入学式
入学式の当日、朝ごはんを食べに下に降りると、主人が声を掛けてくれた。
「少年も、今日は王立魔法学園の入学式かい?」
と、僕の服を見ながら、言った。
僕は余り、楽しみではなかったので、どうしても嬉しそうには演じれなかった。
「えぇ。そうです」
「ん? 余り、楽しみでないのかい?」
僕は頬を掻きながら、答えた。
「やっぱり、初級魔法しか使えないと、不安です」
主人はそんな僕に言ってくれた。
「そうかい。なら、美味しい朝ご飯を食べて、元気を付けてくれ」
と、皿に載せた特大のカツサンドを手渡された。
僕に主人は大きな笑みを見せた。
「この時期に駆け込んで来る、若者は大抵あの学園に行くものだからな。卒業まで頑張ってな」
僕はそのような気遣いが嬉しかった。
「ありがとうございます、本当に……で、代金は?」
主人は頭を左右に振った。
「そんなこれから頑張るのだろ? 応援するための特製朝ご飯だ。子供なら、お金の事など気にしたらいけないよ」
僕はありがたく受け取ると、大きな口で齧り付いた。新鮮なキャベツが美味しそうな音を立て、口の中で肉の旨味が広がった。僕は瞬く間にカツサンドを、食べ終わった。
「凄く美味しかったです」
「それは、ありがとうな。また訪れるのを待っているよ」
と、主人は笑顔で答えた。
荷物を纏めると、僕は王立魔法学園の寮に行き荷物を下ろした。
寮は僕のような人のためにも、入学式の前から空いていた。トラブルの防止のためにも、全員が個室を用意されている。
僕は自分の部屋に入ると、誰かが先に荷物を広げていた。
鞄から私物を部屋中にぶちまけて、一人鼻歌を歌いながら、楽しそうに部屋作りの準備をしていた。
「え? 何で誰かが先にいるの?」
と、僕の口から言葉が勝手に漏れた。
先程まで鼻歌を歌っていた少年は、後ろを振り向くと絶叫した。
「エッー。誰かが勝手に入って来た。助けて、僕は悪くない。何も取れるものはないよ」
と、両手を左右に振っていた。
唖然としていた僕は、全力で否定した。
「そんな訳ないだろ」
「ごめんなさい、ごめんなさい。僕はアレス・フェッツと言う名前で、決して危害を加えたりはしません」
と、アレスは僕に頭を下げ始めた。
とんだ被害者妄想に僕は、何と言えばいいのか分からなかった。
これはただひ弱過ぎる少年か、ただの訳分からない馬鹿であった。
「僕はレイ。アレスが使っている部屋が僕の部屋らしかったから、それを言いに来ただけ。同じ新入生だから、そんなに怖がらないでくれ」
そう言うと、アレスはゆっくりと頭を上げて、普通に立ち上がった。良かった、言葉はちゃんと通じる人だった。
その後、僕は散らばっていたアレスの荷物を一緒に片付けて、隣のアレスの部屋に運んだ。予想以上の散らかりようで、アレスだけでは入学式までに終わりそうになかったから。最初は驚いたけど、アレスは楽しそうな隣人だ。
僕は自室の準備を終わらせると、アレスの部屋を覗いた。
「準備は終わったか、アレス?」
「うん。終わったよ、レイ」
と、言ったアレスと僕は寮から出て、入学式の会場へ向かった。
王立魔法学園の盛大な入学式の看板を見つけると、二人で潜った。
すぐに立っていた職員に案内されて、入学式の会場に入った。辺りは人で溢れて、騒がしくなっていた。が、新入生の入る席は全て埋まらず、後方はまだまだ空いていた。最後の人達ではないと知り、僕は少し安堵しながら、席に付いた。
「なんかわくわくするなー」
と、アレスは周りを見ながら、言った。
その様子は本当に子供らしかった。
僕が前の方に集中していると、アレスの言葉に反応した近くの少年が、口を開いた。
「俺も楽しみだ。自分の魔法の実力が認められるかがな」
と、自分の魔法に絶対的な信頼を寄せる者の、一人だった。
「…僕もそこは少し気になります。レイはどう?」
アレスは僕以外だと、口調が先程と同じように硬くなっていた。そして、何故そこで僕に話を振るのかな、と思った。
「余り興味ないな」
と、僕は呟くと、また前に意識を向けた。
この学園で得られるものなど、さほどないと最初から気付いていた。
消極的な僕にアレスとその少年は少し驚いているようだった。
彼らからしたら、魔法と呼ばれる詠唱魔法が、余り使えない人の方が珍しいのかもしれない。だから、僕のような気持ちを理解するのは、大変なのだろう。
入学式は、黒いローブを着た学園長の挨拶から始まった。
学園長が台に立った事で、全員が静かになる。
「今年も無事に、王立魔法学園は入学式を迎える事が出来ました。新入生の皆さん、ようこそ我が校に。今日、この日から魔法使いになるための準備が始まります。誰もが公平に、魔法使いになれるための勉強を行います。きっと楽しい事も辛い事もあると思いますが、楽しい学園生活を送れる事を願います」
と、会場からの拍手で学園長の挨拶は締め括られた。