
これは、魔法は飛ばすのではなく、他の何かを使うのだろうかと、必死に頭を働かせた。だが、そのような事が出来ている様子もない。ただ、彼らはあの厨二病の台詞を言っている。
「彼らは無詠唱魔法が上手なのか?」
と、悩みに悩みアレスに質問して見た。
が、アレスは小さく笑った。
「レイは面白い事を言うね。無詠唱魔法は使えても、役に立たないものと言われているのだよ。まだ下級生。そして新入生だから、彼のように飛ばせるだけでも、凄いのだよ」
アレスは僕に分かりやすく解説してくれた。無詠唱魔法は毛嫌いされているようだ。これまで火を無言で付けるなどと言う、余り役に立たない事などしか表に出ていないから。
次にアレスが呼ばれた。アレスは指定された位置に立つと、片手を前に伸ばした。そのスタイルは他とは違う様子だった。
「【この片手に現れよ。あの的へと一直線に飛べ、水球】」
と、分かりやすく、アレスは詠唱した。
その事もあり、水球は用意されていた的に、綺麗に当たった。
見ていた誰もが、先程より歓声を上げた。アレスは振り向くと、こちらを笑顔で見ていた。僕もそれに釣られて、軽く笑顔を返した。
「これはっ…これはっ。ここまで出来るとは、賢者の再来と言える」
特別委員会の生徒は興奮しながら、言った。それにより、他の人々は更に驚いていた。
アレスの魔法の腕が、僕が思っていた普通の実力であった。が、ここでは賢者と呼ばれるほどらしい。ここで、得意な無詠唱魔法などを発動させたら、どんな目で見られるか分からない。子供だからと言って権力争いなど、好きなように使われる事もあり得る。
改めて、普通の学園生活を乗り切るためにも、今は劣等を演じる事にした。たとえ演じなくても、他から見れば劣等でしかないと思うけど。まだ自分を守る力もないから。そして、いつか必ず誰もかもを驚かせる。その常識など通用しない、と。
大抵の生徒が終わった後に、僕の名前が呼ばれた。未だ誰も劣等と呼ばれる子供は現れていないので、どのような反応をされるかはすぐに想像出来る。
アレスの接し方も変わるかもしれない。だけど、本当の幸せを得るためには、正しく決められた手段が必要だ。それを地道にクリアしていかなければ、僕の夢は叶わない。だから、まずは自分が見下される事に、何も思わないようにしないといけない。
僕はその場に立つと、一度辺りをぐるっと見た。この視線が変わるのは、本当に小さな一つの切っ掛けからだと、思い知らされるだろう。
僕は必死に発動させているのを見せるために、両手を前に突き出した。
「【火玉】」
と、掌に小さな火の玉が現れた。
が、それが動く様子はない。
何故なら、詠唱魔法だと初級しか使えないから。初級魔法は、小さな子供でも使えるものであると言われる。それしか使えないものが意味する事は一つだけ。
特別委員会の生徒が笑い声を上げた。
「今年もやっぱり、劣等は現れたようだな。よし、俺があだ名を付けてやろう。劣等のレイ。何とも最高な名前だ」
僕は特別委員会でも魔法に対する、認識が偏っていると確認出来た。
生憎、劣等のレイと言う名前は故郷でも使われていので、新たなあだ名が増える事はなかった。
その生徒によって、他の生徒も笑い出した。僕を指しながら、そのあだ名を連呼する。
いつまでも、そのあだ名を言い続けて、僕を見下したらいい。と思った。いつかは必ず、上を行くから。その時までしか、楽しめないものと言えるのかもしれない。
ただ、一人。アレスだけは、その中に入っていなかった。
自分が先程、魔法で褒められた事でアレスはどのように接したらいいか、分からないようだった。
僕は彼を見ながら、その場を去った。他に重大な用事はないのでどの道、魔法の鑑定が終われば解散の予定だったから。
僕が部屋で本を読んでいると、説明が終わって帰って来たアレスが申し訳なさそうな顔で部屋に入って来た。彼のような人が他人の影響を受けず、自分を磨き続けられるのだと思った。
「ごめん、レイ。君の気を悪くしたかもしれない」
「大丈夫だよ。故郷でも同じようなものだから。僕の両親と、アレス。君しかこんな風に接してくれない。これからも、もしよかったら普通に接して欲しい」
アレスは怒らない僕に驚いているようだった。
「それだけでいいの?」
僕は笑った。
「ただ、それだけ」
「分かったよ」
と、アレスも笑顔になる。
世の中、全てがアレスのように簡単なら何と楽だろうか。そう、僕はふと考えてしまった。
強過ぎる力は嫉妬を呼び、何も良くない。
弱過ぎる力は見下され、
普通に過ごしていても、誰かから嫌われるものである。
誰もが仲良く過ごすなど、この学園では到底不可能だろう。